第18話 目指すもの

 そしてバーグが兵学校について概要を解説してくれた。

 それによると、兵学校というのは主に、軍に所属することになる兵士を育てるための学校であるという。

 この軍に所属する兵士というのにも種類があって、誰もが一番にイメージする歩兵から始まり、魔術師や魔剣士、魔道具師や鍛冶師かじしなども含まれる。

 また、在学中に一定以上の好成績を修めた場合、騎士として立身出世できる道も開けるというのだから結構な優遇だろう。

 もちろん、軍に所属してから実績を積んでも騎士になることは出来るが、そのためには相当な活躍が必要になるため、学校で好成績を修めるというのが現実的に庶民が狙える最も簡単な貴族への道ということになる。

 この場合、得られる爵位は騎士爵と呼ばれる貴族の中でも最下級の地位だが、それがあるのとないのとでは雲泥の差だという。

 さらにその後にそれなりの功績を挙げれば、男爵にも上がれるし、一代で子爵になることすらも夢ではないとも。

 ちなみに、兵学校以外にも王都には様々な学校があり、一番有名なのは王立学院と呼ばれるところだが、ここに関しては基本的に貴族しか受け入れていないらしく、僅かな平民枠があるだけだという。

 そして、たとえ入れても、周りが貴族ばかりなので、平民の身分で入ると相当気を遣う羽目になるということだ。

 ただし卒業できれば受けられる優遇はもの凄く、そのために平民枠の倍率は数百倍にまで及び、その上、その高倍率での競争の結果か、平民枠での卒業者はいずれも優秀なものばかりらしい。

 また、王立学院の他にも魔道具研究院とか、魔術塔付属校といったところもあり、それぞれ特色があるらしい。


「それなのにどうして兵学校を一番に薦めるんだ?」


 一通り聞いて、ジュードがそう尋ねると、バーグは答えた。


「一番は、最も学費が安いからだね」


 これには思わずなるほど、と三人で頷いた。

 村で生活していると、家にどれくらいのお金があるか、成長するに従いおのずと察せられてくる。

 その感覚からすれば、学校に通えるような蓄えが家にある、と言い切れるのはこの中ではミラくらいだった。

 だからアルカが残念そうに呟く。


「……でも、いくら安くても私の家は出せないからなぁ」


「俺のところもだぜ」


 ジュードも苦い顔でそう続ける。

 さらにミラも、


「私の家は出せるだろうけど、私のために学費を、とはあんまり言いたくないかな」


 そう首を横に振った。

 スチュアート家は男爵家とはいえ、村一つという小さな領地を治めているに過ぎない家だ。

 学校の学費というのはそんなに安いものではなく、負担をかける気にならなかった。

 いざとなれば自分で稼げるという感覚があることも、その気持ちに拍車をかけていた。

 しかしそんな乗り気でない三人に、バーグが背中を押すように言う。


「そう言うと思ったよ。でも、もし君達が兵学校に行きたいと言うのなら、学費や生活費はうちの商会で持たせてほしい」


 これは渡りに船の提案だった。

 バーグの商会がかなり羽振りが良さそうなのは、村に持ってきた商品や、バーグの身につけているものからミラは察していたからだ。

 ただ、ジュードとアルカはその提案を固辞する。


「いや、流石にそれは申し訳ないだろ。バーグさんにそこまでしてもらうのはさ」


「そうだよ、私達、何にもしてないのに」


 しかしそれに対して、バーグは両手を挙げて振る。


「何もしてないなんてとんでもない! 君達、ラムド大森林の案内やそこまでの護衛なんて頼んだら、普通いくらかかるか知らないだろう? 申し訳ないなんて思うことは全くないんだよ」


 これにミラは尋ねる。

 もちろん、ミラは護衛や案内にいくらくらいかかるか、大体の価格帯の想像はついていたが、あくまでもジュードとアルカにそのことを認識させるための助け船としてだった。


「どのくらいなのかな?」


「そうだね……三人で案内と護衛を完璧にこなしてくれるとして、金貨十枚ほどだろうね」


「えっ、金貨十枚!? うちの年収より多いぜ……」


「一人……金貨三枚とちょっとってこと!?」


 驚く二人に、バーグは続ける。


「いや、一人当たり金貨十枚だよ……。そして、兵学校の学費は、年間金貨一枚だね。王都での生活費は……まぁ、寮に入るなら金貨二枚もあれば足りるんじゃないかな。卒業に三年だから、つまり、金貨十枚で十分に払いきれるんだよ」


 ミラにとっては、まぁそんなものだろうなという報酬額だった。

 暗殺者ミラがかつて受け取っていた報酬と比べると少ないが、それなりの腕の傭兵ようへいや冒険者が受け取るものとして妥当と言える額だろう。

 だからミラは言った。


「なるほど。それなら家にあんまり負担をかけずに学校に行けるんだね。だったら挑戦してみてもいいかも。あ、そういえば入るのに試験とかあるのかな?」


 ミラとしてはもう、兵学校に入る気になっていた。

 どうせ、一度なくした命である。

 二度目はどうやって使うべきか、この十年ずっと考えてきたが、それほど明確には定まっていなかった。

 そんな中で与えられた、国を、ひいては人を守るという選択肢は中々に面白そうに思えた。

 前世は、暗殺者として、人を殺すことでしか居場所を見つけられなかった自分が、人を守るのだ。

 これほどに皮肉の効いた話はない。

 加えて、ジュードとアルカの行く末についても見たくなっていた。

 二人とも、この数年間ミラが鍛え続けた、いわば弟子のようなものだ。

 同い年で弟子とかいうのも何か変なので明確にそう言ってはこなかったが、戦い方も、魔力の扱い方も、薬学医学に、果ては暗殺術まで教え込んできた愛弟子まなでしと言っていい存在だ。

 そんな彼らがこんな村で一生を終えるというのは……バーグの台詞せりふではないがなんだか勿体ないような気もするのだ。

 兵学校に行き、広い世界を見て、その上でどこかに羽ばたくところを見てみたい。

 そう思ったのだ。

 そんなミラの思いなど知らないだろうが、バーグはミラの質問に答える。


「そうだね、筆記試験と実技試験があるが……今から半年後に行われるから勉強すればなんとかなる……かもね。そういえば、この村の住人は計算なんかは結構できるようだし、三人も同じかい? だとすれば後は、歴史とか基礎的な魔術についての知識とかなんだが……」


 バーグの言葉をふんふんと聞いていたジュードが、


「計算? それなら結構できる方だと思うぜ。歴史や魔術理論なんかもそこそこ学んだし……ミラほどは分からねぇけど」


 と言い、アルカも頷いて、


「私も大丈夫かなぁ。計算はジュードの方が得意だけど、魔術理論は私の方が出来たもんね」


 そう言って胸を張る。

 この二人の反応は意外だったのか、バーグが、


「ほ、本当かい? 一応、王都のそこそこ裕福な家の出でも落ちることがあるくらいには難しいんだけど……」


 と言ったが、ミラはまぁ大丈夫だろうと確信していた。

 計算については確かにスチュアート家が村全体のために開いているまなで教えているが、それはあくまでも日常で使う基本的なものだけだ。

 しかし、アルカとジュードには、ミラが直々に、複雑な計算や、村で生活するにあたってはまず必要のない地理歴史、それに加えて高度な魔術理論までたたんでいた。

 二人とも他に比較対象がいないため、誰でもこれくらいは覚えるものと思って粛々と学んできたが、実際にはとんでもない話で、この年齢でここまでの知識や技術を身につけている者など滅多にいないだろう。

 とはいえ、バーグはそんなことを知らない。

 だからミラは言う。


「駄目だったら駄目だったで諦めて他の道を探せばいいからね……その時はほら、バーグさんのところで雇ったりとかしてもらえれば嬉しい」


 するとバーグは顎をさする。


「それくらいなら全然構わないが、その場合は普通に見習い扱いになってしまうよ? 流石に仕事については、おかしな贔屓ひいきは出来ないからね。もちろん、能力があれば出世できるが」


「それなら問題ないよ。じゃあ、そういうことでお願いできるかな。アルカとジュードもその方向でいい?」


「おう、大丈夫だぜ」


「それでいいよ!」


 頷いた二人を確認し、バーグも、


「では、まずは教科書や願書、それに問題集なんかを次に来るときには持ってくるよ。受験するときも、私が迎えに来よう」


 そう言って、村を去ったのだった。

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