第14話 病について

「なるほどな、魔脈硬化症って病気にかかった子を助けるためか」


 ジュードが一通り、バーグから説明を受けてからそう呟いた。

 バーグが《風灯草》を必要とする理由、それは王都で魔脈硬化症と呼ばれる珍しい病気にかかった子を治すための薬の材料として使うからだと、そういう話だった。


「あぁ。私も商人として長くやってきたし、若い頃は行商人として世界を回ったものだが、聞いたことのない病気でね。ただ、何人かの医者に診せたら、その中に知っている者がいて……運良く治し方も分かると。しかし、どうしても《風灯草》だけが手に入れにくいと言われて、それでここに来たんだよ」


 聞けば《風灯草》は王都でも滅多に手に入らない薬草であるという。

 魔力が濃い場所や、峻険しゅんけんな土地でしか育たない難儀な植物であり、特に今の時期だと生育している場所はどこも立ち入りが非常に難しい場所ばかりだとも。

 ただし、ここラムド大森林だけは、魔物という危険を無視すれば、年中生育している、という資料を偶然入手し、ここに一縷いちるの望みをかけてきたという。

 更に、ちょうどよく、この辺りを回る行商人の仕事が下の方に来ていて、だったら自分がとバーグが名乗り出たらしい。

 商会を経営するバーグがわざわざ王都から出るには、何かしらの理由が必要で、ただ《風灯草》を入手するために、という話をすれば確実にストップがかけられるし、なぜそれが必要なのかという話も難しかったのでそういう方法しかなかったという。

 その点について、アルカが尋ねる。


「どうしてですか? 病気の子を助けるために必要って言えばいいのに」


「普通ならそうなんだけどね。問題は患者の地位がとても高くて……人に漏れれば、それを弱みとして利用する者が数え切れないほど現れるだろうということなんだ。余人に話せることじゃ、ない」


「えっ、じゃ、じゃあ私達に話してもまずいんじゃあ……」


 慌てるアルカにバーグは苦笑して言う。


「まぁ、馬鹿にするわけじゃないんだが、君達は王都からはるか離れた土地に住んでる子供に過ぎないわけだからね。しかも、私は具体的にその患者の名前を言っていない。これくらいのことなら話しても問題ないという判断だよ。それに……私もこれで王都ではそれなりの規模の商会を経営する立場だ。

 人を見る目はあるつもりだ。その私の目から見て、君達は信用できる……何せ、君達には全く得がないのに、ラムド大森林を案内なんてしてくれているのだから、余計にね」


「そっか。勿論、言わないので安心してくださいね!」


「あぁ」


 笑顔で頷くバーグに、ふと、ジュードが、


「あれ?」


 と首を傾げる。


「どうしたんだい?」


 バーグが尋ねると、ジュードは言う。


「魔脈硬化症って……あれと似てないか? 体脈水晶化病と」


「ふむ……? その病気もまた聞いたことがないが、どんな病気だい?」


 バーグの疑問にジュードは答える。


「体の中にある魔力が、何らかの衝撃で水晶に変化してしまう病気だよ。水晶化した部分は、徐々に広がっていって、いずれ全身が水晶になっちまうんだ。切除しても他の部分からまた同じように広がってくから、それじゃ根治しないやつだな」


「そ、それはまさに魔脈硬化症と同じ症状……? だが、名前は違うし、似た症状の違う病気かな……?」


 驚きつつそう言ったバーグに、ミラが呟く。


「同じ病気だよ」


「え?」


「どちらも、同じ病気。昔の……というか、この辺りでの呼び名が体脈水晶化病で、王都辺りだと魔脈硬化症って呼ばれてるだけ」


 ミラのこの知識は、前世で得たものだった。

 暗殺者として、対象を病気で死んだように見せかけるため、医学や薬学の知識も必須であるので、そういったことはよく覚えているのだった。

 加えて、本当に治療をして暗殺対象の懐に入り込む、なんていうことも出来た方がいいため、ミラは本職の医師並みか、それ以上に知識・技術があった。

 ミラの言葉に、バーグは、


「そうなのか……では、この辺りでは知っている者が多い病気なのかな? 確か君達は村の薬師に学んだという話だったけど」


 そう尋ねたので、これにはジュードが答える。


「あぁ、そうだな。確かエミナばあさんに教わった覚えが……。いや、問題はそこじゃなくてさ。体脈水晶化病って、《風灯草》使ったら悪化するんじゃなかったか? あれは体内の魔力バランスの乱れが原因で、《風灯草》は特定の属性魔力を増幅させる効果があるから、さらに乱れさせてしまうわけだろ?」


「え? それは……本当かい?」


 バーグが驚いたようにそう言う。

 ジュードは少し悩んで、


「まぁ、俺もそれについては大雑把にしか覚えてないけど、理論的にはそうなるはずだぞ。なぁ、ミラ?」


 そう言った。

 ミラはこれに対して、仕方がないか、と嘆息してから言う。


「うん、それで間違いないよ。つまり《風灯草》を使った薬を投与したらその人は死ぬだろうね」


「……ば、馬鹿な。医者が効くと言っていたんだよ? 一体なぜそんなことになる薬を……いや、そもそも本当にそんなことになるのかい!?」


 バーグが慌ててそう言った。


「なるよ。言っても信じてくれないかも、と思ったから黙っていることにしてたんだけど……さっき、バーグさんは私達を信じると言ってくれたし……そうだな、ちょっと待っててね」


 ミラはそう言って立ち上がり、その場から姿を消す。

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