第34話 斬りまくるチャンスよ

 猫の獣人らしい機敏さで、ずんずん岩場の奥へと進んでいくファン。

 受付嬢の注意など意に介している様子はない。


 まぁ、ゴブリン程度ならいくら群れていたとしても、今の僕たちが後れを取るようなことはないだろう。

 念のためサーチングの魔法を使い、周囲を警戒していた。岩場には死角が多いからな。


 それにファンには獣人特有の鋭い嗅覚がある。


「いるわね」


 まだ肉眼では見えない段階で、ファンがゴブリンの存在を察知して剣を抜く。


「ギャッ!?」


 岩陰から姿を現したときには、すでにファンの斬撃が叩き込まれていた。


「斬って斬って斬りまくるわ」


 どうやら素材と魔石の回収は僕の役目らしく、ファンは地面に倒れたゴブリンへの興味を失うと、さらに先へと進んでいった。

 僕は魔力を操作してゴブリンの体内から魔石を抜き取り、討伐証明になる額の角を折って、どちらも【アイテムボックス】に放り込む。


 魔力操作に熟達してきた今、これくらいの芸当はお手の物だ。

 手を汚さずに済むのがありがたい。


「群れだわ」


 岩と岩に挟まれた空間に、五、六体のゴブリンが屯していた。

 ファンは岩の上から跳躍し、その中心に着地する。


「「「グギギギッ!?」」」


 いきなり現れた襲撃者に驚くゴブリンたち。

 慌てて石を削って作ったと思われる武器を手にしようとするも、その前にファンの斬撃が彼らに襲い掛かっていた。


 あっさりゴブリンの群れを全滅させたファンは、さらに岩場の奥へ。

 もちろん魔石や素材は僕が回収する。僕、ただの荷物持ちになってない……?


 その後もファンは容赦なくゴブリンを狩って狩って狩りまくった。


「初日から飛ばし過ぎじゃない?」


 さすがに頑張り過ぎてはないかと、僕が指摘すると、


「まだまだ全然よ。……やっと冒険者になれたんだから、もっとやりたいわ」

「……」


 と、そのとき僕が継続使用していたサーチングの魔法が、多数の魔物の反応を拾った。

 しかもその反応は地中にまで続いている。


「もしかして……」

「あれを見て」


 少し遅れて、ファンがあるものを発見する。

 それは巨大な岩の根元にぽっかりと空いた穴だった。


「多分、やつらの巣穴ね。奥から臭いがするわ」


 岩ゴブリンたちの巣穴のようだ。

 入り口の穴の大きさは、ちょうどやつらが立ったまま出入りできるくらいか。


「斬りまくるチャンスよ」


 当然のように巣穴に突入しようとするファン。

 止めたところで無駄なので、僕はため息交じりに彼女の後を追う。


 穴はずっと奥まで続いていて、もはや穴というより洞窟と呼んだ方がいいだろう。

 大人なら少々窮屈だろうが、子供の僕たちはゴブリンとそう背丈も変わらないため、屈んだりする必要はなかった。


 先に進むほど、天井が高く幅は広くなっていく。


「来るわ」

「「「グギャギャギャギャッ!!」」」


 こちらの侵入を察知したのか、ゴブリンたちが奥から殺到してきた。

 自作したのか、石で作られた武骨な剣や盾を持っている。


 だが数の有利など、圧倒的な力の差の前には無力だった。


「ギャッ!?」

「グギェッ!?」

「ギギィッ!?」


 瞬く間にファンに斬り捨てられ、肉塊へと変わっていくゴブリンたち。

 横穴から飛び出して死角からの不意打ちを仕掛けたゴブリンも、あっさり剣の餌食となった。


「「「ギャギャギャ~~ッ!!」」」


 侵入者との格の違いを理解したのか、中には尻尾を巻いて逃げ出すものもいた。

 気づけば死骸が散乱するだけで、生きているゴブリンは近くにいなくなる。


「気を付けて。奥にはまだうじゃうじゃいるから」

「殲滅するわ」


 その言葉通り、巣穴の各所で待ち構えていたゴブリンたちを、ファンは次々と皆殺しにしていった。

 ここまでですでに六十から七十体くらいはいたのではないだろうか。


 やがて僕たちが辿り着いたのは、巣穴の最奥と思われる場所。

 少し広い空間になっていて、残りが勢ぞろいしているのか、三十体以上ものゴブリンがいた。


「……ちょっと怯えてるような。まぁ仲間が悉くやられたわけだしね」


 仲間を殺され、復讐に燃えて待ち構えているかと思いきや、ゴブリンたちは入り口から遠い場所に固まって、どこか恐怖に慄いている様子。

 しかしそんな中、通常のゴブリンとは明らかに体格の違う個体がいた。


「大きいのがいるわ」

「恐らくホブゴブリンだね。この巣穴のボスだと思う」


 ゴブリンの上位種、ホブゴブリン。

 背丈が人間の子供くらいしかない貧相なゴブリンと違い、屈強なラガーマンのような体つきだ。


「ウゴアアアアアアッ!!」


 ホブゴブリンのあげた咆哮が、この閉鎖空間で幾度も反響して耳をつんざく。

 それは怯える仲間たちを叱咤するものでもあったようで、ゴブリンたちが一斉に飛びかかってきた。


「縮地」


 しかしファンはその姿が掻き消えるような速度で疾駆すると、迫りくるゴブリンたちを完全無視して突破。

 後方にいたホブゴブリンに肉薄すると、


「ふっ!」

「ウゴア?」


 首を刎ね飛ばす。

 何が起こったのか分からず、呆然とした表情を張り付けたままホブゴブリンの頭部が宙を舞い、地面を転がった。


「グゲ……?」


 背後で起こった惨劇にゴブリンたちが気づいたときには、すでにホブゴブリンの身体の方も地面に倒れ込んでいた。


「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」」


 ボスを瞬殺され、ゴブリンたちが甲高い悲鳴を轟かせる。

 混乱の極みと化した彼らは、もはや右往左往するだけだった。


 それをファンが一体ずつ斬り倒していく。

 何体かが僕の脇を抜けて逃げようとしたので、それは代わりに仕留めておいた。

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