第19話 ローゼン公爵邸にて

 数日後。

 王都、ローゼン公爵邸。


「……バーグ様。ようこそいらっしゃいました。して……例のものが手に入ったのですかな!?」


 突然訪問してきたバーグに対してすがるようにそう尋ねたのは、ローゼン公爵家の執事であるメイゼンだった。

 老齢にさしかかりながらも、しっかりと背筋は伸びているし、動きも洗練されている。

 しかし普段なら決して見せない焦りがそこにはあった。

 そんなメイゼンにバーグは言う。


「お嬢様の病を治療できるものでしたら、手に入りました」


 その言葉にメイゼンは目を輝かせる。


「おぉ! つまり《風灯草》を……!!」


「……いえ、まぁ……ともかく、お嬢様の下へ案内していただけますか? 可能な限り早く、治療をして差し上げるべきでしょうから」


「もちろんです! どうぞこちらへ」


 メイゼンは慌てるあまり、普段なら気づくであろうことに気づかなかった。

《風灯草》が手に入ったのか、と聞かれたバーグの歯切れが妙に悪いということに。

 しかしそのままメイゼンはバーグを案内する。

 ローゼン公爵家令嬢エミリアの寝室へと……。


「お館様! バーグ様がいらっしゃいました!」


 部屋に入るとメイゼンは寝室の中、寝台の横に座っている男性にそう話しかける。

 その人物こそ、ローゼン公爵家のあるじであるアルベルト・ローゼン公爵その人であった。

 剣術にけた家として知られ、本人も《剣聖》とまで呼ばれるほどの力を持つローゼン公爵の表情は、直前までその放つ覇気に似つかわしくないほどに暗いものだった。

 しかし、メイゼンの言葉にパッと明るくなり、そしてバーグの姿をその瞳に移すと、わざわざ立ち上がって近寄る。


「バーグ! 来たか! お前が来たということは……期待して、いいのだな!?」


 まさにすがるようだった。

《剣聖》の見せるべき姿ではなかった。

 けれど、彼はそれを見せることに躊躇していなかった。

 それだけ、大切だということだ。

 それは簡単な話だ。

 寝台に横になり、汗をかきながら苦しそうな表情をしている少女の姿を見れば、誰でも分かる。

 彼女こそ、ローゼン公爵の娘のエミリア。

 けれど彼女の姿を見れば、その顔の一部に水晶のようなものが浮かんでいた。

 手足にもポツポツとそのようなものが見えており、何らかの病にかかっていることは明白だった。

 これこそが、魔脈硬化症の症状であり、放置していればいずれ体全体に広がり、死んでしまう。

 娘がこの病気にかかったとき、ローゼン公爵はなりふり構わず、王都中の高名な医師を呼びつけ、診察させ、治療法を調べさせた。

 中々その方法は見つからず……けれど、一月ほど前にやっと病名と治療法を知る医師を発見したのだ。

 ただ治療薬の素材が問題で、中でも《風灯草》だけが手に入らなかった。

 そこでどうにか手に入れられないかと相談したのが、王都でも知られた商会の一つである、アメニテ商会の代表、バーグだった。

 彼はローゼン公爵家とは古い付き合いであり、これまで何度も難しい依頼をしてきたが、いずれも期待以上の結果を出してきてくれた。

 今回もかなり難しい、ほとんど不可能に近い依頼だとは分かってはいたが、それでも頼まずにはいられなかった。

 そんな彼がそれほど暗くない表情で戻ってきたのだ。

 つい期待してしまっても仕方がないだろう。

 そして、実際にバーグはすがるローゼン公爵に言った。


「ご期待には添えるかと思います。ですが、その前に少しばかり、人払いをお願いできますでしょうか。お話ししなければならないことが……」


「む……? まぁ他ならぬお前の言葉だ。構わないが……メイゼン」


 ローゼン公爵が執事にそう告げると、有能な執事は即座に動き出し、その部屋にいる人物全員を追い出す。


「では、しばらくの間失礼いたします」


 と頭を下げ、扉を閉めた。

 部屋の中に残ったのは、部屋の主であるエミリア、それにローゼン公爵とバーグだけだ。

 そこでバーグは話し出す。


「どこから話したものか。まずは、私がどこに素材を求めに行ったか、そこからになりますか……」

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