第38話 そのときはそのときだわ
新たに発見したゴブリンの巣穴。
今までとはゴブリンの数も質も違う、凶悪な巣穴だった。
だがそんなことなどお構いなしに、ファンはどんどん奥へと進んでいく。
ゴブリンの上位種、ホブゴブリンやレッドキャップだけでなく、弓で矢を放ってくるゴブリンアーチャーや、天井や壁などに擬態しながら急襲してくるハイドゴブリンなども現れたが、ファンを止めることはできなかった。
「ああもう、見えなくなっちゃった!」
一方僕はというと、魔石や素材を集めるので精いっぱい。
ファンが先へ先へ行ってしまうため、完全に置いていかれてしまっていた。
「グギャギャ!」
「ファイアボール」
生き残りのゴブリンがいたので、火の玉をぶつけて倒しておく。
「……まったく、こんな冒険の仕方してたら、本当に痛い目を見るよ」
巣穴の中は広大で分かれ道も多く、まるで迷路のようだった。
普通なら仲間がどこにいるのか分からなくなったりするだろうが、こっそりマーキングの魔法をかけているので、完全にはぐれる心配はない。
「移動が止まった? よし、今のうちに追いつこう」
ファンの移動が落ち着いた隙に、僕はペースを上げた。
ただ、所々にトラップが仕掛けてあるので注意が必要だ。
ゴブリンが作ったものなのでどれも非常に単純なトラップだが、先を進んだファンが幾つか発動させた形跡がある。
……どれも無理やり突破しているようだが。
「シャドウクローン」
僕はそんな危険な真似はしない。
影で作り出した分身を先に行かせることで、トラップをあらかじめ避けていく。
そうして辿り着いたのは、これまでにない広さの空間だった。
「ぐっ……」
「ファン!?」
小柄な身体がこちらに吹き飛んできて、地面を転がる。
「大丈夫っ?」
「…………問題ないわ」
その空間には軽く百体を超えるだろうゴブリンの姿があった。
ホブゴブリンやレッドキャップも少なくない。
だがいくら数が多くとも、今のファンを止めることは不可能だ。
他とは遥かに違う威圧感を放つゴブリンがいた。
「こいつは……まさか、ゴブリンジェネラル?」
将軍の名に相応しい、堂々たる体躯のゴブリンだ。
巨大な剣を片手で持ち、分厚い鎧を身に着けている。
「あいつにやられたのか」
「ええ。あいつ強いわ」
かなりダメージを負わされたようで、ファンはすでに立ち上がるのもやっとといった印象だったが、
「……倒す!」
地面を蹴り、将軍ゴブリンに躍りかかった。
縮地で一気に距離を詰めると、渾身の斬撃を叩き込む。
「ギグギ」
だが将軍ゴブリンは衝撃で僅かに後退しただけで、即座に反撃の剣を振るった。
ゴウッ、と風圧が離れた場所にいるこちらにまで届くほどの斬撃だ。
ファンはその斬撃を躱したものの、それで数メートル吹き飛ばされ、強引に距離を取らされてしまう。
そこへ将軍ゴブリンが再び剣を振るった。
すると離れているというのに、ファンの腕から血が噴き出す。
「斬撃を飛ばすことができるのか……っ!」
腕を斬られながらも、ファンはまたも縮地で距離を詰めた。
しかし着こんだ鎧のせいでファンの攻撃がまったく通らない。
「相手が悪すぎるっ! ファン、そいつは僕に任せて周りの雑魚たちを倒して!」
「……」
「聞こえてる!? このままだとやられるよ!」
だが僕の訴えを余所に、ファンは執拗に将軍ゴブリンに挑み続ける。
梃子でも引く気はないらしい。
「せめて魔法で援護を……」
「加勢は不要だわ。一人で倒してやる」
頑なな彼女だが、その斬撃はやはり将軍ゴブリンの分厚い鎧に弾き返されるだけだ。
そのときだった。
ファンの再三の一撃が将軍ゴブリンの胴部に叩き込まれると同時、それまでずっと剣を弾いていた鎧の一部が四散し、血飛沫が舞った。
「ギギギッ!?」
「……これで剣が通るわ!」
幾度も繰り返し斬撃を見舞ったことで鎧を脆くし、ついには破壊してしまったのだ。
初めてのダメージを負わされて驚く将軍ゴブリンへ、すかさずファンは追撃を見舞う。
同じ箇所を、今度はより深く剣が抉った。
大量の血を噴き出しながら、将軍ゴブリンがその場に膝をつく。
「あそこから戦況をひっくり返すなんて……っ!」
予想していなかった展開に驚かされ、僕は思わず叫ぶ。
「「「グギャギャギャギャ~~~~~ッ!!」」」
ここまで一対一の戦いを見守るだけだったゴブリンたちが、ボスのピンチと理解して一斉に動き出した。
無論、邪魔はさせない。
「サイクロン。ウォーターフォール」
二つの第四階級魔法を連続で放つ。
猛烈な竜巻がゴブリンどもを吹き飛ばし、滝のような水がゴブリンどもを押し流した。
「雑魚は任せておいて!」
「そうするわ!」
ファンは一気に攻勢に出た。
将軍ゴブリンは血を流しながらも必死に応戦したが、一部分にせよ鎧を破壊された動揺が隠し切れず、明らかに精彩を欠いていた。
最初は圧倒されながらも、一歩たりとも引かずに挑み続けてきたファンとは、もはや気持ちの面で負けている。
将軍ゴブリンが倒れるまで、そう時間がかからなかった。
……どうやら僕は大きな勘違いしていたらしい。
僕はかつてハイオークにやられそうになり、ティラに助けてもらった経験から、安全第一で生きていくことを誓った。
だがそれはあくまで僕の生き方だ。
ファンにはファンの生き方がある。
僕はいつの間にか自分の生き方を押し付けようとしていたらしい。
彼女が痛い目を見て、それで僕のように学んでほしいと、上から目線で勝手なおせっかいを焼こうとしていたのだ。
「一つ聞かせてもらっていい? もっと強くなりたいって言ったけど、もし無理をして途中で死んじゃったらどうするの?」
「そのときはそのときだわ。それまでの人間だったというだけ」
……僕は思った。
彼女こそ、物語の主人公になるようなタイプだと。
途中で野垂れ死ぬか、それとも英雄になるか。
未来は分からないけれど。
「僕は絶対、真似はしたくないけどね」
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