第13話 まだまだ伸びしろがあるってことだね

 母親が亡くなった。


 薄情かもしれないが、正直なところ僕はまったく悲しいと思わなかった。

 僕には前世があって、生まれたときから思考が完全に大人のそれだったから、そもそもあまり母親だという感覚がなかったせいだろう。


 しかも母親らしいことをしてもらった記憶が一切なかった。


 病気でベッドから起き上がるのもやっとの状態だったし、仕方がないかもしれない。

 ただ、僕が顔を見せにいっても、まったく親の愛情を感じなかったのだ。


 彼女にとって、国王の子を身籠り、生むことができればそれでよかったのだろうと思う。

 生憎とそのせいで元から病弱な身体を酷使し、若くして亡くなってしまったわけだが……。


 ともあれ、僕は七歳になっていた。


 五歳のときに魔道具を使ってティラにカッコつきの勝利をしたが、六歳のときついに念願の正面切っての初勝利。

 それからしばらくは勝ったり負けたりを繰り返していたものの、次第に僕が勝つ方が増え始め、最近では八割以上の確率で勝てるようになってきていた。


「見事です。まさか七歳の子供に追い抜かれるとは、思ってもいませんでした。しかも冷静に考えてみれば、あなたはまだレベル1のはず……」


 ティラが感服したように言う。


「つまり、まだまだ伸びしろがあるってことだね」

「正直、末恐ろしいです」


 こうして強くなれたのもティラのお陰だ。

 彼女と幾度となく繰り返した戦闘訓練で得られた経験は、独学で魔法書を読んでいるだけでは絶対に得られなかった。


「そしてもう、あなたに教えられることはありません」

「へ?」


 ティラの発言に不穏なものを感じ、僕は思わず頓狂な声を出す。


「わたしの家庭教師としての役目はお終いです。これからは、もっと優れた教師の指導を仰いでください。……そんな人がいれば、の話ですが」

「ちょ、ちょっと待ってよ! え? 役目はお終いって……まさか、辞めちゃうってこと!?」


 まさに寝耳に水の話に、僕は大いに動揺した。


「はい。すでに雇い主であるアーベル家との間では話がついています」

「そんなの聞いてないんだけど! 僕に相談もなく……?」

「普通、七歳の子供に相談しませんよ」


 このときほど、まだ子供であることが厭わしく思えたことはなかっただろう。


 これは後から知ったことなのだが、どうやら僕に魔法の才能があることがアーベル家に伝わり、それでより良い家庭教師を、という話になってしまったらしい。


「実際の十分の一くらいで伝えていたのですけどね」

「い、いつ行っちゃうの?」

「来週には都市を出るつもりです」


 ティラはこの家庭教師の期間、王宮近くの宿で暮らしていた(無論、宿代はアーベル家持ち)。

 契約終了となると、当然その宿からも出なければならないという。


「これからどうするの?」

「わたしは元々、冒険者として各地を転々と旅していた流浪人ですから。また元の流浪人に戻りますよ」


 この国をたまたま訪れたときに冒険者ギルドからこの家庭教師の依頼を紹介され、軽い気持ちで面接を受けた結果、採用されてしまったのだという。


「最初は二年も続けるとは思っていませんでしたし、まさかこんな異次元の才能と出会えるなんて、もっと思っていませんでしたよ」


 ティラの辞任は正直かなりショックだった。

 しかしアーベル家の非礼があったとはいえ、当の本人も納得している様子で、子供の我儘で引き止めるわけにもいかない。中身は大人だし。


 それから数日にわたって、僕はあることに没頭。

 最後に王宮に顔を出してくれたティラに、僕は完成したそれを渡した。


「先生、これを受け取って! 僕からのお礼だよ!」

「箱……これは一体?」

「自作の【アイテムボックス】」

「え……じ、じ、自作の【アイテムボックス】うううううっ!?」


 言わずと知れた、アイテムを大量保管できる超便利魔道具。

 以前からずっと時空魔法の勉強を進めてはいたのだが、ついにそれを応用してこの魔道具をクラフトできるようになったのだ。


「【アイテムボックス】と言えば、伝説級のアイテムですよ!?」

「でも、まだ容量は小さくて、ちょっとした倉庫くらいしかないよ」

「それでも十分すごいですよ! ていうか、こんな希少なもの貰えないですよ!」

「いや、自作だから。作ろうと思えばいくらでも作れるよ。まぁかなり魔力密度の高い魔石が必要になるから、すぐには無理だけど」


 魔石は同じような大きさであっても、魔力密度が違う。

 当然ながら密度が高いほど、魔力の含有量が多くて貴重である。


 この【アイテムボックス】に使用したのは、あのハイオークの魔石だ。

 ティラのお陰で命拾いし、そして考えを改めるきっかけとなった、僕にとっては大きな意味を持つ魔石である。


 それを使ってクラフトした魔道具で、彼女に恩返ししたいとのアイデアは、我ながらなかなか悪くないものだったと思う。


「そこまで言うなら仕方ありませんね……ありがたくいただいておきましょう」


 何度か拒まれつつも、最終的には無事に受け取ってもらうことができた。


「では、そろそろ行きますね。あなたが将来どれほどの魔法使いになるのか、楽しみにしていますよ。……正直、怖い気持ちもありますけど」

「先生もお元気で! また絶対、遊びに来てよ!」


 去っていくティラの後ろ姿を見送りながら、僕は思わず涙ぐむ。

 母親の死よりも家庭教師との別れの方が悲しいなんて変な話だなと思いつつも、それだけ僕にとって彼女の存在が大きかった証左だろう。


 この世界は危険に満ち溢れているが、彼女ほど強く、賢い魔法使いであれば何の心配もない。

 きっといずれまた会うその日が来るはずだ。


「それまでにもっと魔法を極めて、驚かせてみせるよ」


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