第31話 これくらいで勘弁しておいてやらぁ

 ファンの質問に、ギエナが明らかな苛立ちを示す。


「お前、まさか、オレを倒せるとでも思ってんのか? そんな可能性、万に一つもねぇよ」


 絶対に無理だと断言されて、逆にファンがムッとした。

 負けず嫌いだからなぁ……。


「可能性はあるわ」

「くくくっ、はははっ! 面白れぇ! 威勢のいいガキは嫌いじゃないぜ! だがな……あんまし自分の強さを過信してっと、痛い目を見るぜ?」


 おかしそうに一笑したかと思いきや、鋭くファンを睨みつけるギエナ。

 彼女は彼女で相当な負けず嫌いらしく、なかなか大人気ない。


 女同士でバチバチと火花を散らし合う中、ギルド職員のパロンは淡々と告げた。


「では最初にファン氏から試験を受けるということでよろしいですね」

「いいわ」


 僕が口を挟む余地もなく、ファンが一番手ということになった。

 二人は会場の中心で十メートルほどの距離を開け、向かい合う。


「はっ、あんだけ調子よく吠えたんだからよ、少しは楽しませてくれよな」

「楽しめる余裕があるかしらね?」


 ギエナが槍を構え、ファンは鞘から剣を抜く。


「それでは試験をスタートします。時間は五分。はじめ!」


 パロンが開始を宣言するや、ファンがいきなり地面を蹴って猛スピードで駆け出した。


「ほう、悪くねぇスピードだな。さすがは獣人ってとこか。だがな」


 ギエナは不敵に笑うと、ほとんどノーモーションで刺突を繰り出す。

 相手からすれば予想外のタイミングで槍の穂先が迫るため、普通なら回避など不可能だろう。


 だがファンは咄嗟の超反応によって、それを剣の腹で受け止めていた。


「よく防いだじゃねぇか。てっきり今ので終わっちまうかと思ったのによ。もっとも、僅かに試合終了が延びただけだがなぁ!」


 直後、ギエナが刺突の雨を降らせた。

 視認すら難しい速さで、何十という刺突の連撃を放ったのだ。


「これはあくまで試験。本気は出さないようにと言っておいたはずですが……」


 隣でパロンが呆れている。

 どうやらファンに挑発されて、ギエナは試験官としての本分を忘れてしまっているらしい。


「まだ開始からたったの十五秒……これでは彼女の実力を確かめられないのですが」

「大丈夫だよ。これくらいでやられはしないから」


 溜息を吐き出すパロンに、僕はそう助言する。


「なにっ?」


 ギエナが息を呑む。

 彼女の刺突のすべてを、ファンは剣で防ぎ切ってしまったのだ。


「馬鹿なっ、オレの超高速の刺突を、見切ったってのか!?」

「動体視力には自信があるのよ」


 ギエナが一息ついた瞬間を狙って、ファンが再び距離を詰める。


「ちぃっ!」


 咄嗟に再度、刺突を繰り出したギエナだったが、槍の穂先はファンの脇腹すれすれを通過した。


「な……っ!?」


 ファンはそのまま一気に剣の間合いへ。

 こうなると柄の長い槍はもはや無用の長物に等しい。


 しかしギエナに届いたファンの剣は、ギエナの左腕によって防がれていた。


「……硬い?」


 懐に入られたときに弱いという槍の欠点を補うため、あらかじめ腕に何かを仕込んでいるのだろう。

 さらに、予想外に剣を止められたことで一瞬硬直したファンの腹部に、ギエナの蹴りが突き刺さった。


「ぐ……っ!?」


 ファンは勢いよく吹き飛び、再び間合いを取らされてしまう。

 一方のギエナは、信じられないという顔をしていた。


「……まさか、このオレが懐への侵入を許しちまうとはな。癪だが、前言を訂正させてもらうぜ。てめぇはただ威勢がいいだけのガキじゃねぇ。現時点でも十分、冒険者としてやっていける実力がある」


 どうやらギエナはファンの力を認めたらしい。


「ただな……オレに勝つのは、十年早ぇよっ!!」

「五分の間違いだと思うわ」


 どちらも本当に負けず嫌いだな……。


 そこからもはやこれが試験とは思えないほど、激しい攻防が繰り広げられた。

 ファンはもちろんのこと、ギエナも自分が試験官だということを忘れてしまったのか、全力で相手を仕留めようとしている。


 このまま続けさせていいのかと思ったが、


「ギエナ氏は、現時点ではまだCランク冒険者ですが、将来を嘱望される若手の一人で、すでに実力はCランクのレベルを超えているはず……そんな彼女を前に、十一歳の冒険者志望の少女が、互角の戦いを見せているなんて……」


 まぁ、パロンも興奮した様子で見入っているし、大丈夫だろう。


 やがてあっという間に五分が経った。


「ご、五分が経ちました! 試験終了! お二人とも、そこまでです!」


 我に返り、慌てて声を上げるパロン。


「ぜぇぜぇ……今日のところは、これくらいで勘弁しておいてやらぁ」

「はぁはぁ……次は、確実に、斬ってやるわ」


 二人は交戦を中断して肩で息をしつつも、口ではまだやり合っている。


「つーか、勘違いするんじゃねぇぞ? 今日は試験官として、あくまでてめぇの実力を確かめるのが目的だ。オレが本当に本気を出したら、てめぇなんざ瞬殺だからな?」

「それはこっちの台詞だわ。殺さないよう我慢してあげたのよ」

「ああん? ならマジでやってみるか?」

「望むところよ」

「ストップストップ! 二人とも落ち着いてください!」


 飽きることなく再び武器を構えて一触即発の二人の間に、パロンが慌てて割り込んだ。


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