第11話 こんな小さなスペースに

 家庭教師たちの授業で忙しい日々を送りつつも、僕はあることに熱中していた。


 それは魔道具のクラフトだ。

 あれからさらに複数の新しい魔道具を完成させていた。


【冷蔵ボックス】に【洗濯ボックス】、【食器洗いボックス】、【掃除ボックス】、それに【加熱ボックス】。

 箱シリーズと呼んでいるこれらは、どれも前世の知識にあった便利な家事アイテムである。


 ちなみになぜ家事アイテムばかりかというと。

 実は、以前クラフトした【常夜ランプ】や【温水シャワー】、【暖房クッション】といったものが、侍女たちに見つかってしまったのだ。


 まぁ、こっそり使っていたとはいえ、自室で利用していたのだからいずれバレてもおかしくなかったんだけど。


 そしてこれらの魔道具の存在が、彼女たちの間で話題沸騰した。


 それはそうだろう。

 魔法というファンタジー能力が実在しているとはいえ、使える人は限られているし、科学文明は前世のそれに遠く及ばない。


 夜通し使えて燃料費の要らない照明器具も、寒い冬にあっという間に湯を沸かしてくれる給湯器も、部屋を暖めてくれる暖房器具も、日々、忙しく仕事――特に病弱な母の介護――に追われている彼女たちにはありがたいものだった。


 そんなわけで、色んな家事アイテムをクラフトしたのである。


「殿下のお陰で、仕事が大幅に楽になりました!」

「前々から天才に違いないと思ってましたけど、まさか僅か五歳でこんな大発明をされるなんて!」

「魔法のティラ先生に教えてもらいながらだけどね。あと、このことは他で言いふらさないでね? そんなに幾つもクラフトできないし、知られたら召し上げられちゃうかもしれないから」

「そ、それは嫌です……」

「絶対に黙っておきます!」


 さすがに一人でクラフトしたというのは異常だと思うので、ティラのお陰だということにしておいた。


「わたし、魔道具のことはあまり詳しくないんですが……?」

「大丈夫、どうせ分からないからさ」


 勝手に自分を利用され、ティラがジト目で睨んでくる。


「それにしても、よくこんな色んなアイデアを思いつきますね」

「そ、そうかな?」


 実際には思いついているわけではなく、単に前世の知識を思い出しているだけだ。


「いえ、思いつくだけなら誰でもできるかもしれません。ですが、アイデアを実際に形にしてしまうのはもっと難しいはず……。ちょっと使っている魔法陣を見せてもらっても?」

「いいよ」


 魔道具を分解し、中身を見せてあげる。


「こんな小さなスペースに、この複雑な魔法陣を……? 相当な魔力操作スキルがなければ不可能な芸当です……」


 魔道具を作る上で重要なのが、魔法陣をできるだけ小さくすることだ。

 そうしなければ、できあがるものが大きくなり過ぎる。


 だが、魔法陣を小さくするのは簡単ではない。

 ミニチュアを作るのに指先の器用さが必要なように、非常に繊細な魔力操作が要求されるのである。


「それに魔法以外の仕掛けも随分と細かいですね」


 魔道具なので魔法の構成も非常に重要なのだが、それだけではダメだ。

 ユーザビリティや安全性、素材の耐久性、魔法の効果が最大限発揮できるような構造、さらには魔力のエネルギー効率などなど。


 特に箱シリーズで苦労したのは素材だ。

 大型の魔道具なので普通の金属では重くなり過ぎてしまうし、かといって木材では耐久性などに不安が残る。


 そこで第四階級黄魔法のクリエイトメタルを使った。

 これは金属を生成できる魔法で、僕は試行錯誤の末、できるだけ軽くて丈夫でしかも熱や低温、サビなどに強い金属を生み出すことに成功したのだ。


 魔道具の素材を用意する上で、この魔法は今後も非常に役立つだろう。


 もちろんいくら軽い金属だといっても、すべて金属製だとまだまだ重たい。

 そこで利用したのが、樹木の魔物トレントの素材。


 そのまま木材として使うわけではなく、樹液を利用するのだ。

 トレントの樹液は、硬くなると柔軟性と光沢を持ち、非常にプラスチックに近い素材になるのである。漆みたいなものだね。


 そしてこの半年間に新しくクラフトしたのは、家事用の魔道具だけではない。


「できた!」


 手のひらに乗る程度の小型の魔道具だ。

 でも自分で言うのもなんだが、こいつは非常に画期的なアイテムだった。


 その名も【魔力ハブ】。


 遠く離れた場所まで、自分の魔力を飛ばすことが可能になる魔道具だ。

 要するに魔力の中継器である。


 第四階級の無属性魔法、エクステンションを応用した。

 これは魔力の操作範囲を一時的に拡大できる魔法である。


「こいつをこの辺に置いて……」


 王宮の中庭の途中に【魔力ハブ】を設置すると、僕はできる限りそこから離れる。


「ひとまずこれくらいかな」


 おおよそ五十メートルほど距離を取ったところで、僕はその中継器に向かって魔力を飛ばした。


 現在、僕が魔力を到達させられる距離はせいぜい五十メートルほど。

 でもこの中継器を間に挟めば……。


「よし、距離が百メートルに伸びたぞ!」


 さらに僕は別のことを確かめる。

 ファイアボールの魔法陣を展開し、火の玉を発射した。


 発動した魔法を自在に動かすためには、魔力操作が必須だ。

 つまり、魔力が届いている必要があった。


 僕が放ったファイアボールは、百メートル先でも魔力操作によって右に左にと動かすことができた。


 さらに、普通は間に障害物などがある場合、魔力が阻害されてしまうのだけれど、中継器を迂回することでこの課題を解決した。

 壁の向こう側にあるはずのファイアボールを、操ることができるようになったのである。


「この中継器、上手く使えば色々と応用が利きそうだね」


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