第28話 ズルくはないでしょ

「さて、準備はいい?」

「ええ、いつでもいいわ」


 街の東部に広がるちょっとした草原。

 そこで僕とファンは十メートルほどの距離を取って向かい合っていた。


 ファンは剣を構え、僕はいつでも魔法陣を描けるよう待機している。


 見習い冒険者としての仕事を請け負う一方で、僕とファンは戦闘訓練をするつもりだった。

 以前、家庭教師のティラとやっていたような実戦的な手合わせだ。


「対魔法使いはこれでもかっていうくらいやったけど、対剣士だとまた全然違うはずだからね」


 初めて会ったときに、ファンはいきなり斬りかかってきた。


 魔法使いとは次元の違うスピードに驚かされたし、しかもこっち初撃をあっさり躱されてしまった。

 いずれも魔法使いには不可能な芸当だ。


【飛翔シューズ】を履いていなかったら危なかったかもしれない。


「じゃあ、訓練開始!」


 僕の掛け声で手合わせがスタートする。

 直後、ファンが地面を蹴った。


 予想通り、一気に距離を詰めてくる。

 魔法使い相手に、接近戦以外で勝機はないので当然だろう。


 こちらとしては剣の間合いに入られたら負け――


「っ?」


 僕はあえて前に出た。

 自分からファンとの距離を詰めていったのだ。


 しかも僕の手には、【アイテムボックス】から取り出した剣。


 もちろん、生粋の剣士相手に普通に剣技で挑むつもりなどない。

 家庭教師から剣も教わっていたけれど、僕の才能はお世辞込みで中の上くらいだからね。


 この剣を自らの手で振るうのではなく、魔力で操作した。

 宙を舞う剣と、ファンの剣が激突する。


 ガキイインッ!


「っ……」

「なかなかのパワーでしょ?」


 非力な僕が自分の手で持つより、魔力で操作した方がずっと力強いのだ。


 しかも、より速くより精密に動かすことができる。

 人間の身体構造からくる制限もないしね。


「……悪くないわ」


 とはいえ、あくまで僕自身が剣を扱うより、という話だ。


「でも、まだまだ」


 ファンの剣が、僕の剣を弾く。

 すぐに魔力で元の位置に戻そうとしたけれど、そのときにはすでにそこにファンの姿はなかった。


 僕の剣を無視し、至近距離まで迫っていたのだ。


 ガキイインッ!


「っ……もう一本?」


 僕の二本目の剣が、ファンの斬撃を防ぐ。


「一本だけとは言ってないよ?」


 さらに【アイテムボックス】から、三本目、四本目、五本目の剣を取り出す。

 五本の剣が攻撃と防御を同時に行い、ファンをほとんど一方的に攻め立てた。


「……ズルい」

「ズルくはないでしょ。これが魔法使いの戦い方だよ」


 初めて試してみたけど、なかなか悪くないね。

 接近戦となったときはもちろん、ある程度の距離があっても使えるだろう。


 もっとも、距離があればあるほど魔力操作の精密度が下がってしまうし、あえて使う意味は乏しいが。





 そんな感じでファンとの戦闘訓練をしつつ、僕は秘かに影騎士たちによるオート狩りも行おうとしていた。


「ここが噂の沼地だね」


 シャドウクローンで作り出した自分の分身に【ビデオ帽子】を取りつけ、街から十キロ以上離れた場所の光景を【映像ボックス】で確認する。


 辺りにはうっすらと霧が立ち込め、枯れた木々がぽつぽつと点在している。

 映像越しでもどんよりとした空気が伝わってくるほどだ。


 この沼地は二足歩行のトカゲの魔物、リザードマンの一大繁殖地らしく、冒険者たちの代表的な狩り場の一つだという。

 リザードマンの鱗がそれなりに高値で売れる素材なのだとか。


 ただ、リザードマンは決して弱い魔物ではない。

 オークと同等の強さ、しかもこの足場の悪い沼地はリザードマンに有利なテリトリーだ。


 そのあたりを加味すると実力のある冒険者しか、ここを狩り場にはできないそうだ。


「影騎士たちに足場の悪さは関係ないけどね」


 黒魔法シャドウナイツで作り出す影騎士たちは、沼地に足を取られることもなければ、底なし沼に沈んでしまうこともない。

 同じく影から生み出されたシャドウクローンも同様だ。


「いた。あれがリザードマンだね」


 早速、枯れ木の傍にそれらしき姿を発見した。

 この沼地で擬態できるように進化したのか、枯れ木や泥の色とよく似た茶色の鱗のリザードマンだ。


 肉眼だと見逃してしまってもおかしくないけれど、幸い影騎士たちは視覚で魔物の居場所を特定しているわけではなく、魔力を感知することで特定している。


 影騎士たちが一斉にリザードマンに襲いかかっていく。

 リザードマンはすぐにそれに気づいたものの、沼地でも平地と同じ速度で動ける影騎士たちに囲まれ、あっという間に絶命した。


「余裕で倒せそうだね。じゃあ、後は彼らに任せておくとして……魔石や素材はとりあえずどこかに隠しておくしかないかな。【アイテムボックス】が一つしかないから」


 唯一の【アイテムボックス】は今、僕が持っている。

 元はシャドウナイツが魔石や素材を回収する用だったが、王宮を出るときに荷物入れに転用してしまったからだ。


「ビッグシットスライムの魔石なら【アイテムボックス】も作れそうだけど、それは別の魔道具に使いたいし……。リザードマンの上位種とか、出てきてくれないかな?」

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