第33話 邂逅
別に幽霊なんて信じているわけではないが、それはそうとしてこの間階段で見かけた生徒について良く知りたいので、放課後に屋上へ向かうことにした。
タイミングの良いことに、放課後にあったはずの本日の生徒会業務は生徒会長である秋葉さんの所用でキャンセルになった。ということで久々に放課後にも時間が有り余っているというわけだ。
部活へ行ったり帰ったりと忙しそうな生徒たちを眺めながら、さて屋上へと立ち上がった俺の前に一つの影が立ちはだかる。
リュックを背負った涼夏だった。
「お疲れ様。今日は生徒会の仕事ないのよね?」
「ないっぽいな。なんか秋葉先輩忙しいらしい」
少しずれたリュックを背負いなおした涼夏は、何でもないような口調で「じゃあ帰りましょ」と言った。
満面の笑みで大きく頷いてそのまま一緒に帰りたいところだが、やはり階段で見たあの人間が気になってしまう。
「あー、悪い、この後ちょっと用事があってさ……今日は一人で帰っててくれないか?」
「……用事ってなに?」
多分俺の勘違いなんだろうけど、そう言う涼夏の表情は少しだけ拗ねているようにも見えた。あまりの可愛さに心臓の動機が限界を突破しているが、何もないように装って言葉を紡ぐ。
「ちょっと調べたいことがあってさ」
「……なにについて?」
あれ、今日はやけに食いついてくるな。いつもだったら「ふうん、そう」みたいに軽く流してそのまま踵を返して振り返りもせずに帰っていきそうなのに。
しかしここで「実は屋上に続く階段で幽霊見ちゃってさ、それを調べたいんだ!」とは流石に言いづらい。
それは高校生にもなって放課後に一人で幽霊探索が恥ずかしいという理由でもあるのだが、それ以前に涼夏は小さなころからお化けとか霊とかそういう類の話があまり好きではなかったはずなのだ。まあ、幼稚園とか小学生の時の話なので今はどうかわからないが。
とにかく誤魔化しておくことにする。
「ちょっと先生に呼び出し食らっててさ。長くなりそうだから先帰っててくれ。じゃあな」
「あ……」
今考えた言い訳でごり押しする。質問とかをされるとボロが出そうなのでその前にさっさとここを離れてしまおう。
何かを言いたげな涼夏の声が聞こえ、後頭部が禿げる勢いで後ろ髪が引かれる思いだったが、明日から再び放課後の時間がなくなりそうなので、調べることが出来るタイミングは今くらいしかないのだ。
頭の中で誰に対する言い訳かもわからない言葉を並べ立てて、俺は屋上へと向かった。
▽
今日は風が強い。
夏の生ぬるい風が吹きすさぶ屋上には誰もいない。放課後なので当たり前といえば当たり前なのだが。
涼夏に言い訳して来たのはいいものの、正直誰もいなかったらもうやることないんだよなあ。
とりあえず塔屋に上り、この前見つけたプランターを探す。プランターに植えられた苗木は、少しだけ残っていた花びらも全て散っており、気持ちの良い緑色の葉が茂っていた。
「なんの木なんだろうな、ホントに」
ぱっと見は桜にも見えなくはないが、たぶん違うのだろう。
塔屋の上をウロウロし、屋上を見下ろしてみるが誰も見当たらない。やはりあの時の階段で見た人は見間違いか、たまたま階段を上っていた俺が話したことのない生徒会長に激似の人だったんだろう。そういうことにしておこう。それはそうだ、幽霊なんてこの世に存在しないんだし……。
「…………ホントに誰もいないの?」
屋上にぽつんと俺の声が響く。
それはそれでちょっと悲しい。俺なんのために涼夏の誘い断ったんだよ。
まあ、いないならしょうがない。帰るとしよう。
あーあ、誰もいないなら涼夏と一緒に帰っとけばよかった! 今からダッシュで帰ればなんとか追いつかないかな?
そんな後悔と共に塔屋を降り、屋上のドアを開けたその瞬間、誰かにぶつかった。いきなりのことに驚いてしまい思わず目を閉じてしまった。
「いたっ」
「ごめん」
しんとした、静かで透き通るような声だった。ぶつかった瞬間に少しだけ柔らかい感触と共に花の匂いがした。
恐る恐る目を開けると、新雪のように白い髪が目に入る。腰辺りまで無造作に伸ばされたその髪は、強い風になびきながらも、どこか静かな印象を抱かせた。
「だいじょうぶ?」
何も言わない俺を不審に思ったのか、目の前に立つ女性は俺の顔を覗き込んでくる。俺より少し背が高い彼女の瞳はルビーのような紅だった。
間違いなく、画像で見た前生徒会長がそこにいた。
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