第2章 新たなる出会いと、目標

第10話 月日が経って

 三人で森の深くに入り、殺人灰熊を倒してから三年の月日がっていた。

 相変わらず村での生活にさほどの変化はない。

 前世で波乱に満ちた人生を送ってきたミラにとってはそれもまた、愛すべき生活であり、それほどの不満はなかった。

 もう少し刺激があってもいいかも、とたまに思うこともあるミラだったが、せっかくのあるはずのなかった二度目の人生なのだ。

 こういう風に過ぎていく時間があるのも悪くないかもしれない。

 そんな風に思っていたある日。


「……将来の目標?」


 いつものように、自警団の訓練が終わるとジュードが出し抜けに尋ねてきたので、ミラは首をかしげた。


「あぁ、そうだ。何かないのか? まぁミラの家はそこまで爵位が高いわけじゃないとはいえ、貴族だからそのまま継ぐ気なのかもしれないけどさ」


「うーん、私は継がないかな。弟がいるし」


 この三年の間起きた変化の中で、最も大きなものはそれだった。

 一年前に弟のクリスが誕生したのだ。

 今は手がかかる時期だが、家族全員で可愛かわいがっており、すくすくと成長していっている。

 ミラとしても、前世のように殺伐としたものではない家族関係は初めてで、新鮮だった。

 前世だったら、一人前の暗殺者に育成するため、早い内から毒に慣れさせなければとか、立てるようになったら訓練を始めなければとか、そんなことを考えなければならなかっただろう。

 今にして思えば、ひどく異様な家族関係だったのだな、と改めて感じ、静かにため息をつくミラだった。


「別にクリス君がいても、ミラちゃんが男爵位を継いだって構わないんじゃないの?」


 十三歳になり、少女から女性へと印象が変わってきて、周囲の見る目も変化してきたアルカが、指を唇に軽く当てつつそう言った。

 これで剣の腕は相当のものなのだから詐欺みたいなものだが、ふんわりと笑っている限りただの可愛らしい少女にしか感じられない。

 そんな彼女にミラは言う。


「確かにそれはそうなんだけどね。でも私は別に貴族としてこの村を治めたいとかそういう感じじゃないから」


 そういった生き方を完全に否定しているわけではなく、それはそれで面白いと思うミラもいる。

 けれども、弟が生まれ、将来のことを多少なりとも考え始めると、おそらく自分が継ぐよりも弟が継いだ方がいいだろうと思うのだ。

 何せ、弟はミラとは異なり、まがう方なき一回目の人生をこれからも生きていくのである。

 あまり難易度の高い人生を送らせたくはないと姉として思うのだ。

 貴族として爵位を継ぎ、領地を治めて生きていくことは勿論もちろん簡単なことではない。

 けれども姉がその爵位を継ぎ、その補佐をして暮らしていくよりはよほど幸せなのではないだろうか?

 そもそもその姉は、たとえどんなところに行ったとしても腕一本で生きていける程度の力があるのだから。

 何かあれば勿論、様々な意味で手助けをしてやってもいい。

 それこそ、気に入らない相手がいるのであれば、仕事をしたって……。

 と、そこまで考えて、もはや暗殺者でもなんでもないのに、昔の価値観が抜けないなとハッとする。

 別に好きで暗殺者をやっていたわけではないが、とてつもない忌避感があったとかそういうわけでもなかったからだろうか。

 必要とあらば今世でも人の命を奪うことに躊躇ちゅうちょはない。

 それが弟のためならなおさらだ、といったところだ。

 極端に血なまぐさい人生を送る気も、ミラにはもちろんないのだけれど。


「そうなんだぁ。でもそうなると……どうするの? 将来の夢はお嫁さんとか?」


 アルカがそう言ったのでミラは微妙な表情をする。

 まるで子供の夢のように聞こえるが、この村のようなところにおいては別にそこまで幼い夢でもない。

 むしろ現実的と言ってもいいだろう。

 村の誰かと結婚し、家庭を作り、そのまま生きていく。

 この村は辺境の村とはいえ、比較的豊かな方だし、中央から離れているから、かかなり平和だ。

 ラムド大森林からたまにやってくる魔物の危険はあるものの、それは他の村にはない自警団の力によって退けられる。

 だから生きていくことにそれほどの心配は要らない。

 これが世界的にどれほど幸福なことなのか、殺伐とした前世を生きてきたミラだからこそ、分からないはずがなかった。

 ただ、それでもミラはアルカの質問に首を横に振った。


流石さすがに結婚とかは考えられないかな」


「えー、どうして?」


「相手がいないし……そもそも、自分が結婚して、家庭を作っている姿が想像できないからね。アルカはどうなの?」


「私? 私はいつかは……って思うよ。でも改めて聞かれると、確かに想像がつかないかも」


「でしょ?」


 そんな話を横から聞いていたジュードがあきれたような表情で、


「若い娘なのになんか夢も希望もない会話だな……」


 と言ってくるが、ミラが、


「じゃあジュードは結婚する予定あるの?」


 と尋ねると慌てて首を横に振って叫ぶ。


「そんな予定はねぇよ! ……ま、確かにそんなもんか。男女とか関係ねぇな、こんなのは」


「そういうこと……ええと、何の話だっけ?」


「大分ずれたが、将来の目標はないのかって話だよ」


「あぁ、そうだった。急にどうしたの? 何かあった?」


 そんなことを聞いてくるということは、何かしらの心境の変化があったのだと思われた。

 もちろん、ただの世間話かもしれないけれど。

 そう思ってのミラの質問に、ジュードは答える


「いや、俺達ももう来年には十四だろ? 流石に何をやるのか決めないといけない年齢になってきたと思ってな」


 確かにそれは間違ってはいない。

 十四ともなれば、もう十分に大人とみなされる。

 家業などを継がないとしても、独り立ちするためにどこかの職人に弟子入りするとか、何かしらの仕事を見つける必要が出てくる年齢だ。

 けれどここにいる三人はそのあたり暢気のんきすぎたのか、何も決まっていないのだ。

 ただそれは何も心配していないから、というわけではない。


「まぁ、それは確かにそうだね。でもジュードはそれこそ、家業の木工職人を継ぐとか、自警団をそのまま率いていくとかの道があるでしょ?」


 自警団は確かに大半が他の仕事を持ってはいるが、中には専任の人間も数人いる。

 主に武具や設備などの管理や、訓練内容などについて決めたり、また腕がいいために教官のような役目を担っている者などだ。

 ジュードが、いずれそういう人間にならないか、と誘われているところをミラは何度か見ている。

 けれどジュードは首を横に振った。


「いや、誘ってくれるのはありがたいんだけど、そのつもりはねぇんだ。大体、俺よりもお前らの方が腕がいいだろ……」


 これは確かに事実で、今となってはミラとアルカの方がジュードより強い。

 ミラについては言うに及ばずだが、アルカは三年前からめきめきと実力を伸ばしたのだ。

 ただそれでもジュードとそれほど実力が離れているというわけでもなく、どちらかと言えばアルカに軍配が上がる、という程度だが。

 ジュードの言葉にアルカが言う。


「うーん、でも自警団はやっぱり男の人ばっかりだから、私達がやるわけにもいかないしね。というか、女の子は私とミラと、あとちっちゃい子達だけだよ」


「その年まで続けて、かつ男より強いってのがおかしいんだけどな……ミラの本当の実力を見た後だと、もう何も言う気になれねぇが」


 自警団は、子供の頃に男女問わず見習いとして入団することが多い。

 元気の有り余っている子供達のいい運動になるし、親が仕事をしている間、目の届く場所にまとまっている方が子供の管理がしやすいという実用的な理由もある。

 しかし、徐々に年齢を重ねると、男女で体力差が生まれはじめ、また好みの面でも女の子は戦いから遠ざかっていき、抜けていくのだ。

 仕事の面でも、女の子達は手仕事を身につけるためにそちらに時間を割いていくというのもある。

 男の子達は、仕事を始めてもこの村で生きていく限り自警団として働く場面は将来必ずやってくる。


 強制ではないものの、村を守るために何も出来ないというのは男の沽券こけんに関わるらしく、まず訓練をめることはないため、ある程度の年齢からは、男子しかいない、という状況になる。

 ミラとアルカはその意味でも異端なのだった。


「私のことはいいんだけど、それで? ジュードはどうするつもりなの?」


「それなんだが、せっかくミラに色々教わってそこそこ強くなったからな。腕っ節をかせる仕事に就きたいと思ってる」


 これにはアルカが言う。


「なんだかぼんやりしてない? もっとはっきり決めないと駄目だと思うな」


「いや、確かにそうだから……何が良いかと思って、それでお前らに聞いてるんだろ」


「なるほど。でも私たちだってそんなに考えてるわけじゃなかったと」


「聞くだけ無駄だったぜ」


 呆れるジュード。

 しかし、そんな話をしたすぐ後に、その将来の目標が決まるとは思ってもみなかったミラ達だった。

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