第11話 行商人

「……あれ? 行商の人、いつもと違うね」


 村がざわついていたのでふと見てみると、そこには行商人が開いた商店があった。

 馬車の荷台を店代わりに、村人達が様々な商品を見ている。

 ただその行商人はいつも来る行商人とは別人だった。


「あぁ、いつも来てくれるマッカーさんはどうも調子が悪いらしくてな。しばらくはあの人……バーグさんが来てくれるんだそうだ。普段は王都周りを回ってるらしくて、いつもより品揃しなぞろえがいいからって村のご婦人方がすごい勢いで集まってきてな……」


 そう答えてくれたのは村人の一人だった。

 なるほど、と思ってミラが遠目に何が売っているかを見ると、確かにこんな辺境の村では中々見ない品々が多いようだった。

 化粧品とか香料とか高級な衣類とか。

 いずれも普通の村人ならまず、手が出ない品だがこの村は意外なほどに裕福だ。

 飛ぶように、とまではいかないまでもそれなりに売れているようである。

 もちろん、そもそも貴族に売るようなものではなく、村人でもなんとかすれば買えるような価格帯の品を出しているに過ぎないだろうが。

 ただバーグという行商人の偉いところはそういった嗜好品しこうひんばかりでなく、しっかりと、以前からよく来てくれる行商人であるマッカーが定期的に運んできてくれていたような品も持ってきているという点だろう。

 高級品の類はついでというか、普段売れているものの他に、新しく売れるものはないかと試しに持ってきた感じだろうとミラは思った。

 中々に目端の利く商人だなとも。


「おや、君は村の子供だね? ……いや、もう子供って年齢でもないか。申し訳ない、レディ」


 徐々に閑散としてきた行商人の店に近づくと、そう話しかけられた。

 都会風の洗練された動きと挨拶に、少し懐かしさを感じる。

 ミラは、暗殺者として生きていたとき、様々な場所に潜入した。

 その中にはパーティー会場などもあったため、こういう振る舞いには慣れっこだったと言える。

 ただ、村では滅多に見ないものなので少し笑ってしまった。


「ぷっ。おじさん、この村でそんな風に話す人なんていないよ」


「……そうかい? 確かにここは辺境の村ではあるが……思った以上にしっかりしてる人が多かったものだからね。君にしても、笑ってはいるが面食らっているわけではないだろう? 他の村じゃ、そういう反応は見られない」


 その言葉に、色々と測られているなと察したミラは自然に見えるように返答する。


「私は一応、この村の領主の娘だから。他の皆は……どうだろ? 子供達にはうちの両親が先生になって勉強を教えてたりするから、そのせいかな?」


「へぇ、領主家自ら、勉強を領民に? なるほど。それなら納得がいくね。さっき買いに来てくれていた奥様方も、計算が出来る人達ばかりだったし。どうやらいい村のようだ……ところで、君はラムド大森林のことは知ってるかい? ちょっと聞きたいことがあるんだけど……出来れば、詳しい人を知っていたら紹介して欲しいんだが」


 そう言われて、王都周辺で活躍しているらしい商人が、なぜわざわざこんな辺境の村に来たのか、その理由が少し見えた気がした。

 村ではなく、どうやらラムド大森林の方が目当てだったようだ。

 あの森は魔境ではあるが、反面、貴重な素材の宝庫でもある。

 商人であればあの森の素材を扱えるものなら扱ってみたいと考えるのは自然な話だった。

 さて、どう話したものか。

 ミラは考える。

 村で得た知識ならば隠すようなことはない。

 問題は、ミラ自身がラムド大森林に足を運び、手に入れた知識のことだ。

 うっかりしゃべってしまわないよう、注意しなければならない。


「ラムド大森林? あの森に興味があるの?」


「あぁ。とてもね。実はこの村にやってきたのもそれが理由で……おっと、その前に自己紹介をしなければ。私はバーグ。商人のバーグ・アメニテだ。王都でアメニテ商会という店をやっている。君は?」


 バーグの言葉に、ミラは内心、少し驚く。

 ただの行商人かと思っていたが、立派な店持ちの商人であるらしい。

 それがわざわざ行商人としてこんな村に来るとは、と思ったのだ。

 ただ、そう思ったことについては顔には出さない。

 こんな辺境の村の人間が、商人の世界の細かな事情などに気が向くのはおかしいからだ。

 だから素直に答える。


「私はミラ・スチュアート。この村を治めるスチュアート男爵家の長女だよ」


「なるほど、ミラさんだね」


「呼び捨てで構わないよ?」


「いや、男爵とは言っても、流石に貴族家の子女にそれは……」


「村じゃ、誰も気にしてないから。ミラちゃんか、ミラとしか呼ばれないよ」


「……そうか。じゃあ、村にいる間は、ミラと呼ぼう。流石に王都でそれをやる勇気はないが」


「そういうもの?」


「そういうものなんだよ」


 力強く言ったバーグだった。

 ミラとしても本当ならその理屈は理解できるのだが、ここは分からない振りをしておくことにする。


「それで……ええと、ラムド大森林のこと?」


「あぁ、そうなんだ。実は、王都で知人がラムド大森林の素材を一つ、欲しがっていてね。どうにか滞在中に手に入らないかと思っているんだ。ただ、流石にラムド大森林に一人で入る度胸はなくて……案内人がいたらと考えていてね。この村には自警団がいるんだろう? いくら魔境とまで呼ばれる場所とはいえ、浅いところなら、一緒に入れないかとも思ってね」


「自警団の人を紹介すれば良いの?」


「出来ればだけどね。可能かい?」


「大丈夫だよ。だって、私も自警団だから」


「え?」

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