第5話 森にて

「いつ来てもおっかねぇな、ここは」


 そう呟いたのは真剣を手に持つジュードであった。

 アルカもまた、剣を持っており、ミラもまた同様である。

 もちろん、村では子供に対して真剣など与えられることはない。

 村で握れる刃物はせいぜい包丁や薪割まきわりのためのなたくらいだ。

 それなのになぜ、三人ともが真剣など持っているかと言えば、簡単な話で、それはここ……ラムド大森林で調達したからに他ならない。


「しっかりと周囲を警戒して歩くんだよ。後、いつも言ってるけど足下にはしっかりと気をつけて。ほら、そこに目立たないけど木の根があるよ」


 ミラがそう言うと、ジュードは、

「うおっ」


 と慌てて足を上げて避ける。

 鬱蒼とした薄暗い森の中は視界が悪く、慣れないと歩くのも厳しい。

 そんな場所に三人で来ているのにはそれなりに理由があった。


「今日は中々見つからないねぇ。昨日は森に入ってすぐにいたのに」


 そう言ったのはアルカであった。

 彼女が言及しているのは、森の中に出現する存在……三人が目標とするものについてである。


「昨日は運が良すぎたかもね。普通はこれくらいの場所じゃそうそう見つからないもんだよ」


 ミラがそう言うと、ジュードが首をかしげて尋ねる。


「そうなのか? 確かにこうしてお前に森に連れてきてもらって一週間くらいだが、中々遭遇できてねぇもんな……」


「そうそう。でも今日は見つけるよ」


 言いながら、ミラは思う。


(ま、この一週間は二人に森に慣れてもらうためにほとんど避けてきたからなんだよね。そろそろ次の段階に進んでもいいかも)


 と。

 ジュードとアルカが、このミラの危険な森歩きに参加するようになったのは実はそれほど昔のことではない。

 一週間ほど前に、ふらっと村の外へと出て行こうとするミラを二人が見つけて、その時についてき始めたのが最初だった。

 ただ、二人が後ろから追跡していたことに、ミラは実は気づいていて、それでもあえて放置した。

 その理由は色々あるが、一番はミラが村の中でたった一人、強くなっていくというのはいかにも怪しいと思ったからだ。

 それよりも、同じようなペースで強くなる仲間がいた方が、周囲からは怪しまれな

 い。 

 同じような環境で同じように強くなっているということは、そういう環境だったのだろうと自然に思われるから。

 だからこそ、誰か同年代を仲間として引き込むつもりだった。

 しかし本当ならそれは簡単なことではないはずだった。

 何せ、強くなるためには才能が要るからだ。

 たとえば、普通の村人はまず、魔物など倒すことは出来ない。

 せいぜい二、三人がかりでゴブリンなどを倒すのが限界だろう。

 それには理由があって、人間……特に祖種そしゅと呼ばれるいわゆるヒューマンが魔物とすら戦える力を得るためには、何かしらの特殊な力を持っている必要があるからだ。

 たとえば、魔力。

 この世のあらゆるものに宿り、巡っていると言われる不可視のエネルギーである。

 これを自らの意志で扱えるようになれば、身体能力を強化したり、火の玉を放ったり、水を生み出したり出来るようになる。

 ただ、この世のあらゆるものに宿っている、とは言っても実際にそういった特別な力を扱うためにはある程度以上の魔力量が必要とされていて、その必要最低限に達している者は少ないと言われる。

 他には、法力。

 これは神に仕える神官などが加護として賜る力と言われ、他人の傷病を治したりすることが出来る力だ。

 また、しき者を退ける聖なる力であると言われることもあり、ゴーストなど物理的な力では触れられない存在を払うことが出来たりする。

 その他にも闘気や精霊力と呼ばれる力など様々なものがあるが、いずれにせよ、そういった力は特別な人間が特別な訓練でもって身につけるものと見なされていて、その辺の村人が容易に使えるようなものではないというのが一般的な理解だった。

 それだけに、ミラも誰を鍛えるか本来なら苦労して探す必要があったのだが、それはすぐに解決した。

 というか、初めから解決していたと言って良い。

 なぜなら、他ならぬ幼なじみである二人に、明らかに魔力が宿っていて、それは魔術と呼ばれる力を使うに足りるほどのものだったからだ。

 それも、そんじょそこらの才能ではなく、修行さえすればかなり上を目指せるほどのもの。

 意外な話であったが、ミラにとっては都合のいい話で、だからこそ二人をこの森歩きにさりげなく引き込んだ、というわけだった。

 

 そんなことを考えながら三人で森を歩いていると……。


「おっ、ミラ! いたぜ!」


 ジュードがふと声を上げる。

 しかしアルカが、


「しっ! ジュード、逃げちゃうよ」


 とすぐに注意し、三人で体勢を低くした。

 ミラ達の視線の先には、魔物がいた。

 透明な水を固めたような体を持つ、一般的な魔物……つまりはスライムである。

 世界各地に生息し、そのバリエーションは無数だともされる魔物だ。


 強力なものだと高位の騎士や冒険者でも相手にならない場合もあると言われているが、三人の目の前にいるものは、魔物の中でも雑魚ざことして扱われることが多い種類の、水スライムとかノーマルスライムとか呼ばれるものだった。

 もちろん、それでも一般人にとっては馬鹿に出来ない存在だ。

 不定形の体を持ち、もしもそのまま飛びかかって顔などに張り付かれたらそのまま窒息しかねないからだ。

 ただし、弱点さえ知っていれば恐れることはない。


「二人とも、水スライムの弱点は覚えてる?」


 ミラが二人にそう尋ねた。

 一週間前から、ミラは歩きながら二人に森の歩き方にとどまらず、魔物の知識……倒し方やその習性などを教え込んできた。

 さりげなく、家にある本で読んだとか、誰かに聞いたとか誤魔化しながらだ。

 ただ、最初は感心していた二人も、徐々にやはり変だ、とは気づいていった。

 いくらミラの実家が男爵家とは言っても、そんなに細かな魔物の倒し方の知識などを一人娘にわざわざ教え込むわけがなく、また本があるといってもまるで実際に闘ったことがあるかのように語るミラを、おかしいと思わない方が変な話なのだ。

 ただ、その辺りを細かく突っ込まないだけの分別を、既に二人は身につけていた。

 ジュードにしろアルカにしろ、ミラがどこか変わった少女であることを大分前から理解していたからだ。

 幼なじみとはそういうものだということだろう。

 だから二人とも、ミラの質問に素直に答える。


「あぁ、体の中心にある核だったよな。そこを破壊すると結合が崩れて死んでしまう」


 ジュードがそう言った。

 アルカも続ける。


「でも、近くで見てもわかりにくい色をしてるから注意して見ないといけないんだよね。内臓とかがちょっとだけ色づいているから、その辺りを目印にすると分かる……あの辺だね」


 目の前のスライムに気づかれないように指を差した。

 アルカの指は正確にスライムの核の位置を示している。

 ミラは生徒達の優秀さに頷いて、微笑む。


「うん。それでオッケーだよ。そこまで分かってるなら、倒せるかな……今日は二人だけでやってみる? 周囲に他の魔物の気配はないし」


「え、いいのか? この間は俺達じゃ危ないからって、ミラがやっただろ」


「あの時は三匹いたからね。でも今日は一匹だけだし。もしかして怖い?」


「ばっ、こ、怖いわけじゃねぇ! ……いや、やっぱりちょっと怖いかも」


 男の沽券こけんに関わると思ってすぐに否定したジュードだったが、そもそもが思慮深いタイプだ。

 少し考えて、すぐに素直にそう言った。

 ミラはそれに笑って言う。


「敵を恐れるのは何も恥じることじゃないよ。むしろ、怖がらない方が危険だから、ジュードは正しい」


「そうなのか……? だけど英雄はどんな敵も恐れないって言うだろ」


「そういうことも必要なときはあるけどね。でも、危ないことをこれは危ないって思えない人はすぐに死んじゃうから……ジュードは長生きできそうだね」


 そんなことを辺境の村の少女にすぎないミラが知っているはずがない。

  ジュードもアルカもすぐにそう思ったが、語るミラの瞳や雰囲気が、その言葉に深い説得力を与えていた。

 二人ともごくりとつばを飲み込んだが、次の瞬間、表情を明るいものに変える。


「まっ、スライムくらいじゃ二人がどうにかなることはないから。さぁ、頑張って倒そう!」


 と言ったミラを見て、緊張がほどける。


「分かったよ……でもこの剣、大丈夫なんだろうな? 森で拾ったものなんだろ?」


 改めてジュードが尋ねると、ミラは言う。


「この森で死んじゃった騎士か冒険者のものだからね。不安だろうけど、ちゃんと使えるかどうかは確認してるから安心していいよ。手入れもしておいたし」


 三人が握っている真剣は、森で見つけたもので、いずれもミラが白骨死体の横に転がっていたものを拾って手入れし、使えるようにしたものだった。

 整備するための道具も森の中で拾い集めた。

 ラムド大森林は確かに魔境で、余人には立ち入れぬ危険地帯ではあるけれども、それだけに貴重な素材が多いことでも知られている。

 そのため、命知らずが足を踏み入れ、そしてその命を散らすことも珍しくないのだった。

 そんな所を今、子供三人で歩けていること自体がおかしいのだが、全てはミラが差配しているがゆえだ。

 普通はこんなところを脆弱ぜいじゃくな子供三人で歩いていればすぐに魔物に発見されてそのまま胃袋の中に収まる。

 しかしそうならないように、ミラは危険な魔物の存在をいち早く察知し遠ざかったり、こちらに近づこうとするものに威圧をして遠ざけたりしながら、安全にジュードとアルカに森の歩き方を教えているのだった。

 ちなみに、水スライムほどの魔物となると、ミラの威圧に気づくほどの知能もないために逃げずにその場に留まってしまうことも多い。

 それをちょうどよく利用して、ジュードとアルカの修行相手として活用しようというわけだった。

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