第7話 遭遇
そうして、しばらく森を歩くと水スライムは比較的早めに見つかった。
ただし問題はそれが一匹ではなく、三匹の群れであることだった。
水スライムに限った話ではないが、魔物が徒党を組んでいることは珍しくない。
水スライムのような単純な魔物だと共食いとかの危険はないのか、と思ってしまうが、実際にこいつらは平気でお互いに食い合うこともある。
ただ、どうやら今はその気配はないようで、一定の距離でうぞうぞと動いているだけだった。
「……どうする?」
尋ねるジュードにミラは言う。
「二匹は私が倒しちゃうから、最後の一匹とジュードは闘うといいよ」
「え、ミラは大丈夫なのか、それで」
心配するように尋ねたジュードに、ミラは気負いなく言う。
「全く問題はないよ。ただ……」
「ただ?」
「ジュードはちょっと大変になっちゃうかも」
「え、どうしてだ?」
思ってもみなかったミラの言葉にジュードが首を傾げたので、ミラは続けた。
「さっきのアルカの時は、奇襲をかけられたけど、今度は初めから臨戦態勢の水スライムをジュードは相手しないといけないからだよ」
「あっ、そうか……ミラが二匹だけ倒しても、そこで残りの一匹に気づかれるから……」
「そういうこと。頑張れる?」
一応尋ねてみたが、無理だというのならここで撤退する選択肢もミラの中にはあった。
逃げることも恥ではない。
今は勝てないと思うなら、一旦撤退して実力を上げるなり、何らかの工夫をするなりして確実に勝てるようになってから課題に挑む、というのはむしろ賢い手段だ。
一番駄目なのは、暴勇に振り回されて死んでしまうことだとミラはよく知っていた。
それによってミラよりも才能があったのに若いうちに命を散らした同僚達を数知れぬほど見てきたからだ。
ジュードには彼らと同じ
けれどジュードの口から出てきた答えは……。
「あぁ、やってみる」
だった。
無理をしようとしていないか、体は震えていないか、ミラはよくジュードを観察してみるが……。
「……そう。うん、大丈夫そうだね。じゃあやってみようか」
そういう結論になった。
まずミラが水スライムの前に出て、手早く二匹倒す。
最後に残った一匹はミラを狙ってずりずりと近づいてくるが、
「ジュード!」
ミラがそう叫ぶとジュードが後ろに下がるミラと位置を交換する。
「よしっ、やってやるぜ!」
構えながらそう叫ぶジュード。
水スライムはやはりすでにジュードの存在には気づいていて二本の触手を
だが……。
「ミラの剣に比べたらこんなものっ!!」
そう言いながら、二本とも触手を切り落とした上で、水スライムとの距離を詰める。
そしてそのまま、水スライムの体の中心へと剣を突き込んだ。
すると、その瞬間、水スライムの体がぶるりと震えて、その結合を失っていく。
「……よっしゃ!」
勝利を確信して拳を握りしめるジュード。
本当ならまだ油断してはいけない、とミラも言いたかったが、
「……あんまりにも嬉しそうだし、今日は小言はやめておこうかな」
思わずそう呟く。
これにはアルカも微笑んで言う。
「それがいいかもね。水スライムならあれでも大丈夫でしょう? もっと高位のスライムだと危ないって前にミラも言ってたけど」
「うん。高位のスライムは核を潰されてもしばらく動き続けられるからね。そうそう出くわすものじゃないけど、ラムド大森林なら探せば十分見つかるだろうし、もし遭ってしまったらアルカ、気をつけるんだよ?」
「もちろん。そもそも私、ミラと一緒じゃない限り、ラムド大森林に入るつもりはないから」
これはアルカとジュードの二人がミラについてくるに当たって、初めに約束させたことの一つでもある。
今日のように適度に森を歩いて、しかも魔物まで倒せてしまった場合、ミラがいなくても自分達だけでラムド大森林を歩けるんじゃないか、と思われてしまっては問題だからそう約束させたのだ。
実際にはミラがいるからこれほど魔物に遭遇したりせず、また道に迷ったりすることもなく森を歩けているだけなのだから。
それをどの程度分かっているかミラは心配していたが、アルカの方はどうやら大丈夫そうだと確信する。
ジュードの方も……アルカよりどちらかと言えばジュードの方が、よく言えば慎重、悪く言えば臆病な性格をしているので多分大丈夫だろう。
水スライムに最後、若干油断してしまったのは、あくまでミラが後ろに控えていたからだ。
そうでなければジュードも水スライムが完全に沈黙したと確信できない限りは、構えを解かなかっただろう。
「それじゃ、そろそろ二人とも村に戻ろうか? 水スライムと闘って疲れただろうし、この辺りで……ッ!?」
そう二人に声をかけたミラだったが、瞬間、キッと表情を変えて立ち上がる。
「二人とも、私の近くに!」
さらにジュードとアルカに厳しい声でそう指示したので、二人は慌ててミラの近くに寄った。
「ど、どうしたんだよ?」
ジュードが尋ねると、ミラは言う。
「イレギュラーがやってきたみたいだから。私の後ろに隠れていて。流石に今の二人には荷が重すぎる相手だと思うから」
「えっ……一体何が来たの……?」
首を傾げてそう尋ねるアルカだったが、その答えはすぐに向こうからやってきた。
どしん、どしんと重そうな音を立ててやってきたそれは、いわゆる
それが確かにミラ達にしっかりと視線を合わせて近づいてくる。
「お、おい! あんなの……無理だろう!? 早く逃げようぜ!」
ジュードが慌てた様子でそう叫ぶ。
「確か、人里には滅多に現れない強力な魔物で、弱点らしい弱点はほとんどないって……ミラちゃん……」
怯えたような声でアルカもそう続けた。
けれどそんな二人にミラは微笑みを浮かべて言った。
「あれくらいなら、大丈夫。本当なら二人には村まで逃げてって言わなきゃいけないかもだけど……流石にここから村へ二人だけで帰すのは危険すぎるからね。ちょっとだけ、ここで待ってて。あいつのお陰で周囲に他の魔物の気配もないし、近づかない限りは安全だから」
これにアルカが驚いて言う。
「まさか、ミラちゃん、あれと闘うつもりなの!?」
「まぁ、そうだね」
「無理だよ……絶対に勝てない! 死んじゃうよ!」
「それはそう思うよね……でも、見てて。私はそう簡単には死なない……うーん、本当は見せるつもりもなかったんだけど、こんなところまで連れてきた責任もあるしね。二人とも、特別だよ?」
「な、何を言って……」
ジュードも困惑するようにそう言ったが、次の瞬間。
──カチリ。
と空気が切り替わるような感覚が、ジュードとアルカに走る。
一体何が、と思って見ると、ミラの表情が先ほどまでと比べて一変していた。
本来の……というか、村でのミラは、非常に穏やかでいつも落ち着いた表情を崩さない少女。
それが村人全員の印象だった。
もちろん、こんなところまで付き合っているジュードとアルカにはもう少し、ミラの危険な部分も見えている。
たとえば、模擬戦の時、ふと猫のように好奇心に満ちた表情を浮かべたりすることはあるのだ。
だからミラは見た目よりもずっと好戦的で、男勝りなところがある少女なのだろうと、ジュードとアルカは思っていた。
そしてそれは決して間違ってはいないことだとも思う。
けれど、今ここに至って、それは間違ってはいない上、あまりにも控えめすぎる評価だったのかもしれない、と感じ始めていた。
なぜなら、殺人灰熊に相対するミラの表情は、猫のような、どころではなく、大形の猫科の動物のように、危険かつ
あれは、普通の村娘が浮かべるようなものではない。
もっと、別種の生き物が持っている性質だ。
ただどうしてそんな顔をミラが出来るのか、その理由についてはジュードにもアルカにも分からなかった。
だって、ミラは今、強大な魔物と相対しているのだ。
勝てるはずもない強敵に。
それなのにどうしてあんな風に笑える?
あんな風に楽しそうに出来る?
出来ることなら、ジュードもアルカも叫び出したかった。
ここから逃げよう。
今すぐ、三人で。
けれどミラは剣を構え……そして、地面を踏み切った。
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