第22話 ツンデレ




 放課後になった。

 俺は逃げるように教室を出る。


 いやー地獄だったな。

 授業中も昼休み中も常に誰かから見られてる感覚だわ。多分先輩たちにも噂は広まりつつあるっぽいので、校内に俺の居場所はなくなってしまったらしい。

 いや、一か所だけあったわ。


 人目を避けながら階段を上り、ドアを開ける。六月とは思えない陽光が目に眩しい。


 屋上へ足を運び一息ついた俺は、背負っていた鞄を下ろした。ずしりと重いその鞄の中には、毒を以て毒を制す作戦の要が入っている。


 分厚い紙の束を取り出し、屋上の柵まで歩いていく。

 校庭を見ると、帰宅をする生徒たちがちらほらと昇降口から出ようとしているところだ。


 やるなら今しかない。


 大きく深呼吸をして、俺は手に持っていた紙の束を思い切り校庭に向けてバラまいた。

 ぶわっと大きく広がって落ちていく紙きれたち。俺はそれを眺めながら、終わり行く自分の高校生活に思いを馳せていた。


 遠くに投げたつもりが、一枚だけ紙が返ってきていた。それを拾い、見てみる。








 それは、俺の「涼夏の交友関係ノート」のコピーだった。



 これで俺の計画は完成である。

 俺が涼夏に対して嫌がらせともとれるほどのストーキングをしているという噂を流し、その証拠を見せる。

 こんな強い噂のネタが入ってきたのだ。胡散臭い画像一枚二枚の涼夏の噂などすぐ薄れてなくなるだろう。……ていうかなくなってもらわないと困る。


 手元に残った一枚も投げ捨てる。頼むから一人でも多くの人間がこれを拾って涼夏の噂を忘れてくれ。


 ちらっと校庭を見ると、涼夏の姿があった。

 涼夏は落ちてくる紙を見上げていた。一瞬、目が合ったような気がして急いで身を隠す。


 涼夏も俺のノートのコピーを見るんだろうな。


「こりゃ、今まで以上に嫌われるな」


 ツンデレとか言ってる場合じゃねえや……そんなことを呟いたと同時に屋上に教師がやってきて、俺はやんわりと取り押さえられたのだった。






 ▽




 その後……どこから話せばいいのやらわからないが、まあ簡単に結果だけ言おう。涼夏に関する噂は薄れていった……らしい。


 なぜらしいと曖昧な言い方をしているのかと言えば、俺がその現場を全く見れていないからだ。


 取り押さえられた後、職員室へと連行された俺は、印刷機を無断で使用したことと、風紀を乱したということによって一日の自宅謹慎を命じられた。

 職員室の窓から聞こえてくるくらいに校庭は大騒ぎだった。この騒ぎを俺が起こしたと考えると、ぞっとするのと同時に少しだけ達成感もあった。まあ、内容が内容なので絶望感が何よりも強かったのだが。


 ストーキング行為やら人質行為など、巷で流れている噂に関しては教師はあまり信用していないようだった。まあ長年教鞭を執っていたらこういう噂話も多少なりとは経験すると思うので、そこらへんは慎重になっているのかもしれない。

 ただまあ、印刷機を無断使用したのと屋上からゴミを投げたのは不味かったらしい。どこがゴミやねん。俺の宝物や。




 事情聴取やら親への連絡やらで日が暮れるまで職員室に拘束されていたので、俺が帰るころには校庭には誰もいなかった。もしかしたら教師たちはそれを狙っていたのかもしれない。


 もちろん、バス停に涼夏はいなかった。

 そりゃまあ、そうだ。


 ……それでも、街灯の下にポツンと一人ぼっちでそびえるバス停を見た時、何故か無性に泣きたくなってしまった。やっぱり俺は馬鹿なので、少し期待していたらしい。



 俺が自宅謹慎をしている際も、学校では俺の噂で持ち切りだったらしい。人気者はつらいよと言いたいところだが、実際のところ本当に辛い。


 知己が言うには、涼夏は男子と女子両方から慰められ同情され、あっちもあっちで大変そうだったようだ。彼女をのけ者にしていたグループも、今波に乗り遅れたら自分たちがのけ者になってしまうという魂胆の下涼夏に近寄っていったらしい。そんなゲスな魂胆なヤツらに対しても涼夏の菩薩のような優しさで赦していたという。ついでに俺も赦してくれないかな。


 友人などは今まで通りに戻った涼夏だったが、それでも彼女とほかのクラスメイトの間には未だに壁があるらしい。

 ……まあ、その壁というのが「二宮さんと仲良くしたらヤベーストーカーに攻撃される……」という、どこからどう見ても俺が作った壁だったのだが、それはまあ、秘密にしておこう。



 自宅謹慎中に教師も訪問に来て「何か辛いこととかないか?」とか聞いてきた。涼夏に嫌われたことが一番辛いことだが、そんなこと言うわけにもいかないので「友人に会えないのがつらいです」と言っておいた。自分で言って少し笑ってしまった。その話を智と知己にしたら二人もウケていた。


 そして肝心の涼夏だが、それに関しては、知己も智も「よくわからん」とのことだった。怒っているのか、怒っていないのか、何を考えているのか全くわからなかったらしい。まあ、もともとあんまり表情に出るタイプではないのでそれはしょうがないのかもしれない。すべては、俺が登校したときにわかることだ。



 語るべきことはそれくらいだろうか? 



 結局、この件は俺が勝手に初めて、俺が勝手に終わらせた自己満足でしかなかったわけだ。それに巻き込まれた涼夏に関しては、ホントに申し訳ないとしか言えない。

 とにかく涼夏は俺と幼馴染だったということが運の尽きだったわけだ。ホント俺って罪な男。

 自虐したはいいものの本気で泣いてしまいそうだ。




 そんなこんなで、日常は戻っていく。





 ▽




「やだ! 登校したくない! やだやだ!」


『そんなこと言っても……行かなきゃ』


「露骨にめんどくさそうな反応するのやめてくれ」


『朝からそのテンションは普通にめんどいぞ』



 二人の間抜けな声を聴きながら支度をする。自宅謹慎も解け、一日ぶりの学校である。シャバの空気はうめえなあ……。



 バス停に行くまでも、バスに乗ってからも、涼夏がいないかびくびくしながら登校しなければならない。いやまあ、学校に行ったら絶対に会わなきゃダメなんだけど……心の準備が必要だ。



 校門に近づくにつれ、生徒たちの視線が突き刺さる。


「あ、ノートだ」

「ほんとだ、もう来れるんだ、ノート」


 変なあだ名つけんな! 


 急いで教室へ向かう。安らぎの地へ! 


 教室のドアが開いた瞬間、今までとは比べ物にならないほどの殺気が浴びせられる。ここも安らぎの地ではなかったか……。


「っちっす……」


 小さく挨拶をし、教室に入る。怖くて涼夏がいるかどうか確認できない。



 ちらっと、智と知己を見る。おいっニヤニヤしてんちゃうぞ! 

 一睨みしてやると、いろんな人からもっと睨まれた。

 こわいね、おとなしくせきにつこうね。



 席について気配を殺していても、視線をずっと感じている。自然とため息が出た。これ、いつまで続くんだろうか。

 自分が蒔いた種とはいえ、きっついなあ。


 そんなことを思っていると、少しだけ教室がざわついた……気がした。


 どうせ俺の悪口だろと思って窓の外を眺め続ける。あーあ、俺もあの雲みたいに悠々自適にその日暮らししてえなあ~。あ、けど雲になったら涼夏を盗み見ることすらできないのか。それはやだな。じゃあ涼夏の家の風呂の湯気になろう。これは名案だ。





 …………てか、教室静まり返りすぎじゃね? 



 あまりにも静寂すぎるので、つい視線を動かし室内を見る。



「え……?」


 目の前に制服がある。それだけはわかった。

 ただ、俺の脳が理解することを拒んでいた。


 あれ、菫色の髪? 何で俺の目の前にこの色が? 


 視線を上にあげると、俺を見ている涼夏と目が合った。その目からは、何の感情も読み取れない。



 もしかして、直接絞めに来たとかそんなのだろうか。絞めるならせめて二人きりの時がいいな(?)。


 半ば諦めていた俺の目の前に、何かが置かれる。

 それは一冊のノートだった。


 意味が分からず涼夏を見上げると、涼夏は何でもないような口調で言った。


「これ、昨日の授業の内容まとめたノート」

「あ、ああ……ありがと」

「ん」


 それだけ言って踵を返し席へ帰っていく涼夏。野次馬たちがモーゼによって分けられた紅海の如く左右に分かれていく。


 理解が出来なかった。今何が起きたんだ? 

 俺、涼夏に嫌われてなかったってことか? なんで? あんな気味の悪いノートまで見たのに? 



 意味が分からず、涼夏に渡されたノートを開く。

 すると、涼夏に話しかける女子たちの声が微かに聞こえてきた。


「二宮さん、アレと仲いいの?」


 アレ呼びとはなかなかに失礼だが、そんなことよりも俺は、涼夏の答えに全ての意識を持っていかれた。


 涼夏はアレ、と言われちらっとこちらを見たかと思うと、首を少しだけ傾けた。

「そうねえ」その言葉に、教室にいる全ての生徒の注目が集まる。


 しかし涼夏はそんなこと気にした様子もなく、少しだけ微笑んで言った。


「別に、仲良くなんてないわ」


 その言葉に、だよねと頷く女子。俺も思わず同じことを言いそうになってしまう。

 しかし、何となくノートを開いた俺は、思わず笑ってしまったのだった。




 ノートの最後のページには、勉強会の時に見たウサギが描かれており、手に持った看板には涼夏の可愛らしい文字でこう書かれていた。


『困った時はお互いさま!』


 顔を上げると、こちらを見ていた涼夏と目が合う。

 涼夏は悪戯が成功した子供のように笑ってこちらを見ていた。


(ほんと、勘弁してほしいよな……)


 幼馴染が見せた可愛らしい「ツンデレ」に、俺はただただ白旗を振ることしか出来なかった。



 空で輝く太陽が梅雨の終わりを教えてくれる。

 夏はすぐそこだった。







(後書きです)

これで1章的なのが終わりました。ありがとうございます。

次回から番外編投稿していきます。

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