第9話 受容
「それで、どういうことかな?」
まずアルカがミラにそう尋ねた。
ミラは微妙な表情で、アルカに押され気味になりながらも答える。
「どういうもこういうも……まぁ、私結構強かったんだよ」
「結構って、
「そんな怒らないでも……」
「怒ってないよ。でも、先に言って欲しかったな。ミラちゃんが殺人灰熊に向かっていったとき、死んじゃうって凄く怖かったんだから……」
「それは……ごめんね?」
反省しているのか、よく分かっていないのか、ミラがそうアルカに言うと、アルカはため息をついて言う。
「……はぁ、もういいよ。無事だったんだし、それで」
「そう?」
続けてジュードもミラに言う。
「殺人灰熊を一人で倒しちまったってのに、のんきな
「うーん、そうだね。そんな感じかも。結構強かったから楽しかったよ。久しぶりに少し力を出せたし」
「いつもの模擬戦は死ぬほど手加減してくれてたんだな……」
「それは……ごめん。でも本気でやってもすぐに終わっちゃうから、ジュードの訓練にならないでしょ?」
「確かにな。いい勝負が出来るくらいにうまく調整してくれたみたいだし、俺にとってはいい修行だったか。それにしても……こいつどうするんだ?」
地面に倒れ伏している殺人灰熊の死体を親指で差して、ジュードが言った。
「うーん、このまま放置……ってわけにもいかないしね。燃やすと山火事も怖いし、私が持っていくよ」
ミラがそう言ったので、ジュードとアルカは首を傾げる。
「持っていくって、村にか? いくらミラが強いからって、こんなの運べないだろ?」
「もし持っていけるとしても、村の人達に言い訳できないよ……森に入ったことを怒られるくらいなら覚悟が出来てるけど、これについては説明が……」
「大丈夫大丈夫。ほら」
軽くそう言ったミラが手を掲げると、一瞬でその場にあった殺人灰熊の死骸がどこかに消えてしまう。
それを見て目を見開く二人。
「なっ、ど、どうやって……」
「跡形もないよ!? 燃やしたとかじゃないし……え?」
そんな二人に、ミラは言う。
「いわゆる《空間魔術》の一つに《異空間収納》っていうのがあるんだよ。それを使うと……まぁどれくらいのことが出来るかは人によるけど、
「《異空間収納》……何か、家にある絵本で読んだことあるぜ。だけどおとぎ話だって……」
ジュードが今日何度目か分からない驚きの表情を浮かべてそう言った。
「そこまでではないかな? 使える人は少ないけどいると思うよ。でも、容量は本当に人によるから……」
ミラは、その容量に限界を感じたことは今まで一度もなかった。
一般的には、というか《組織》の人間の中にはこれを使える者が何人かいたが、それでも容量は大きくても小さめの家屋一つ分程度までしか見たことはない。
ミラはそういう意味でも異常だった。
だから、これの容量については誰にも正確に話したことはない。
《組織》に対してさえも。
ちなみに、前世、《異空間収納》に入れていた荷物の類が実は入っていたりしないかと探してみたが、残念ながら初めて発動させたその時点で空っぽであることが分かったのでミラは大分がっかりしていた。
今では森で集めた素材やら何やらが大量に入ってはいるものの、前世の時に所有していた物品と比べると大したものではない。
もちろん、それもこれも、これから集めていけばいいので悲観してはいないのだが。
「ミラちゃんって、本当にとんでもない人だったんだね……あ、じゃあその血で汚れた服とかって……」
アルカがそう言ったのでミラは改めて自分の格好を見る。
そこには殺人灰熊の血でドロドロの服が目に入った。
「流石にこのまま帰ったら心配されるよね」
「それは当然だよ……」
「じゃあ、綺麗にしておこうかな。《
唱えると同時に、血で汚れていたミラの服も、そして髪や顔まで綺麗になってしまう。
それを見たアルカは、
「な、なんで……」
と呟くも、ミラは説明する。
「魔術だね。生活系とか言われるものの一つで、覚えると便利だよ。これくらいなら二人ともすぐに覚えられると思うから、今度教えてあげる」
「なんで今まで教えてくれなかったのって言おうかと思ったけど、言えるわけないよね……こんなの見せられたら、皆、腰を抜かしちゃうよ」
「私はアルカとジュードもそうなると思ってたんだけど、意外に平気そうだからポンポン今、話してるんだ。どうしてそんなに冷静なの?」
「いや、冷静じゃないよ!」
「俺だって全然冷静じゃないが」
二人
「でもほら、私のことを化け物とか、悪魔とか言わないから」
前世では、よく言われた異名だった。
ミラに並ぶような実力者達くらいだ、そう言わなかったのは。
けれどアルカもジュードも、そんな実力など持っていないというのに、ミラを異物として見るような感じが全くない。
これは不思議な感覚だった。
「ミラちゃんは友達だもん。そんなこと言わないよ。もちろんもの凄く驚いたし、今も驚きっぱなしだけど……それだけ」
「俺も同じだな。大体、幼なじみとして十年の付き合いだぞ? 今さら怖がれって言われてもなぁ……」
「でも私、その気になったら二人とも簡単にやれちゃうよ?」
この場合は、
けれどその意味は二人に正確に伝わる。
そしてそれでも二人は言うのだ。
「ミラちゃんがそんなことしないっていうのは分かってるから。大丈夫だよ」
「やる気ならお前、模擬戦で何度俺を殺してるんだよって話だろ。気にしないって」
この言葉に驚いたのはミラだった。
まさか、そんなことを言ってもらえるなんて思ってもみなかったからだ。
前世では、ミラの近くにいる者は皆、ミラを恐れていた。
例外も……いないではなかったが、この二人のように純粋に友人として付き合ってくれた者など、まずいない。
それなのに。
ミラはじんわりと、胸が温かくなるのを感じた。
それと同時に、決してこの二人を失いたくないとも。
「……ふふ、そっか。そうなんだ……ありがとうね、二人とも」
ミラはそう呟きながら、二人に笑いかける。
その表情に、どこか不穏なものを感じ、二人は呟く。
「……何か
「仕方ないよ、ミラちゃんは友達だけど、普通じゃない。私達はそれを知っちゃったし……受け入れるしかないよ」
「ふふっ、ふふふふっ」
ミラの笑い声が、森の中に響いた。
そして、三人はそのまま何食わぬ顔で村へと戻った。
森の中でとてつもない戦いが行われたことは、三人の胸の中に秘められ、誰にも明かされることはなかった。
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