第4話 友人たちと

 ただ、いくら好きなように生きると言っても、周囲から遠巻きにされるような生き方を最初からするつもりはない。

 少なくとも、村にいる間に村人達から避けられるようになったら面倒くさいことを、ミラは理解していた。

 確かにミラは元々暗殺者で、一般人から見ればとてもではないが普通とは言えないような生き方をしてきた。

 しかし、常識が全くないかと言えばそんなことはない。

 むしろかなり常識的な感性も持っている。

 何せ、暗殺という稼業をする中で、社会のどこかに紛れ込むという工程が必要となるものは決して少なくなかったからだ。

 それこそその辺の村人として紛れ込んだり、騎士の振りをしたり、商人の真似事まねごとをしたり、仕立屋のお針子になったりなど、様々な経験と技術を身につけてきたくらいだ。

 そんな中でまるで常識が無い、なんていう人間が最上の腕を持つなどと言われることなどあり得ない。

 だから、村でどのように振る舞うべきかというのは大体分かっていた。

 ただそれでも、好きに生きる、という考えを実践するためにはあまり窮屈に暮らしても仕方がないわけで、ある程度は妥協するつもりではいた。

 それはどういうことかと言えば……。


「……くそっ! ミラ! なんでお前はそんなに強いんだよ……!」


 汗だくで息をぜぇぜぇと切らしながら、地面に仰向あおむけになっている少年がそう言った。

 髪を短く切りそろえたやんちゃそうな彼の横には木剣が転がっている。

 彼の名前はジュード。

 ミラと同じ十歳の少年で、生まれたときから共に育ってきた、いわゆる幼なじみだ。

 彼がなぜそんな疲労困憊ひろうこんぱいの状態にあるのかというと、それはたった今、村の自警団主催の訓練において、ミラと模擬戦をして敗北したところだからだ。


 そして彼の隣にはもう一人、スカート姿の少女が腰掛けていて、ジュードの姿を微笑みながら見つめて言う。


「仕方ないよ。ミラちゃんにはもの凄く才能があるって、自警団のおじさん達皆が言ってるもん。それでもジュードだって子供の中では二番目に強いんだから、凄いよ」


 彼女の名前はアルカ。

 ジュードと同じで、十歳の少女だ。

 柔らかい微笑みに穏やかで可愛らしい声。

 一部三つ編みにされた淡い茶色の髪が風に揺れる姿は穏やかそうで、周囲を癒やすような雰囲気を放っている。

 そしてだからこそ、彼女の傍らにも木剣が置かれているのがどこか不似合いに見える。

 実のところ、彼女もまた、自警団の訓練に参加しているのだった。


「そしてアルカが三番目だろ。なんでこの村の女はそんな強いんだよ……まぁいいけどさ。それよりミラ。これが終わったらまたするんだろ?」


 ジュードがこっそりとした声でそう言ってきた。

 ミラはそれにうなずいて答える。


「うん。その予定。また二人とも一緒に来る? 別に無理して来なくてもいいんだけど」


「無理なんてしてねぇ。それにさっさと強くなれるなら、その方がいいからな。親父おやじ達にバレねぇか、それだけがちょっと心配だけど……」


「その辺は気を遣ってるから大丈夫だよ。ただ、何かあったら私のことは放っておいて逃げること。それだけは守ってね」


 ミラの言葉にジュードはばつの悪そうな表情を浮かべる。


「……そんなこと、男が出来るかって言いたいんだが……お前俺より強いしなぁ。その方がいいか。それにそうすりゃ大人を呼んでくるくらいのことは俺にも出来るし」


 これにアルカが続けて言う。


「そうだよ。でも、大人を呼んでこなくたって、ミラちゃんはなんとかしちゃいそうだけどなぁ」


 その視線には疑いが宿っているように見えた。

 実のところミラはとりあえず、戦いの技術を持っていても不自然に思われないようにするため、一年前から村の自警団の訓練に参加することにした。

 ジュードとアルカも幼なじみのよしみでそれに続いたわけだが、二人ともこの一年間、ミラとずっと一緒に過ごしていたからか、ミラの実力について何か違和感を抱き始めているらしい。

 ジュードがなんでそんなに強いのか、とわざわざミラに聞いたのもその疑いの一端だろう。

「どうかな。でもそう簡単に死ぬつもりはないし……あ、解散みたい。じゃあ二人とも、行こっか」


 自警団の大人が「じゃあ今日はこんなところで解散!」と言うと同時に、集合していた者達は各々の仕事に移るために去っていく。

 自警団は村に魔物が襲ってきたときなどに対応するための、自主的な集まりだが、この村のそれは他の地域のそれと比べてかなりレベルが高い。

 そんなことはジュードもアルカも知らないだろうし、もしかしたら自警団に参加している大人達すらもほとんどは自覚がないかもしれない。

 ただ、ミラはよく知っていた。

 何せ、世界各地の様子をミラは前世において沢山見てきているからだ。

 普通の村であれば、ただの村人がこれほどに武術を鍛え上げることはない。

 魔物が出現した場合には騎士や冒険者などに頼んで退治してもらう。

 村人はせいぜい、彼らが来るまでなんとか抑えきるくらいが目標だ。

 だが、この村の人達は、その辺の魔物程度なら自分の手で倒してしまう。

 それは、この村がラムド大森林などという魔境に接している立地に基づく。

 普段は魔物など、出現してもゴブリンやスライム程度でしかないが、一年に何度かは、ラムド大森林を追い出された、はぐれと呼ばれるそこそこ強い魔物がふらふらと村にやってくることがあるからだ。

 そしてその場合に自警団は活躍する。

 騎士や冒険者などに頼ることなくだ。

 これは驚くべきことだった。

 ただ、そんな自警団員も、それが本職というわけではなく、あくまでも本業の合間に行っているに過ぎない。

 訓練も日が昇らないくらいの早朝から行い、そして朝食前には終えて家に戻っていく。

 そしてそのまま、農民なら野良仕事に、職人なら作業場へと向かうのだった。

 しかしながら、ミラ達はまだ十歳だ。

 たまに簡単な、子供にも出来る程度の仕事を命じられることはあるが、その大半は手が空いている。

 だからその空いた時間を使って、ちょっとした《遊び》をしているのだった。

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