第27話 女心と夏の空



「「新しい生徒会役員を探す?」」


 俺と凉夏がハモりながら言う。初めての共同作業だねと言おうとしたが、流石にキモいのでやめた。偉いぞ、俺。

 生徒会長は、再び困ったような表情になった。


「うん……実は、生徒会に人がいなくて、全然仕事ができてない状態なんです……」

「今何人なんですか?」

「う、じ、実は……私以外いなくて……」


 その言葉の意味を理解するのに、しばしの時間を要してしまった。

 私以外、いない? え、生徒会に? 

 周りを見ると、どうやら俺以外の人間も理解出来ていなさそうだった。


「え、じゃあ、今のところ会長が全部の業務とかを一人でしてるってことですか?」

「ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに体を縮こませる生徒会長。そう言われると、顔は疲労からかやつれているように見えるし、目の下にもうっすらと隈が見えた。


「だから新しい生徒会役員を探すために彰にお願いして、引き受けてもらったのに何もしてくれなかったと……」


 いやほんと、申し訳ない。

 俺は土下座する勢いで頭を下げて自分自身の非を詫びた。


「すみません、生徒会長。あの時の俺はどうかしてました」

「今もだろ」


 うるせえ。


「ていうか、生徒会役員って会長が決めることなん? 普通投票とかじゃね?」


 智の言葉に確かにと納得してしまう。なんで今更生徒会長が指名する必要があるのだろうか。

 しかし疑問に思っていたのは俺と智だけだったようで、知己と涼夏は呆れたように智を見ていた。やばい、俺もわかってたふりして呆れた視線向けとこ。


「ウチの学校は生徒会長しか決めないよ。そんで生徒会長がスカウトして生徒会役員を選ぶ方式なんだよ」

「そうなんか。なんか面倒臭いな」

「大事な生徒会長以外は人気投票になりがちだからね。しょうがないよ」


 そう言われてまあそうかと納得する。俺も友達に投票してくれ! って頼まれたら何も考えずに投票してしまうかもしれないので、その方がいいのかもしれない。


「けど、普通は生徒会長に立候補していた人が副会長をしたりするって聞いたんですけど、その人たちはどうしたんですか?」


 涼夏の問いに、生徒会長は泣きそうな顔になる。この人いっつも泣きそうな顔してんな。


「じ、実は、私の他に立候補していた人が、会長以外はやりたくないって人で、副会長お願いしたんだけど断られちゃったの……」


 一同、なるほどなあという表情。断られたのならしょうがないが、生徒会役員をやりたがる人なんてそこらじゅうにいると思うんだけどな。

 そう言うと、生徒会長は「私、人と話すのが苦手で……」と返ってきた。初対面の俺に頼むくらいなんだから、相当な人見知りということなんだろうな。マジで申し訳ない気持ちでいっぱいになってきてしまった。

 罪滅ぼしというわけではないが、俺は口を開いた。


「今更なんですけど、その生徒会役員探し、手伝わせてもらってもいいですか?」

「い、いいの?」

「はい……というか、ぜひ手伝わせてください。そうじゃないと俺、クズのままなんで」

「よかったな。クズからゴミに変わったぞ」

「ゴミの次はカスだね」


 下がってんだろそれ。


「えっと、じゃあ俺は何をすればいいんですか?」

「あ、えっと、放課後とか昼休みとか、時間がある時に私と一緒に生徒会役員をやってくれるって人を探したり、生徒会の雑用とかやってほしいんだけど……どうかな」

「全然大丈夫です。じゃあ、今日からでいいですか?」

「ありがとう……。じゃあ、また放課後に」


 そう言い終わると、生徒会長はそそくさと屋上を後にした。結局彼女の名前を聞けずじまいだった。

 そろそろホームルームの時間だ。今の教室に帰るのは少し怖いが、このままサボるというわけにもいかない。

 だりーなどとぼやきながら歩き去る智たちについて行こうとした俺は、袖をくいと引っ張られたことに気づいた。


 振り返ると、涼夏がこちらを見ている。


「あ……」


 自分から引っ張ったというのに、凉夏は俺が振り返ったことがまるで意外だったかのように目を丸くした。


「どしたん」

「いや、その……」


 罰が悪そうにまごつく涼夏。最近の彼女は言葉に詰まることが多い。言いたいことがあるのに何か問題があって言えない、そのような雰囲気が彼女にはあった。


 つままれた俺の袖が少し揺れる。健康的な涼夏の爪が夏の太陽に涼やかに光る。夏の清かな風が俺たちの間を通っていった。

 やがて決心がついたのか、涼夏が口を開いた。


「今日から生徒会長の手伝い、するのよね?」

「ああ。放課後に」

「じゃあ、私も──」

「だから、しばらく涼夏とは帰れないかもだわ」

「──え?」


 そう言ってから、自分が失言してしまったことに気づく。

 最近一緒に帰っているからといって、別に涼夏は俺と帰ることなんかに執着していないんだ。俺がわざわざ一緒に帰れないと言わなくても勝手に自分で帰っていただろう。


 最近、俺たちの距離が近くなったことによってこういった勘違いが増えてしまっている。気をつけなければ。

 俺たちは幼馴染ではあるが、それ以上でもそれ以下でもツンデレでもないのだ。そこをきちんとわきまえなければ。

 自分自身を戒めている俺を、涼夏は感情の見えない目で見ていた。


「……へえ」

「凉夏さん? なんかちょっと怒ってません?」

「別に、じゃあ、頑張ってね、生徒会役員さんっ」


 勢いよくそう言ってから涼夏は屋上から去ってしまった。


 ……わからん。



 女心と秋の空。俺には一生わかりそうもない。

 今は夏の空だったか。

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