第13話 小さな悩み事



 こんな日に限って空は快晴だった。

 微かな蒸し暑さを感じながら起き上がると、卓上カレンダーが嫌でも目に入る。赤く彩られた日にちは今日を指すもの。時刻は朝の8時だった。


 涼夏との勉強会の日だった。



「うあー、どうしよー」


 口でごねつつも頭の中では数時間後に会える涼夏のことばかりを考えてしまっている。

 昼ごはんを各自で食べてから会う約束をしているので、まだ時間はかなりある。

 かなりあるからといって、やることがあるかと言われればそうではない。あと数時間はソワソワしながら過ごさなければならないのである。


「涼夏か、ツンデレか」


 再びベッドの上に寝転がり呟く。知己から投げかけられた質問は、いまだに明確な答えを持たないまま俺の心の中をうろうろとしていた。

 今日の勉強会で確かめればいいと知己は言っていたが、正直そんな簡単にわかったらこれほどまで悩んでいないと思う。


「あ、服装どうしよ」


 ふとそんなことが気にかかった。

 そんな些細なことを、と思われるかもしれないが、ちょっと待ってくれ。これめちゃくちゃ大事じゃないか? 


 ばっちりおしゃれ気にして行ったら「うわ、勉強会なのにおしゃれして来てるよ……」とか思われるかもだし、かといっていつも通りのカジュアルな格好で行ったら「女の子と二人なのに適当な服装で来たよ……」とか思われるかもしれない。そんなことを思われたら俺はもう生きていける自信がない。


 爆速でベッドから起き上がり、クローゼットを開ける。色々と服を広げて見てみるが、何が正解かわからない。

 やばい、どうしよ。


 ということで、俺の大切な友人に聞いてみることにする。

 数コールの後、寝起きの声が携帯から聞こえて来た。


『……もしもし……』


「やあ知己くん。大変だ。一大事なんだ」


『なにが……』


 どうやら知己は朝に弱いようで、間の抜けた声が返ってくる。だがそんなこと知ったこっちゃない。こっちは死活問題なんだ。


「今日が涼夏との勉強会の日なんだが、何を着ていけばいいかわからないんだ」


『そういうのって前日に悩むもんでしょ……なんでもいいんじゃない……』


「全然気づいてなかったんだ。服装次第じゃ俺が涼夏に嫌われちゃうだろ」


『もう嫌われてんじゃん……』


 おっと、寝起きの知己くんは少し口が悪いようだ。思ってもないことを言っちゃって、愛い奴め。

 しかし何を言われたとしても、知己が俺よりもおしゃれなのは確実なので、こういう時にどういう服装でいけばいいのかを聞くなら彼しかいないのだ。もう一人の奴はダサい芋なので無視をする。


「で、どんな服装がいいと思う?」


『覆面とかしたら? 顔見えない方が二宮さんにとっていいでしょ』


 割と傷つくことを平気で言ってくるやつである。今度会った時殴ってやろうか。

 しかしコイツの言っていることも間違ってはない。正直、俺が目立つような服装を着て行ったら色々と問題になる可能性がある。

 いくら土曜日とはいえ、高校生が行くところなんて限られてくる。ということは、知り合いに会う可能性も高くなるのだ。そんな時に涼夏と、バチバチにオシャンティな格好をした俺がいたら、それをみた人間はどう思うだろうか? 


「大スクープになっちまう」


『まあ彰が涼夏さんの家族を人質に取ったと思うよね』


「デートだろ普通」


 デートだと思うだろ。

 ……思うよな? 



 …………思わないか。



「じゃあ地味めの格好がいいか」


『地味めでも見つかったら同じことじゃん』


「それはそうだがじゃあ俺は何を着ていけばいいんだ」


『……迷彩柄?』


「余計目立つわ」


『じゃあわかんない。とりあえず目立たない、あるいは彰だとわかんないような格好で行った方がいいかもね、じゃあおやすみ』


「おい切るな! ……ったく、ほんと薄情なやつだな」


 アドバイザーが使えなかったので、俺一人でなんとかしなくてはならない。もう一人の人間は存在していなかったことにする。


「さて」


 自分で決めると意気込んだものはいいものの、こういう時にどういった服を着ればいいのか全くわからない。

 しかし先ほど知己にも言われたように、俺があまりにも派手な服を着ていくのはまずい。


 しかしだったら地味な服でいいのかと聞かれたら、そういうわけでもない。地味でもバレる時はバレるし、まず涼夏に会いにいくのに地味な服を着ていきたくない。俺だって年頃の男の子なのでこれは普通の感情であるはずだ。


 どうしよう、普通に頭がバグって来た。もう一度クローゼットの中にある服を全て出してみたが、いいものが見当たらない。


 そうこうしているうちに一時間が経った。まだ涼夏との勉強会に数時間あるとはいえ、このままだと他の準備ができない。やばい、どうしよ。





 あ、じゃあもう、俺だと絶対バレないように変装でいけばいいんじゃね? それなら俺たち二人がいるところを見られても全然大丈夫だろ。

 そうだ、これが正解だろ! これしかもう道はないだろ! 





















 ──ということで。




 黒帽子+サングラス+マスク+黒尽くめの上下。



 はい、完全に不審者です。終わりました。

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