第6話 ダメですよ

「ハァハァハァ……あ、あなた、本当に五歳児ですか……? わたしと同じ、長寿種の血を引いているのでは……」


 額にびっしょりと汗を掻いて唖然とするティラ。


「信じてくれたみたいだね」

「あの精度の高い魔法陣と魔力量を考慮すれば、発動せずとも第四階級魔法を余裕で使えることは理解できます……。それにしても、こんなとんでもない五歳児を指導するなんて話、依頼主からはまったく聞いてなかったんですが……?」

「僕が魔法を使えること、誰にも言ってないからね」

「じゃあ一体、どうやって覚えたんですか……?」


 ティラに問われ、0歳の頃から図書室にある魔法書をこっそり読んできたと説明する。


「0歳で魔法書を……? 何の冗談ですか? そもそも文字を読めないはず……」


 転生特典のお陰だ。


「その魔法書に書いてあった魔法を、第四階級まではほとんど使えるようになったんだけど、第五階級からは全然上手くいかなくて」

「ちょ、ちょっと待ってください。第四階級まではほとんど使えるようにって……一流の魔法使いでも、そんなに多くの魔法は使えませんよ? わたしだって、一番得意な青魔法で六つ、二番目に得意な緑魔法で四つ、第四階級の魔法を習得しているだけです」

「え、そうなの? 僕は普通に全系統で、それぞれ十種類以上は覚えてるけど」

「全系統で十種類以上!?」


 ティラは目を見開いて叫んだ。


「得意な魔法系統は多くてもせいぜい二つか三つですよ……? そんなに複数の系統で、第四階級まで使えるなんてあり得ませんっ。特に白魔法と黒魔法は相反する性質を持ってますから、どちらか片方しか得意にならないはず……」

「どっちも第四階級まで使えるけど……?」

「……明らかにおかしいです。そもそも五歳児が魔法を使える時点でおかしいですけど」


 どうやら非常に珍しいことらしい。


「でも、まだ第四階級だよ? 魔法書によると第八階級まであるみたいだし」

「第八階級なんて伝説級の魔法ですよ! 現代で使える人間はまずいないです!」

「あれ? そうなんだ」

「どんな魔法書を読んだのか分かりませんけど、魔法書の多くは賢者と謳われた古の魔法使いたちが遺したものですから……彼らのような異次元の魔法使いを基準にしてはいけませんよ……」


 なるほど、道理で難しいわけだ。

 魔法書に紹介された第八階級の魔法陣――複雑すぎて図形だと本に書けないので術式で記されている――を何度か試しに読み解こうとしたけど、正直チンプンカンプンだった。


「だから第五階級でも一流なんだね」

「そうです。しかも複数の系統で第五階級を使える魔法使いなんてほとんどいません。わたしも青魔法だけですし……それも一種類です」


 一つでもその階級の魔法を使えれば、〇〇階級魔法使いと名乗っていいらしい。


「第五階級を一種類使えるより、第四階級を何種類も使える方がむしろ難しいくらいですよ」

「じゃあ、なんで僕は第五階級になると急に使えなくなるんだろ?」

「先ほど見た印象では、魔力操作も魔力量も、すでに第五階級を発動できる力は十分ある感じでしたけど……」


 と、そこでティラは何かに思い至ったのか、もしかして、と呟いた。


「レベルが足りないのではないですか?」

「……レベル?」

「はい。強さの段階を現していて、どんな人にも必ずあるものです」


 この異世界にはゲームのようにレベルの概念が存在しているようだ。


「レベルアップすれば、それまでとは一線を画す強さを得ることができます。単なる身体的ステータスだけの話ではなく、スキルや知能までもが引き上がると言われていて、それは魔法においても例外ではありません。レベルが上がれば、魔力の操作スキルや魔力量も飛躍的にアップするのです」


 レベルが一つ上がるだけでも恩恵は非常に大きいみたいだ。


「わたしはレベル4です。レベル上昇は多大な恩恵をもたらしてくれる反面、レベルを一つ上げるだけでも相当な労力が必要になります。レベルが上がるほど要求される経験値も増えてきますので、最後にレベルが上がったのはもう五年くらい前ですね」


 レベル5で国家レベルの英雄に。

 レベル7で世界レベルの英雄に。

 そしてレベル10で、歴史に残るレベルの英雄になれると言われているそうだ。


「つまりそのレベルが、使える魔法階級の制限になってるってこと?」

「その可能性があるということです。あまり一般的な話ではないのですが、魔法学校に通っていたとき、教授がそんな話をしていたことをふと思い出したのです」


 その教授の話が正しければ、レベルを上げさえすれば、第五階級の魔法を使えるようになるかもしれない。


「ただ、レベルを上げるためには、魔物を倒して経験値を稼がなければならないのです」

「なるほど! 魔物を倒せばいいんだね!」


 これもゲームと同じだ。

 話は早いとばかりに頷いていると、ティラがきっぱりと言った。


「ダメですよ」

「え?」

「当然でしょう。いくら第四階級魔法まで使えるといえ、あなたはまだ五歳なのですよ? 家庭教師として、そんな危険な真似を許せるはずがありません」


 ……すでに何度も魔物を討伐してるんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る