第12話 あなたの恋はどこから?



 六月も中旬に入り、しとしとと降り続ける雨にも慣れてきた頃。再び3人で集まった俺たちは、弁当を食いながらいつものように駄弁っていた。


「それで、幻覚を見始めてしまった彰くんについてだけど」

「だから幻覚じゃねえって」


 俺たち3人のここ数日の話題は専ら一つの話題についてである。

 つまり俺が涼夏と勉強をするのは幻覚か幻覚じゃないかについてだ。なんだこの話題。


「よく考えてみろ。お前と、二宮さんが、二人きりで、勉強、だぞ? この短い文章に幾つの嘘が混じってるんだ」

「一個も混じってねえ」

「風邪の時の夢じゃないの?」

「俺も真っ先にそれを疑ったさ。俺が疑わないと思うか?」

「……ごめん」

「なんか泣けてきたわ」

「……悲しいこと言わすなよ」


 涼夏の来訪後ぐっすり眠り、目が覚めた瞬間今さっき起きたこと全て夢だったのだと一瞬絶望したがリビングの机の上に涼夏が持ってきたコンビニの袋があったので、多分夢ではない……はずだ。夢だったら咽び泣く。他人の目とか気にせずに本気で泣く。あまり日本男児を舐めるな。


「それで、どこで勉強すんの?」

「どこで?」

「うん。まさか二宮さんの家に行けるわけはないし、かといって二宮さんが彰の家に行くわけないじゃん」

「いやこの前来たんだって」

「玄関から進まなかったんだろ? そこが限界なんだって」

「俺が風邪ひいてたからだろ」

「くせえからだろ」

「お、俺、くさいのか……?」


 あの時の涼夏が本当にその理由で玄関から進んでこなかったんだとしたらマジで泣く。

 それはともかく。


「図書館とかかな」

「どうだろうなあ」

「二宮さん、彰と一緒に出かけたがるかなあ?」

「お前らの中の涼夏どんだけ俺を嫌ってんの?」

「現実とそんな大差ないと思うけど……」


 流石に出かけるくらいはしてくれるだろ。……くれるよな。なんかそう言われたら不安になってきた。一応どこで勉強するかとか聞いとこうかな。


「てか、いつ勉強するの?」

「体調が回復してから決めるみたいなこと言ってた……気がする。熱で頭やられてたから記憶が曖昧だわ」

「じゃああっちがコンタクトしてくるまで情報は不明ってことか」

「そういうことになるな」


 サンドウィッチを頬張りながら校庭を眺める。ここ数日雨が続いたせいで校庭の木々はどこか沈んでいるように見える。

 風邪も完治し学校に来たはいいものの、俺と涼夏の関係性は相も変わらず遠いまま。あの日ピロティの下で笑い合ったあの時間が嘘のようだ。


「けど、最近の二宮さん忙しいからいつになるかわからないね」

「なんで忙しいんだ?」

「知らないの?」


 驚いた表情でこちらを見つめる知己。なんだかわからんがイラッとする表情だ。


「最近、二宮さんいろんな人から告白されてるんだよ」

「は?」

「マジで知らなかったのか。俺でも噂は聞いたけど」

「最近ずっと教師の手先となって雑用してたから全然知らんかったわ……てか、なんで今頃?」

「彰が近くにいなくなったからじゃない? 元々二宮さん人気あったしね」

「近くにやべーやつがいるって噂があったから誰も近づけなかっただけだしな。そのやべーやつが二宮さんから離れたって噂が出たら、元々狙ってたやつからしたらチャンスだろうな」


 全然気がついていなかった。かなりショックだ。いくら関係性が薄くなったといっても涼夏に近寄ってくる悪い虫は俺が追っ払わないといけない。


「これは今すぐ「涼夏の交友関係ノート」を更新する必要がありそうだな……」

「ま、二宮さんも相手にしてないっぽいし、そこまで心配する必要もないんじゃない?」

「ていうかお前に心配される必要もないだろ」

「あるわ。涼夏は俺が守り通す!」


 俺の宣言を冷めた目で見つめる二人。知己に至っては呆れてため息までついていた。

 昼食を食べ終えた知己が、弁当箱の蓋を閉めながら口を開いた。


「ずっと彰に聞きたかったんだけどさ」

「おう」

「彰が好きなのって結局、二宮さんなの? それともツンデレな二宮さん?」


 涼夏か、ツンデレか。その質問に答えられず、俺はしばしの間黙り込んでしまった。

 結局のところ、俺は今何を見ているのだろうか。涼夏なのか、それとも俺の脳内にある存在しない涼夏のイメージなのか。

 答えを見つけ出せないまま、俺は空を見上げた。何もないただの教室の天井だった。


「どっちなんだろうな」

「わかってないの?」

「そこ一番重要じゃね?」


 智と知己の言葉の通り、その部分が一番重要であることなんて重々承知している。

 だが考えれば考えるほど、涼夏と俺が作り上げたツンデレの涼夏が重なってしまう。

 まるで恋に恋していた乙女みたいだなんて自分で考えて笑ってしまう。俺の感情はそんなに純情なものではないはずだ。


「結局、どうなんだろう。このまま涼夏のツンデレじゃない部分を見続けたら、俺の涼夏に対する気持ちは冷めていくんだろうか」

「なんかくせえこと言ってんな」


 こんな時でも茶々を入れてくる友人殿。控えめにいって殴りたいね。

 まあ、深刻そうな表情で相槌打たれる方が笑ってしまいそうなので軽く流される方が俺としてはありがたいが。


「じゃあ今度の勉強会で確かめてみたら?」

「そう上手くいくもんかなあ」

「まあ、応援しとくよ」


 教室の喧騒がいよいよ激しくなってきた。梅雨の時期は教室で飯を食べる生徒が多いのが問題だ。

 俺は次の授業の準備をしながら、涼夏の席をちらりと見た。涼夏は席におらず、また教室にも姿が見えなかった。

 もしかしたら誰かに告白されているのかもしれない、そんなことを思うと気が重くなるのだった。







 勉強会の日程を今週の土曜日にしようと涼夏から言われたのは、その日の放課後だった。

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