第19話 証拠ならある
人生の大きな転機が訪れたのは、僕が十歳になった直後のことだった。
いつものように自室で魔道具のクラフトに没頭していると、いきなり物々しい装備の騎士たちが乱入してきたのである。
「王子殿下。申し訳ありませんが、今すぐ我らにご同行願えますか?」
「え、何事?」
「詳しい話はあとでいたします」
「……じゃあ、どこに向かうの?」
「それも後ほど」
有無を言わさぬ態度で頑として詳細は語ってくれない。
力づくも辞さないといった様子だし、明らかにただ事ではなかった。
今の僕は第三階級魔法なら一秒もかからずに発動できる。
魔力を完璧に隠蔽できるので、発動を準備していることすら相手には分からないだろう。
つまり余裕で逃げられるわけだが、事を荒立てる気はなかった。
「分かったよ」
「ご協力に感謝いたします。ではこれを」
腕輪のようなものを手首に付けられると、ほんの少し身体から力が抜けたような感覚になった。
「魔法を封じるための腕輪でございます。無論、念のためでございます」
「へえ」
黒魔法の一種に、相手の魔法を封じるものがあるが、恐らくそれを応用して作った魔道具だろう。
……まぁ、その気になれば普通に魔法を使えそうだけど。
産まれた直後から魔力増量トレーニングをやり続けて十年。
僕の魔力量は今や、この程度の魔道具で封じられるものではなくなっている。
それでも僕は大人しく騎士たちについていったのだった。
結論から言うと、僕は建国記念パレードでの国王暗殺未遂事件に、裏で関与したという疑いをかけられていた。
もちろんそんな事実はないので、王立裁判所で身の潔白を主張した。
「反政府組織とは何のかかわりもありません。そもそも先日の一件ではじめて名前を知ったぐらいです」
反論は予想外の人物からきた。
「第五王子が事前に暗殺計画を知っていたことは間違いない」
「フリード兄様……?」
第三王子のフリードだった。
困惑する僕を余所に、彼は裁判官に訴える。
「そうでなければ、あのタイミングで魔法を防ぐことなどできるはずがない」
国王を狙った実行犯は、パレードが通過する道沿いの建物の屋上に待機し、目の前を国王の馬車が通過する際に第四階級赤魔法バーンプリズンを発動。
しかし遅れて僕が発動した第四階級青魔法プリズンフロストによって、バーンプリズンは相殺された。
「実行犯は凄腕の魔法使いだった。かつてはこの国の魔法界でも有名な人物だったそうだが、魔法協会内の権力争いに敗れてからおかしくなり、反政府組織に加わったという。そんな人間が放った魔法を、果たして咄嗟に相殺できるだろうか?」
いや、できますけど?
僕の心の中でのツッコミを余所に、フリードはさらに自説を並べ立てた。
「さらに、実行犯が魔法を準備していることに、魔法が発動されるまで誰も気づいていなかったそうだ。つまりそれだけ魔法の隠蔽能力が高かったということ。それを事前に察知し、一瞬の判断で対抗魔法を発動し、しかも見事に相殺した……このような芸当を、果たしてあのときまだ十歳にも満たない子供ができるだろうか」
……できますけど?
というか、僕に言わせればその実行犯、魔力を隠蔽していたといってもだいぶ荒かったけどね。
発動まで結構な時間がかかっていたし、バーンプリズンの威力も大したことなかった。
「異議ありです。今の主張はすべて兄様の予想ですよね? 証拠はありますか?」
「証拠ならある」
「え?」
「俺が独自に入手した反政府組織の内部資料だ。ここには第五王子がクラフトした魔道具が、反政府組織内で使用されていたと記録されている」
「……は? いやいや、その資料が正しいっていう証拠はないですよね?」
そんな僕の訴えを余所に、フリードから資料を受け取った裁判官が、それに目を通しながら難しい顔で頷く。
「うむ……確かにこの資料の信憑性は高そうだ」
「えええ……」
そこで僕は悟った。
この状況になっている時点で、もはや完全に追い込まれているのだ、と。
裁判など名ばかり。
裁判官も完全にフリード側の人間なのだ。
だがなぜだろう?
王子同士の兄弟仲が悪い中で、第三王子とは良好な関係を保ってきたと思っていたのだけれど……。
「でもあのとき、僕がすんでのところで割り込まなければ、国王陛下は無事ではなかったはず。わざわざ自分で計画しておいて、それを妨害するとか、行動が謎過ぎますよね?」
「確かに一見不合理に思える。だが、実はその自作自演によって、お前が得られたものがあるだろう?」
「……得られたもの?」
「名声だ。建国三百年を記念するパレードで、国王陛下をあれだけの大衆の面前で救った……その偉業は周辺国に知れ渡り、今や『賢者セリウス』とまで讃えられている」
なるほど、そういうことか。
ここにきて、ようやく僕は得心がいった。
第一王子、第二王子が継承争いから脱落し、今やフリードの王位継承が確実視されている。
だがフリードは、このままでは僕が新たな脅威になりかねないと思ったのだろう。
だから今のうちに排除しようと考えたのだ。
「判決を言い渡す。被告人、第五王子セリウス=アーベル=ロデス。汝は国王陛下を間接的に傷害し、国民を欺いた。ゆえに国家反逆罪により、エバル地方へ百年間の流刑に処す」
エバル地方は絶賛開拓中の未開の地で、王国領かどうかも怪しい場所だ。
しかも刑期が百年となれば、一生戻ってくることができない。
事実上の王国からの追放だった。
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