第36話 ギャングは潰すべきね
「げふ。満足」
「銀貨1枚と銅貨6枚になります」
「ぎぎぎ、銀貨1枚と銅貨6枚!?」
ファンがめちゃくちゃ食べまくったことで会計の際にポッツが再び涙したものの、少しこっちも出そうかという提案は即座に突っぱねるという男気を見せた。
「きょ、今日はおれの奢りっていう約束だったからな!」
かなりやけくそ気味だけど。
幸い酔いの方はすっかり冷めた様子である。
そうして店を出て、解散しようとしたときだった。
目の前をふらふらと横切る人影があった。
目は虚ろで、足取りが覚束ない。
何か小さくぶつぶつと呟いているかと思っていると、いきなり「あああああっ!」という奇声を発し、急に周囲に怯えて震え出した次の瞬間には、今度は大声で笑い出す。
かなり高齢の男……にも見えるが、もしかしたらそれほど歳はいってないかもしれない。
「……クスリをやってそうだね」
「よく分かったな? そうだ。あの男は間違いなく、魔薬の常習者だ」
魔薬。
飲めば一時的な高揚感や全能感を得られる薬物である。
だが危険な副作用を持ち、常用し続けると脳や精神が破壊され、やがては廃人と化してしまう。
「この街には、ああいう魔薬の被害者が少なくない」
ポッツがいつになく不愉快そうに言う。
「……ギャングのせいだ。やつらは魔薬が人の人生を壊す代物だと知ったうえで、それを売り捌き、資金源にしてやがる」
この街でギャング同士の抗争が激しいのは、魔薬で大金を稼げるからだという。
さらにそのお金は騎士団やギルド職員などへの賄賂となり、摘発を逃れているそうだ。
「時には一般人がその抗争に巻き込まれることもある。あいつらはこの街のガンのような存在だ……っ!」
過去にあった忌々しい事件を思い出しているのか、ポッツは声を荒らげた。
正義感の強い彼にとって、ギャングの存在は許せないのだろう。
「間違いないわ」
同意を示すファン。
彼女もギャングのせいで不利益を被った一人だからな。
「ギャングは潰すべきね」
「おお、お前さんのような才能ある新人が、そう言ってくれるのは頼もしいな」
実際に彼女は一つギャングを潰している。
「だがやつらは強大だ。やはり資金が豊富で、高性能な武具を容易に集められるのが大きい。それで構成員たちが普段から魔物を狩って、実戦を積んでるという話も聞く。しかも普段は対立しているギャング同士が、時に手を組むこともある。騎士団や冒険者ギルドがなかなか手を出せないのも、本気で潰そうとしたら自分たちもただじゃ済まないと理解してるからだ」
それでギャングがほとんど野放しにされているという。
つい先日、その一つが何者かに潰された一件が、界隈を大いに驚かせたのも当然だった。
「だが、手がないわけじゃない。やつらを弱体化させる方法があるかもしれないんだ。祝勝会のあとで悪いが……少し時間はあるか? ……お前さんたちなら、信頼ができる。ぜひ見てもらいたいものがあるんだ」
ポッツの案内で連れてこられたのは、街中にある倉庫のような建物だった。
中に入ると、空気が重たい感覚があった。
「魔力濃度が高い?」
危険な魔物が生息する森の深いところほどではないが、明らかに外とは魔力濃度が違っているのだ。
「さすがだな。あえて魔力の濃い状態を保っているんだ。あるものを育てるためにな」
そこには大量の鉢がずらりと並んでいた。
何らかの植物を育成しているのか、葉が出ているものもある。
「これは……もしかして、薬草?」
「そうだ。ポーション生成の原料として知られる薬草、エイム草を自家栽培しているんだ」
「薬草の自家栽培? 薬草って、魔力濃度の高い自然環境でしか育たないはずじゃ?」
「常識的にはそうだ。だが、おれ
どうやらポッツが一人でやっていることではないらしい。
「ここまでくるのにかなり苦労したぜ。エイム草は繊細でな。単に魔力濃度を高く保つだけじゃ、育ってくれない。土や水はもちろん、温度や湿度などにも相当な注意が必要なんだ。少しでも環境が変わると、すぐに枯れてしまう」
「すごいね。エイム草って探してもなかなか手に入らなくて、だから効果の高いポーションは凄く貴重なんだよね」
そのため世界のポーションは非常に高価だ。
一介の冒険者では手が届かない。だから白魔法を使える者が、色んなパーティから引っ張りだこになるのである。
一応、粗悪なポーションであれば、他の薬草を使って作ることができた。
粗悪といっても、傷の治りを早めたりとか、前世の基準なら十分な効果を持っているのだけれど。
「ああ。つまりこの技術は、冒険者業界に革命を起こすものだ。……いや、それだけじゃない。魔薬の撲滅にも繋がる」
「魔薬の撲滅に……?」
関連性がよく分からず、僕は首を傾げる。
「実はな、魔薬の元となる魔草もまた、こんなふうに栽培されているんだ。しかもエイム草と比べると遥かに簡単だ。何の知識もない人間が、すぐに生産できるくらいにな」
そしてそれを担っているのが、元冒険者たちだという。
「この街は近くに良質な狩り場が幾つもあって、冒険者業が盛んな街だ。それゆえ多くの冒険者たちが一獲千金を求めて集まってくるんだが……その全員が、必ずしも夢を叶えられるわけじゃない」
十分な稼ぎを得られずに辞めていく者も少なくないという。
さらに年齢や怪我で引退する者もいる。
「生憎とこの街には、彼らの受け皿が十分にない状態だ。だから美味しい話に飛びつく。それが誰かの人生を終わらせ得る、悪魔の所業だと理解していながら、な」
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