第6話 魔物

「じゃ、じゃあ私から行くよ?」


 アルカが真剣のつかを握りしめる。

 彼女もジュードには一歩劣るとはいえ、それなりに戦える技能を身につけているのだ。

 加えて、勇気はジュードよりもある。

 だからミラは背中を押すように言った。


「二人がかりでもいいけど……そうだね。一人ずつの方がいいかもね。ジュードは次でもいい?」


「俺は構わないけど、そう簡単に次が見つかるのか?」


「まぁそれは頑張ろうよ。じゃ、アルカ。頑張って」


「うん!」


 アルカはゆっくりと立ち上がる。

 水スライムは眼球など、外部の情報を直接感知する器官を持たないように見える。

 けれど、実際にはそうではない。

 距離はかなり短いものの、微弱な魔力を周囲に飛ばし、そしてその反射を感じ取ることで周囲の状況を把握していると言われる。

 だから、不用意に近づくのは危険だ。

 ただし、それでも倒すつもりであれば、弓矢や魔術を使えない限りは近づくしかない。

 アルカにはそのどちらも使えないのだから、真剣での近接戦を挑むほかないのだ。

 そのためには、武器の間合いに入るまで、気づかれない方がよく、アルカは慎重に距離を詰めていく。

 そして……。


「やぁぁぁぁぁ!!!」


 裂帛れっぱくの気合いを込めて、アルカは剣を振りかぶった。

 その瞬間、水スライムはぷるん、と震えてアルカの存在を感じ取った。

 不定形のその体の一部を触手のようにしてアルカに向かって伸ばし、攻撃しようとする。

 けれど、アルカはそんな水スライムの触手を見切り、体を少しずらすことで避けてみせた。

 そのまま剣を振り下ろし……。


 ──ズブッ!


 と、水スライムの体の中に入り込む剣。

 それはそのまま奥まで入っていき、体の中心に達した。

 そう見えた瞬間。


 ──パシャッ!


 水スライムの体は急激にその結合を失い、崩れてただの粘性の液体へと変わった。

 アルカはそれを見てもまだ構えを解かないが、しばらくの間、水スライムの様子を見つめて、完全に沈黙したことを確認するとミラ達の方に振り返り、パッと表情を笑顔に変えて言った。


「二人とも、やったよ!!」


 嬉しそうにかけてきたアルカに、ミラとジュードはそれぞれお祝いの言葉を述べる。


「アルカ、良くやったね。油断せずに残心してたところも完璧だった」


「俺だったら崩れた時点で喜んじまうぜ……アルカは冷静だな」


 これにアルカは言う。


「しっかり教えられた通りにしただけだから、大したことはないんじゃないかな」


 けれどミラはそんな彼女の肩をぽんと叩き、励ますように言った。


「ううん。どんなことでもそうだけど、言われたとおりにこなすこと、これが出来る人は意外に少ないから。才能と言っていいと思うよ。素直に何かに取り組める人は、伸びる。だから、アルカは胸を張っていいよ」


「そう、かな?」


「そうだよ」


「なら、そうするね……あっ、でも次はジュードの番でしょ? 水スライム、探さないと」


 これにジュードは、


「そうだな! 早く行こうぜ!」


 と言ったがミラが首を横に振って言う。


「その前に、素材を採取しないと。水スライムの体液は色々と使い道があるって教えたでしょう? それに……あ、あったあった」


 崩れた水スライムに近づき、その中から何かを探し出して指でまんだミラ。


「……それってもしかして?」


 アルカが尋ねると、ミラは頷いて微笑んだ。


「そう。これは《魔石》だよ。村でも魔道具に使うし、それこそ自警団の皆が定期的に手に入れてくるから見たことはあるよね」


「うん。でもこんな風に自分の倒した魔物から採取できたのは初めてだから、新鮮」


 このアルカの言葉にミラは少し、しまった、という表情を浮かべる。


「……そういえば、アルカに採取してもらうべきだったかも」


 けれどアルカはこの言葉に慌てて首を横に振る。


「う、ううん。別にそれはいいの。倒したことだけで満足だし……。倒し方はミラに教わったものだし。その魔石だってミラのもので……」


 ただ、そう言ったアルカの目にはどこか、物欲しそうな色が浮かんでいた。

 ミラは苦笑して魔石をアルカに差し出す。


「アルカ。これはアルカが倒した魔物のものなんだから、アルカのものだよ」


「え、でも……」


 少し困惑したように魔石とミラの顔を見るアルカ。

 ミラは続ける。


「私は水スライムくらい、いつでも、いくらでも倒せるから。そんな私が貰うより、アルカの魔物初討伐記念になった方が、魔石も喜ぶよ」


 魔石にそのような意志があるかどうかは謎だ。

 だが、それがミラの正直な気持ちであることをアルカは感じた。

 だから頷いて魔石に手を伸ばす。


「……じゃあ、お言葉に甘えて。でも、こんなものお父さんとお母さんに見つかったら怪しまれちゃうかな?」


 これにはジュードが、


「そんときはその辺で拾ったとでも言えばいいだろ」


 と提案する。


「え? でも……」


 困惑するアルカ。

 しかしジュードに続けてミラも言う。


「意外といいアイデアだと思うよ。アルカだって、村の中に水スライムがやってくること、たまにあるの知ってるでしょう? すぐに倒されちゃったり、そもそも弱ってて何もしなくても死んじゃった

 りすることもあるって。そういう時に魔石だけ残されて、後で誰かが見つけるとかもたまにあるからね」


「言われてみるとそうだね。でもこのまま持っておくのもなぁ……」


 光にかざしながらそんなことを呟くアルカに、ミラは提案する。


「今すぐは難しいけど、行商人が来て、素材を買えたら私が加工してネックレスとかにしてあげようか?」


「えっ、いいの!?」


 もの凄い勢いでミラの手を引っつかむアルカ。

 これに少し引いてしまうミラ。

 それでもミラはアルカに答える。


「え、うん……。幼なじみなんだし、それくらいは」


「ありがとう! ……でもミラ、彫金なんて出来たんだ?」


 おっと、やぶ蛇だったか。

 一瞬そう思ったミラだったが、言ってしまったものは仕方がない。

 それにミラは、アルカとジュードにはそのうち、出来ることはある程度全て明かすつもりでいた。

 だから言う。


「まぁね。ただ、気に入らなかったら言ってね。その時は作り直すから」


「ううん、ミラが作りたいように作ってくれれば嬉しいよ」


 アルカがそんなことを言うと、ジュードが、


「おい、二人とも。話はそのへんにして、次の水スライム探しに行こうぜ。俺も早く闘ってみたい」


 そう言った。

 これにミラとアルカは、


「おっと、ごめんね。確かに早く探さないと日が暮れちゃうかもしれないし、急ごうか」

「一匹目を探すのにもそこそこ時間かかってるもんね。早く行こう」


 そう言ったのだった。

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