第35話 だって止めても無駄だから
「討伐証明よ」
「ちょっ!? 一体どれだけあるのよおおおおおおっ!?」
ゴブリン討伐の報告のため、僕たちは冒険者ギルドに戻ってきていた。
証明部位であるゴブリンの角を窓口で見せると、いつもの受付嬢、イレアが絶叫してしまう。
「あ、あなたたち、岩場の奥まで言ったでしょ!?」
「そうね」
「あれほど浅いところまでにしてって念を押したのに!」
まったく悪びれることもなく頷くファンに、イレアは頭を抱える。
僕は苦笑するしかない。
「君も笑ってる場合じゃないわ! 何で止めなかったのよ!」
僕まで怒られてしまった。
「だって止めても無駄だから……」
「その通りだわ」
「ドヤ顔で頷かないでよ」
イレアは大きなため息をついて、
「なんにしても無事でよかったわ。岩場の奥にはゴブリンの巣穴もあって、そこには大量のゴブリンが巣食っているから、本当に危険なのよ。巣穴にはホブゴブリンっていう上位種がいることもあるし……あれ、おかしいわね? 他のより明らかに大きな角が交ざってるんだけど……まさか……」
「これがホブゴブリンの角よ」
「巣穴にまで立ち入ったの!? 何やってんのよ!? 道理でこの角の数! 普通に岩場のゴブリンを倒しているだけじゃ、こんなに集められるはずないものね!」
それから長々と説教めいたことを言いつつも、イレアは報酬を計算してくれた。
ゴブリン一体の討伐報酬が銅貨5枚。
全部で98体を倒したので、銅貨490枚分。
銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚に相当するため、銅貨490枚は金貨4枚と銀貨9枚だ。
さらにホブゴブリン一体の討伐報酬が金貨2枚なので、全部で金貨6枚と銀貨9枚の報酬となった。
「どう分配する? ほとんどファンが一人で討伐したようなものだったけど」
「借金の返済に充てたいわ。差額は半々で」
「それでもいいよ」
現在ファンが僕にしている借金は、金貨5枚と銀貨7枚だ。
まずはこの分を僕が受け取り、そして残った金貨1枚と銀貨2枚を半分に分けることにした。
「お前さんたち、もしかしていきなり何かやらかしたのか? 窓口から随分と大きな声が聞こえてきたが」
「あ、ポッツさん」
窓口を後にしたところでポッツが声をかけてきた。
このあと祝勝会と称して食事を奢ってもらうことになっていて、ギルドで待ち合わせしていたのだ。
「ちょっと受付嬢の言いつけを無視してしまって」
「おいおい、今日は冒険者になって初めての依頼だったはずだろう? さすが大物は違うぜ! それより少し待ち合わせ時間には早いが、もう大丈夫か?」
「うん」
「よぉし、それじゃあ店に行くとしようぜ!」
ポッツはわざわざお店を予約してくれていた。
ギルドから近いところにある店で、冒険者御用達らしく、冒険帰りと思われるグループが席の大部分を占めていた。
「はっはっはっは! さすがだな! まさか冒険初日で、岩ゴブリンの巣穴を攻略してしまうなんてよ!」
繁盛店らしく賑やかな店内に、ポッツの笑い声が響く。
なぜ受付嬢に怒られたのかを説明すると、そんなに面白かったのか、腹を抱えて笑い出したのだ。
「さぞかし受付嬢もびっくりしただろうな! 普通そういう無謀な新人は、命からがら逃げかえってくるか、二度と戻ってこない。それがまさか、巣穴のゴブリンを全滅させて、ホブゴブリンの素材を持ち帰ってくるなんてよ! やっぱ未来の英雄たちは違うぜ!」
「勝手に未来の英雄にしないでよ」
お酒を飲んでの酔いもあるのだろう、呆れる僕を余所に、ポッツは赤ら顔で主張する。
「いいや、お前さんたちは確実に名を上げるに違いない! Aランク……いや、Sランク冒険者だって夢じゃないぜ! サイン貰っといてよかった! おっと、そういや嬢ちゃんからはまだだったな! ぜひ一筆頼む!」
「もぐもぐもぐもぐ」
ファンは食べることに夢中で聞いていない。
だがポッツはむしろ上機嫌で、
「いい食べっぷりだぜ! 酒がうまい店だが、料理もうまいだろう!」
「そうだね。ボリュームもあるし、冒険者たちに人気なのも分かるよ」
僕たちは酒を飲まないだろうと考えて、料理の美味しい店を選んでくれたようだ。
わざわざ祝勝会を開いてくれたし、本当に気のいい兄ちゃんといった感じの人である。
実は他の冒険者たちからも慕われているらしく、店内にいた若い冒険者から何度か声をかけられていた。
ただ、意外にも泣き上戸だったようで、お酒が進むにつれて段々とテンションが下がっていき、
「どうせ、おれなんて万年底辺冒険者だ……。後からきた後輩たちにどれだけ追い抜かれてきたか……。同世代の中には、Bランクになったり、ギルド長になったりしたやつもいるってのに……未だにおれは街中の依頼をメインにして、日銭を稼ぐ毎日だぜ……。なにせ、ゴブリン一体を倒すだけで精一杯ってレベルの強さだからな……。小さい頃は英雄に憧れてよ……将来はドラゴンだって、倒せるようになるって、息まいてたってのに……うぅ……」
すっかり泣き出してしまった。
「けどよ!」
いきなり顔を上げ、叫ぶポッツ。
「知ってるやつが活躍して、どんどん名を上げていくのを端で見てるってのも、おれは嫌いじゃないんだ! だからお前さんたちも、おれの分まで頑張ってくれよ! 応援してるからな!」
涙ながらに訴えてくる中年冒険者に圧倒され、僕は「う、うん」と頷くしかなかった。
「もぐもぐもぐ」
なお、ファンはポッツのことなど意に介さず、ずっと食べ続けている。
そんなに高い店じゃないはずだけど、奢ってくれる予定のポッツは大丈夫かな……あんまり稼ぎもないだろうに……。
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