追放王子の気ままなクラフト旅

九頭七尾(くずしちお)

第1話 魔力を増やそう

「あうあー」


 気づいたときには赤子の身体だった。


 声はロクに出ないし、短い手足は思うように扱えない。

 寝返りもできず、視界は常にぼんやりとしている。聴覚だけは悪くないようで、周りの人たちの声がそれなりにはっきり聞こえてくる。


 すぐにこの状況が転生だと理解できた。

 にもかかわらず、なぜか前世のことがまったく思い出せない。


 名前や年齢、どこでどんな人生を送っていたのか、何一つとして覚えていないのだ。

「転生」という概念も「赤子」という概念も理解しているというのに。


 記憶喪失のように、知識だけが残っていて、経験に関する記憶は失われてしまったのだろうか。


「セリウス様、おっぱいの時間ですよ」

「うあうあー」


 優しい声に反応し、手足をバタバタとさせた。

 さっきからすでに空腹で堪らなかったのだ。


「すごいですね、もう呼びかけに反応するなんて」

「あうあ」

「それにお喋りも……まだ生まれて二週間しか経っていないというのに」


 感心したように呟いておっぱいを与えてくれるのは、西洋人風の女性だ。


 年齢的には二十代半ばくらいだろうか。

 決して美人ではないが、柔和で優しげな印象を受ける。


 彼女が母親……というわけではないらしい。

 実際の母親は出産の予後がよくないとかで、まだ一度も顔を合わせていない。


 目の前のこの女性は乳母だった。

 こちらを「様」付けで呼んでくるし、随分と身分の高い家に生まれたみたいである。


「さあ、セリウス様」


 眼前に差し出される豊かな乳房。

 前世で何歳だったのかは思い出せないが、赤の他人のおっぱいを飲むのはさすがに抵抗があった。


 ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ。


「ふふふ、いつも本当にたくさん飲んでくれますね」


 残念ながら空腹には勝てない。

 衝動のような強い食欲に突き動かされ、目の前のおっぱいを必死に吸った。





 ここが地球とは別の世界だということはすぐに分かった。

 周囲の人たちの会話の中に、「魔法」や「魔物」といった言葉が登場したからだ。


 ……ちなみになぜか最初から彼らの言語が理解できた。文字も読める。

 転生特典というやつだろうか。


 つまり、ここは異世界、しかもいわゆる剣と魔法のファンタジー世界だということである。


 となると、最初にやることは一つ。


「あうあうー(魔力を増やそう)」


 前世の知識のお陰で、異世界転生で赤子スタートのときはまず魔力の総量を増やすための訓練をしていくのがセオリーだということを知っているのだ。


 幼い頃に魔力増量トレーニングを繰り返していれば、成長した頃には途轍もない魔力を保有している状態になれる……かもしれない。


 問題はそのやり方だが、もっともオーソドックスなのが、魔力を限界まで使い切って、回復するのを待つ、という方法だ。

 壊した筋肉が超回復することで増強されるのと同じような原理だね。


 しかしそもそも魔力ってどうやって使うんだろう?

 自分の身体に宿っている魔力を感じ取る方法も分からない。


 うーん、どうしたものか……。





 生後一か月くらいで、うつ伏せや寝返りができるようになった。

 異世界だからこの程度は当たり前かなと思ったが、どうやらこの世界でもかなり早いようである。


「おはあー。こんにあー。さよなあー」


 まだまだ舌足らずだが、言葉も少し喋れるようになった。


 ただ、誰もいないときにしか練習していない。

 こんな赤子が言語を理解しているとバレたら、さすがに怖がられるかもしれないし。


 日々、魔力増量トレーニングにも精を出していた。


 魔力を感じ取れるようになるまで、意外と時間はかからなかった。

 何度も意識的に探っているうちに、なんとなく分かるようになったのである。


 魔力は、全身をゆっくりと流れている。

 最初は空気を掴んで動かすような薄い手応えで、まったく思い通りに操れなかったけれど、徐々に意図したように操作ができるようになってきた。


 動かしているだけでも少しずつ魔力が減っていくのだが、外に向かって放出すれば一気に魔力を消費することができる。

 そうして失われた魔力は、時間が経てば回復してくる。


 前世の知識通り、やはり魔力を何度も繰り返し消費することこそが、魔力を増量させるための近道だった。

 この一か月間で、体感、五倍くらい魔力が増大した気がしている。


 なお、魔力を枯渇させると物凄くぐったりしてしまうため、乳母に何度かその状態を見られてめちゃくちゃ心配されてしまった。


 ところで生まれてから今まで、実母には何度か会った。

 病弱と聞いていた通り不健康なほどに瘦せ細っていたものの、かなりの美人だった。


 一方、父親にはまだ一度も会ったことがなかった。

 きっと忙しいのだろうと思っていたが、この日ようやく初めて父親の顔を見る機会を得た。


 大袈裟な衣装を着た男たちに連れられ、やってきたのは信じられないほど広い部屋。

 その奥に置かれた椅子に腰かけていたのは、頭に王冠のようなものをかぶった立派な口髭の男だった。


 この男が父親……?

 王様みたいな格好しているけど、当然コスプレなんかじゃないよね?


「うむ、ようやく会えたな、我が子セリウスよ。余がお前の父、ロデス王国国王、ミリアス=レア=ロデスである」

「……あうあ?」


 どうやら王子として転生してしまったらしい。

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