第27話 仕事を奪っちゃったかも

 その後もシットスライムに遭遇するたび、僕が遠距離からファイアボールで燃やしていった。


「やはり魔法は便利だな! おれなんていつも必ず汚水を浴びせられるというのに、まだ汚水が発射されてすらいないなんて!」

「いつも浴びてるんだ……」

「酷いときは頭から汚水をかけられることもあるぞ!」


 ……この男、ある意味〝強い〟かもしれない。


「またいたわ」


 ファンが下水道の奥に視線をやりながら顔を顰める。

 剣で斬ることしかできない彼女はポッツと同様、ここまで出番ゼロだ。


「しかし、かなりの数だな」


 何体ものシットスライムが下水の中に蠢き、さらに壁や通路にまで溢れかえっていた。


「おかしいぞ……」

「どうしたの?」

「久しぶりの下水道掃除だから、それなりに増えているとは思っていたが……さすがにこれは多すぎる。ここに来るまでも、すでにいつもの倍は倒しているはずだ」


 どうやら普段よりもシットスライムの繁殖が酷いらしい。

 まぁどんなに数が増えようと、魔法で一撃なので関係ないのだが。


「まとめて倒すよ。ヒートウェイブ」


 高熱の波が、シットスライムを一気に焼き尽くす。


「あれだけのスライムを一瞬でっ……」

「まだいるわ」


 下水道の奥から、さらにうじゃうじゃと湧き出してくるシットスライム。


「さ、さすがに多すぎる! どうなっているんだ!?」

「とにかく倒しまくるしかないね」


 あり得ないと叫ぶポッツに対し、僕は気にせずシットスライムを一掃していく。

 しかし奥に進めば進むほど、下水道の汚さが際立つようになってきた。


「こ、こいつは酷いぞ……いつも以上の汚さだ……っ! おええええっ……」


 さすがのポッツも耐えきれなくなったのか、盛大に嗚咽している。


「シットスライムは定期的に片づけているかもしれないけど、ちゃんとした掃除はしてなさそうだからね。どんどん汚れが溜まってきて、大繁殖する環境が整ってしまったのかも」


 このまま放置しておくと、やがて先ほどポッツが言ったように街中にまで溢れ出してくるかもしれない。

 と、そのときだ。


「大きいのがいるわ」

「なっ!? あ、あんな巨大なシットスライム、見たことないぞ!?」


 通路の向こうから姿を現したのは、全長二メートルはあろうかという、巨大なシットスライムだった。


「まさか、ビッグシットスライムなのか!?」

「ビッグシットスライム?」

「シットスライムの上位種だっ! 通常のシットスライムとは一線を画する繁殖力を持つ! だがそれだけではないっ……」


 そのシットスライムが身体を大きく撓めたかと思うと、噴水のように汚水を射出してきた。


「汚水の雨を降らせてくるんだあああああっ!」

「汚っ……でも無駄だよ。ウォーターウォール」


 水の壁でそれを防ぐ。


「た、助かった……ビッグシットスライムの汚水は、シットスライムより遥かに汚い……一説には凶悪な病原菌が含まれているとも……」

「……それは最悪だね」


 即行で討伐しておきたい魔物だ。


「ファイアランス」


 炎の槍がビッグシットスライムに直撃。

 強さ自体は大したことないようで、それだけで燃え尽きて消滅した。


「おっ、良い感じの魔石だ」


 ビッグシットスライムを倒した場所に転がっていたのは、ハイオークに匹敵する魔力密度の魔石だった。

 シットスライムの魔石は密度が低い上に、汚水に浸かっていたりして放置していたが、さすがにこれは手に入れておきたい。


「これ、貰っていい?」

「か、構わないが、汚いぞ……?」

「大丈夫。奇麗にするから。ピュリフィケーション」


 強力な浄化の光を浴びせることで、汚れや毒、さらには病原菌までをも取り除くことができる第四階級白魔法だ。


 魔石どころか周囲の地面に堆積していた汚物までをも浄化し、元の綺麗な石の床が現れた。


「汚れを完全に取り除いたのか!?」

「うん。ついでだし、この下水道そのものを奇麗にしておこうかな。こんなに汚いままじゃ、またビッグシットスライムが出てきそうだし」


 シットスライムは掃討できたようなので、僕はピュリフィケーションを使って下水道を浄化していくことにした。


 とはいえ、さすがに第四階級の魔法だけでは非効率なので、まずは青魔法で大量の水を放ち、堆積した汚泥や糞尿、油などを一気に流していった。

 それでも奇麗にならない場所に、ピュリフィケーションを使っていく。


 長年の汚れが見る見るうちに消滅していく様子は、なかなか気持ちがいい。


「下水道がこんなに奇麗になっていくなんて……」


 やがて下水道全体がピカピカになると、ポッツは呆然として、


「すご過ぎるぜ……これで、下水道掃除の仕事は当分ないだろうな」

「あっ」


 ポッツの言葉で、僕はハッとする。


「ごめんなさい……仕事を奪っちゃったかも……?」

「いやいや、今のはそういう意味で言ったんじゃない! むしろありがたい限りだ! 誰も受けようとしない仕事だが、街のためには必要なことだと思って受けてきただけだからな!」

「そうなんですか? てっきりそういう仕事でしか生計を立てられないのかと……」

「ぐはっ!? そ、それはそれで事実ではあるけどな!?」


 やはりポッツはこの手の街中で完結する仕事ばかり受けているようだ。

 街の外に出て魔物と戦うには弱すぎるのだろう。


 ただ、決してそれだけではない。

 街中で完結する仕事なら、もう少し楽なものがいくらでもある。


 なのにこんなハードな仕事ばかり引き受けているのは、単純にこの街のことが好きで、少しでも街を良くしたいと思っているのだろう。


「それならこの下水道、少しでも奇麗な状態を長く維持できるようにしておこう」

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