第3章 幹部兵学校入学試験

第21話 王都

「あっ、見えてきたよー!」


 馬車のほろから顔を出し、アルカがそう叫んだ。

 どうやら王都にそろそろ到着するらしい。

 バーグと出会ってから半年。

 とうとう、兵学校の入学試験を受けに王都にやってきたのだ。

 この半年、ミラはアルカとジュードにさらに厳しく色々とたたき込んだ。

 かなり厳しく教えていることを察せられないためにあえて教えてこなかったことも、流石さすがに王都に行ってしまえば常識がないと困るだろうとちゃんと教えることにした。

 その結果、アルカもジュードも自分達がちょっと変わった訓練を受けてきたことを今は理解している。


「おぉ、やっぱりでっけぇな。あの城壁は魔物から街を守るためのものなんだろ? 村にもあったら自警団が楽になるのにな」


 ジュードもアルカと同様に幌から顔を出しながらそう言う。

 そんな中、ミラはと言えば、荷台の中で問題集を読んでいた。

 御者台のバーグがちらりと荷台をのぞき、ミラに言う。


「ミラはアルカとジュードみたいに王都を見なくても良いのかな?」


「どうせ、学校に通うことになったら何度も見る景色だからね」


「これは冷めてるねぇ……そもそも絶対に受かるなんて言えないんじゃ」


「ううん、絶対に受かるよ。この問題集を見る限り、アルカとジュードでも満点取れるから」


「それは流石に無理だろう……? えっ、本当に?」


 苦笑しながら否定し、ミラの顔を見たバーグだったが、ミラが真面目な表情をしていたため、冗談は言っていないことを理解する。


「本当に。数学は初歩だし、地理歴史は大雑把だし、魔術理論もこれ、第三位階までの内容しか含まれてないようだから。他の科目も似たり寄ったりだし。いずれもアルカとジュードは完璧だよ」


「本気で言ってるのかい……? どれもそこそこ難しいと言われてるんだけどね」


「どれくらい?」


「たとえば数学は解けるならとりあえずどこの商家でも雇ってくれる程度だと言われているよ。私も問題を見たことがあるが、これくらい解けるのであればうちで普通に雇うくらいのものだったね」


「そうなんだ……」


 少しがっかりしたミラだった。

 しかし、考えてみれば、学校の試験など前世では受けた記憶がなく、そんなものかもとも思った。

 学校に潜入して仕事をしたりすることもあったが、どうしても途中編入のような形になったり、職員の振りをして入り込むとかそういう感じばかりだったから試験など受けることはなかった。

 家では知識技術が確かに身についているか、それを確かめる機会はあったが、それは学校の試験のような点数のつけられるものではなく、家族や《組織》が満足する基準に達しているかを彼らのものさしで測るものだったし。

 それを考えれば、普通の試験はこんなものなのかもしれない、と思ったミラだった。


「ま、君達ならまず間違いなく受かるだろうとは、私も思ってるけどね。初めて会ったときだって相当驚かされたが、この半年でも結構なものだったよ。私はかなり儲けさせてもらったが……本当にお金はいいのかい?」


 実は、この半年で、バーグは何度も村に来ている。

 もちろんそれは、兵学校の試験のための教科書や問題集、願書などを渡すためだが、その際に一緒に食事をとったり話したりする中で、彼の抱えた問題などを聞いたりした。

 そして解決策があるものについては、助言したりしてきたのだ。

 それによってバーグは何度も得をしたらしく、それをミラ達に還元したいとその都度言ってきた。

 けれどそれをミラ達は固辞し続けた。

 お金が要らない、とまでは言わないが、それでも受け取らないのは、バーグがくれるという金額が子供が持つにはあまりにも巨額すぎるのと、それを受け取ってしまうとミラ達がどこかから目をつけられる可能性があるというのがあった。

 せいぜい、学校に通うための援助くらいが限界だろうと。

 だからそれでいいのだとミラ達は思っている。


「気にしないでバーグさん。そのうち、アメニテ商会に買い物に行くこともあるだろうから、そういうときに値引きでもしてくれればそれで」


「値引きだなんてとんでもない。何でもただであげるよ」


「だからそういうのはいいんだって……あ、そろそろ本当に着くね」


「そうだね。入街検査が一応あるけど、君達はしっかり身分証があるから心配は要らないよ」


 ミラ達の身分証は、一応男爵であるミラの父から発行された正式なものなので何も問題はない。

 実は、ミラ達が兵学校の入学試験を受けると聞いて、それぞれの両親は皆、驚いていた。

 だから、三人とも説得に時間がかかるかと思ったのだが、意外にもそうはならなかった。

 というのも、ミラ達の自警団での実力はすでに誰もが知るところとなっていて、いずれ三人とも村を出て一旗揚げるのだろうと思っていたらしい。

 それが今になっただけだ、という感覚のようだった。

 それでもやはり、寂しがられたが、学校に通うことになったとしても永遠に会えなくなるわけでは勿論もちろんない。

 だから、長期の休みなど、帰れる機会には帰ることだけ約束したら、あっさりと許されたのだった。

 一番問題となるはずの学費についても、伝えた当初は皆、出すつもりでいてくれたようだが、すでにバーグから援助を受ける話がまとまっていると言うと驚かれた。

 商人であるバーグから援助を受けることによって、将来の進路が縛られるのではないか、という心配も少しあったようだが、バーグが根気よく説明してくれて、結果的に問題はなさそうだということになった。

 実際、バーグは特にミラ達が卒業した後を縛るつもりはないようだった。

 もちろん、何か頼みたいことがあったら連絡するくらいのことはあるだろうが、強制的にあれをやれこれをやれとか、そういうことは絶対にしないとはっきり言うくらいだ。

 商人にしては珍しく誠実だが、これで王都で商人などやっていけてるのだろうかと少しだけ心配になったミラだった。

 けれどもそれは、アメニテ商会の本店建物を見るその時までだった。

 入街検査を終えて街に入り、少し進むと、大通りの途中でバーグが、


「あ、ここが私のアメニテ商会本店だよ。馬車はここでめて、これから歩きだけどいいかな?」


 そう言って馬車を停めたので、外に降りて見てみると、そこには相当大きな建物があった。


「アメニテ商会ってこんなにデカかったのかよ……」


 ジュードがそうつぶやき、続けてアルカも言う。


「五階建てだね……村にはこんな建物ないよ。横幅もすごいし、奥行きもあるし……」


「後ろの方には倉庫もくっついてるから必然的に大きくなっちゃってね。王国各地との中継点も兼ねてるからどうしてもこれ以下には出来ないんだ。あ、三人が試験まで泊まる宿屋はちゃんと別のところにとってあるから、うるさいってことはないよ。ここはどうにも騒がしくて眠れないだろうからね」


 バーグが言うとおり、商店の中は非常に活気があった。

 大勢の客が入れ替わり立ち替わり入ってきている。

 店員はいずれもしっかりとしていて、そんな客達をうまくさばいているようだった。


「何か必要なものがあれば、宿まで運ばせるから、言ってね。お金は要らないから」


「い、いや、何もないぞ。そもそも、教科書類とか、筆記用具とか、あと武具なんかもくれたんだし、これ以上は……」


 ジュードが恐縮して言う。

 今までもなんとなく察してはいたものの、実際に大きな商会なのを目の当たりにして少し気が引けているのだ。

 対してアルカは、


「うーん、今のところはないかなぁ。でも頼めるのはありがたいね」


 と大物の気配を醸し出している。

 ミラはと言えば、


「それより、宿に案内してくれるとうれしい。バーグさんが忙しいなら、誰か別の人でも良いよ」


 とマイペースだ。

 バーグは、


「もちろん、私が案内するよ。あぁ、君。これから出るけど、店に問題はないね?」


「え……? あっ、か、会頭!? なぜ……あ、あの、店自体は大丈夫ですが、お会いしたいと訪ねてこられた方が、ここ数日の間に何人か……」


「それは待たせておいてくれ。今、私にとって一番大事な人達の案内をしないとならないんだよ。じゃ、よろしく……さて、行こうか三人とも」


 軽く店員をあしらってから、歩き出すバーグ。

 そんな彼を見ながら、ジュードがアルカとミラに言う。


「……もしかしなくても、俺達よりその待ってる人達を相手にすべきなんじゃねぇのか?」


「だよね……」


「まぁ本人がいいって言うんだからいいんじゃないかな。ちゃんと商人やってるみたいだし、本当にまずい相手なら私達のことは後回しにするでしょ」


「……ま、そうか」


「どうしたんだい、三人とも? こっちだよ」


 三人がそんな話をしているとも知らず、そう言って呼ぶバーグであった。

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