番外編1話 幼馴染の定義



 幼馴染の定義とは、一体なんだろうか。

 幼い頃に仲が良かった友人のこと? それとも、家が近い同年代の子供のこと? 




 私にとって幼馴染の定義とは、お互いの関係性だった。幼い頃どれだけ仲が良かったって、大きくなってから疎遠になった相手を、私は幼馴染だとは思えなかった。ただ昔仲が良かった友人、それだけだった。



 私には一人の幼馴染がいる。

 だが私の定義からいえば、幼馴染がいた、になるのだろうか。


 生まれた頃から隣に住んでいる仲の良い少年、それが彼に対する印象だった。


 幼い頃、私たちが幼稚園にいた頃は、私たちの仲はとてもよかった。

 あの頃の全てを憶えているわけではないし、ぼんやりとした記憶も多いが、そのぼんやりとした記憶の中でもいつも一緒にいたし、何をするにしても彼がいなかったら何か物足りなかった。


 しかし小学校に入って、女の子と男の子が遊ぶのはおかしくて、恥ずかしいことであると友達から言われた。

 そう言われるとそのように思えてくるもので、私も彼と遊ぶことが、なんだかとても恥ずかしいことであると思うようになった。


 だから私もみんなに合わせて、彼とは遊ばなくなった。一緒に遊ぶことはおろか、喋ることも少なくなった。


 正直に言って、最初は少し寂しかった。だって彼とは生まれた時からずっと一緒だったし、気を使わなくても済む唯一の友達だったからだ。

 だけどそんな気持ちもすぐになくなって、私は彼がいない日常に慣れていった。


 しかし彼は慣れなかったようで、ずっと私と喋ろうとしていた。


「涼夏、一緒に帰ろうぜ〜」


 そんな声が今でも耳の奥で響いている気がする。当時の私は、断ることに対して申し訳なさを感じていたので、毎回ごめんねと謝っていた記憶がある。

 最初は嬉しく感じた。私がそっけなくしたにも関わらず、彼は私から離れずに話しかけてくれたからだ。向こうも私のことを気を使わなくてもいい友達だと思っているという気になれたからだ。



 だがそう思ったのも最初だけで、繰り返し喋りかけられ付き纏われることに、だんだんと嫌気が差してきた。

 喋りかけないでと言っても無視して喋ってきたり、ついてこないでと言ったにも関わらずずっとついてきたり……とにかく面倒臭く感じたし、その頃には少し彼のことを嫌いになってしまっていた。

 多分彼も不安だったんだろうと思う。今まで仲が良かったのにいきなり突き放されて、戸惑っていたのだと思う。今考えると、本当に悪いことをしたと思う。


 中学に入る頃には、過剰に反応するよりかは淡々と受け流した方が良いことに気づき、私たちの仲は以前にも増して冷ややかになった。彼は幼稚園の頃と変わらず私に付き纏っていた。

 段々と、私と彼の関係は全校生徒へと広まっていった。女の子と、その子に付き纏う男の子、みたいな内容だった。正直、そんな感じで噂されるのはすごく嫌だった。

 別に目立ちたい訳じゃないのに、彼が近くにいるだけで否が応でも目立ってしまう。

 だから、彼に話しかけられても無視することが増えてきた。


 なんて嫌な子だろうか。これを思い出すたびに、少しだけ自己嫌悪に陥ってしまう。


 無視されているというのにも関わらず、彼は構わず私に話しかけてきた。

 HR前も、昼休みも、放課後も。小学校の頃と変わらぬテンションで、ひたすらに話しかけてきた。


 周りの生徒たちも、口には出さないが「二宮涼夏と彼は仲が良い。あの二人の間には入れない」みたいな空気を出していた。そのことも、私は気に入らなかった。正直、あの頃の私はまだ未熟だったのだ。



 中学時代は過ぎるように去って、高校へ入学した。

 家の近くではなく、少し遠くの高校へ行くことにした。これ以上彼に振り回されるのも、噂に振り回されるのも嫌だったからだ。


 なのに、彼はついてきた。

 偶然かどうかはわからないが、彼は私と同じ高校に入学してきた。

「やっぱ幼馴染ってすごいね」と友達は言ったが、私は喜べなかった。


 幼馴染といっても、幼稚園の頃に仲が良かっただけで、今は別に友達でもなんでもない。私にとって彼は面倒臭い人で、仲良くなりたいとも思っていなかった。


 彼は嬉しそうに「同じ高校だな!」と私に言ってきた。

「そうね」とだけ答えた。彼、そんな勉強できたっけ? 


 運悪く高校のクラスも一緒だった。

 彼と私の関係は、瞬く間に高校の噂になった。

 美少女(あくまで噂をそのまま言っているだけである。私が言ったことではない!)と、そのストーカーがいるなどといった噂が、同級生や一つ上の学年にまでも回っていた。

 正直、私は彼のことをストーカーだとは思っていなかった。別に休日に付け回されたことはないし、やっていることと言えば毎日話しかけてくるくらいだったからだ。

 まだ私のことを友達と思っているのかな、くらいにしか思っていなかった。


 同じバスに乗って、同じ教室で授業を受けて、同じ方向へ帰る。

 中学の時と変わらない日常が続いて行くと思っていた。


 あの日までは──




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