第20話 効果

 それから、バーグは村でのことを全て話した。

 ミラ達のことについても含めてだ。

 彼女達は、自分達が作ったことは言わないでくれ、と言っていたが、その際にバーグは流石に依頼主にだけは説明しないと薬の投与に許可が貰えないから、話しても構わないか尋ねていた。

 そしてそれについてはミラ達も理解してくれた。

 彼女達が求める、自分達が作ったことを話さない、というのはことさらに広げてくれるなという意味であって、誰一人にも漏らすな、という話ではないとも言っていた。

 だから、バーグがローゼン公爵にこれを伝えることはセーフなのだった。

 だが、バーグはローゼン公爵にもしっかりと、ミラ達のことについては広めてくれるなと伝えた。

 それがせめてもの義理だから。

 ローゼン公爵は全てを聞いた後、嘆息して、


「……また随分と不思議な経験をしたようだな、バーグよ」


「私もこんな経験は人生で初めてのことで……。ですが、全て真実です。彼女達の言っていることも、信用できるかと」


「それで、その薬は……」


 言われてバーグは懐からミラ達が製作した薬を取り出し、ローゼン公爵に差し出す。

 それは丸薬だった。

 ただし色は朱色をしていて、あめ玉のようですらある。


「こんなもので……治るのだろうか?《風灯草》は毒というのは……」


「先ほどもお話ししましたが、お嬢様と同じ症状の魔鼠に投与したところ、急速に悪化するところを私ははっきりとこの目で見ております。お嬢様には、こちらのお薬を投与すべきかと」


「……すまぬ。疑っているわけではないのだ。だが、私は医師ではない。何が正しいのか、判断がつかぬのだ。だが……そうだな。バーグ、お前が見たものを信じるべきだと、直感が言っている。戦場で何度も私の命を救った直感が……。賭けてみるとしよう」


 ローゼン公爵はそう言って、瓶の中に入った丸薬を一つ取り出し、まず自分の口に含んだ。


「公爵閣下……!?」


「ふむ、私が摂取しても特になんともないようだな……」


「なぜそのような……」


「毒味だ毒味。それに、お前にこの薬を渡した者達も、このように使うことも想定していたのだろう。服用法も聞いたが、一日一粒、三日も飲めば治るという話なのに、この瓶には三十粒は入っている。だからな」


「それでもせめて飲む前に一言おっしゃってくだされば……健康な人間が摂取しては毒になりうる薬もありえますでしょうに」


 そんなバーグの言葉にローゼン公爵は笑う。


「はっはっは。驚くような話を聞かされたのだ。これくらいはな……ともあれ、毒ではなさそうだ。では、娘に飲ませるか……エミリア。体を起こせるか?」


 うつらうつらとして、意識がぼんやりとしているエミリアにそう話しかけ、優しく体を起こしてやるローゼン公爵。

 バーグは水差しを手に取り、コップに水を注いだ。

 ローゼン公爵はエミリアに続ける。


「これは、お前の病を治してくれる薬だ。バーグが見つけてきてくれた……水を飲むことすら辛いかもしれんが……口を開けてくれ」


 その言葉に、エミリアは力を振り絞って口を開く。

 その中にローゼン公爵は丸薬をころりと入れた。

 バーグがローゼン公爵にコップを手渡し、ローゼン公爵は水をエミリアに飲ませる。

 こくり、と喉が動き、確かに飲み込んだことを確認してローゼン公爵はエミリアをゆっくりとベッドに寝かせた。


「これで効くといいのだが……見る限り、苦しそうな様子はないが……」


 そう呟いたローゼン公爵。

 すると次の瞬間。


「ロ、ローゼン公爵閣下! エミリア様の体が……!!」


「何!? これは……水晶が、剥がれていく……?」


 見れば、エミリアの顔に張り付くように生えていた水晶が、ぽろり、と落ちた。

 他の部分、手足にもあるのが見えるそれらも同様だ。

 ただ、完全にというわけではなく、半分ほどは残っているようだが……。

 それでも。


「バーグ……これは、効いたということで、いいのだな……?」


 ローゼン公爵が、絞り出すような声でそう言った。

 バーグが見ると、公爵の瞳は少し赤くなっている。

 バーグは頷いて答えた。


「ええ、それでよろしいかと。あの村で見た、魔鼠も同じようになって、最後には全ての水晶が剥がれ落ちて元気になっておりましたので。人間の場合はやはり、少し時間がかかるということなのでしょうが……これなら三日、同じように丸薬を投与すれば問題なさそうに思えます」


「そうか……そうか! 良かった。これでエミリアは助かる……助かるのだ!」


 ローゼン公爵はそんなことを言いながら、感極まったのかバーグに抱きつく。

 バーグとしてはどうしたらいいのか分からず固まってしまったが、絞り出すように、


「本当に……」


 そう言うしかなかったのだった。

 それからしばらくして、ローゼン公爵は言う。


「……失態を見せたな」


 ばつの悪そうな表情でそう言ったローゼン公爵に、バーグは少し苦笑して言う。


「いえ、ご令嬢の命が助かった瞬間なのですから、親として当然かと……」


「うむ、そう言ってもらえると助かる。しかし……これだけのことをしてもらって、その村の者達に何もしないというのは、公爵家の名折れなのだが……」


 ローゼン公爵はそちらの方が気になりだしたらしい。

 けれどこれについてバーグは言う。


「かの者達は急に目立つことをいとうておりましたので、公爵家として何かをするのは礼にはならないのではないかと」


 特にミラだ。 

 彼女はあの三人の中で、特に目立ちたくなさそうな感じだった。

 ただ、その割にはやっていることが規格外に過ぎる。

 その辺りについては自覚的なのかどうか。

 判断のつかない変わった少女だったと思う。


「そのような話だったな。しかし、アメニテ商会の方からは礼をする予定なのだろう?」


「礼になるのかどうか。兵学校への入学のための協力と、学費寮費生活費全てを負担する、というだけですので……」


 実際、今回のことでアメニテ商会が公爵家より得る利益からすれば、微々たるものに過ぎない。

 ジュードとアルカの二人はともかく、ミラはそのことについても十分に分かっているようだったのに、それでもそれだけでいいと言ったのだ。

 普通言えることではない。

 人間の欲深さをバーグはよく知っている。

 金貨を目の前に積み上げられて、それをいらないと言えるのは、よほどの大物か、それとも大馬鹿者かだ。

 ミラはとてもではないが馬鹿には見えなかった。


「公爵家にこれだけの恩を売っておいて、その程度で構わないとは無欲な者達よ」


「彼らはそもそも、件くだんの患者が公爵家の者だとは知りませんから……いえ、高貴な者だと分かってはいましたが、その時点で深入りは危険そうだと言っておりましたので、知りたくもなかったというのが本当のところでしょうが」


 その辺のバランス感覚も、辺境の村に住む者としてはおかしい。

 けれど調べた限り、ミラ達は間違いなくあの村に生まれ、そして生まれてこの方ほとんど村の外に出たことがない子供であることがはっきりしている。

 一体どうやったらあのような子供達があんな村に育つのか。

 今でも不思議でたまらないバーグだった。


「あぁ、そのようなことも言っていたな。そう、あえて《風灯草》の投与を勧めるような者が現れたのは、何らかの陰謀の可能性があると示唆していたとも。ありえない話ではないか……」


 こんな話も、普通の子供が想定できることではないのに暗に匂わせてきたのだ。

 いや、もう十三ということを考えれば子供とも言えない年齢ではあるのだが、それにしても……。

 本当に将来が楽しみになる……いや、末恐ろしい子供達だ。

 そんなことを考えながら、バーグは返答する。


「ええ。一応、効かずとも《風灯草》はお持ちしましたので、公爵閣下の方でこちらはうまくお使いになってください。ご令嬢の病状はパッと見では、大きく改善していないように見えますし、件の医師を今日のうちに呼びつければ何か分かるやもしれません」


「娘をおとりに使うようで気が引けるが……今後のことを考えれば、それが最善か。よし、ではそのようにしよう。お前の方でも気をつけるといい。この後、娘が快癒すれば、それは定期的に出入りしていたお前のお陰と見る者もいるかもしれんからな」


「承知しました」

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