第8話 実力

「……え、嘘だろ!? なんだよあの動き……!?」


 そう叫んだのはジュードだった。

 殺人灰熊マーダーグリズリーに向かって、ミラが飛びかかる。

 闘う気なのだから、その行動自体はおかしくない。

 おかしいのはその速度と身のこなしだった。

 とてつもない速さで殺人灰熊に近づき、そしてあり得ないほどに重い攻撃を叩き込んでいる。

 あんなこと、ミラが出来るはずがないのにだ。

 普段、ミラと模擬戦をしているジュードだからこそ、ミラの実力はある程度分かっているはずだった。

 もちろん、ほとんど負け越しているのだから、ジュードよりも格上なのは分かっていた。

 どこか実力を全て出し切っていないような雰囲気もあったし、相当強いだろうとも。

 ただそれでも、せいぜい自警団の大人の中でも中堅に勝てるか勝てないか、そのくらいだろうと思っていたのだ。

 けれど目の前の戦いを見るとその予想は明確に間違っていたことが分かる。

 強い。

 とんでもなく。

 速い。

 今まで見たどんなものよりも。


「どうして……」


 うめくようにそう呟き、食い入るようにその戦いを見つめることしかジュードには出来なかった。

 アルカだって似たようなものだったが、それでもジュードよりも冷静だった。


「だからミラちゃんはあんなに自信ありげだったんだ……」


 アルカはそう呟く。

 考えてみればミラは、殺人灰熊の接近を察知してもなお、いつもと大して変わらない雰囲気だった。

 流石に相対した時点で表情は大きく変わったものの、その変化は決死の覚悟で、それでも強敵に臨む、といったものではなく、楽しい玩具おもちゃを運良く見つけたかのようなそんなものに見えた。

 実際、その評価で正しいのだろう。

 ミラの剣は次々に殺人灰熊に命中し、傷を刻んでいく。

 対して、殺人灰熊の方の攻撃はミラにさっぱり当たっていない。

 一撃でも命中すれば、十歳の女の子の体だ。

 それこそバターよりも簡単に切り裂かれること請け合いだろう。

 しかし実際にはそうはなっていない。

 なるような様子も見えない。

 ミラは完全に殺人灰熊の攻撃を見切り、避けているのだ。


「……凄い」


 アルカは思わずそう呟く。

 ジュードもそれに続けて言う。


「凄すぎんだろ……あいつなにもんだよ……」


 自分達の幼なじみだ、としか言えないのは分かっている。

 ただ、こんな近くに、これほどの異常性を抱えた者がいるとは思ってもみなかったというのが正直なところだった。

 通常であれば、こんなものを見れば二人のミラに対する見方は良くない方に大きく変わってしまっていただろう。

 それこそ、化け物だとか、悪魔だとか、そんな風にののしる可能性すらあったかもしれない。

 けれどジュードもアルカも、こんなミラを見る以前に、彼女がどこか尋常な人間ではないことをなんとなく頭のどこかで察していた。

 だから、二人の感情は素直にミラのことを認めた。

 そして、殺人灰熊の息が上がっていく。

 ふらりと一瞬よろめいた瞬間をミラは見逃さなかった。

 その瞬間、殺人灰熊の首元まで軽く飛び上がり、そのまま剣を思い切り横薙よこなぎにする。

 すると、殺人灰熊の首が、ごとり、と地面に落ちた。

 切断面からは血が噴き出し、ミラの頬をわずかに血の赤でらす。

 その血をペロリとめた。


「ふふ、いい味だね」


 そう微笑む姿は見る者によってはそれこそ魔女にも悪魔にも見えただろう幻想的かつ冒涜的ぼうとくてきな光景だったが、ジュードとアルカは、


「……殺人灰熊の血って美味うまいのか?」


「血の汚れって落ちにくそう……」


 と、どこか脳天気に呟いたのだった。

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