番外編2話 変わりつつある日常
ある日、彼に屋上に呼び出され、よくわからない質問をされた。
「あのさ、涼夏って、ツンデレ?」
もしかして告白かな、と思っていた私は、肩透かしを食らった気分だった。
正直、意味がわからなかった。
ツンデレって、あのツンデレ? 漫画とかに出てくる、好きな人にそっけない態度を取っちゃうようなキャラクターのこと?
誰に対してツンデレなのかと聞いたら、彼は自分と言った。
一応断っておくが、私はツンデレではない。ツンデレではないし、ツンデレっぽい言動をしたこともないはずだ。
「ごめんなさい、ツンデレじゃないの」。そう言うと、彼はリストラされたサラリーマンのような絶望の表情を浮かべていた。なんだか少し申し訳なく思えてしまう。
このまま彼を放置するのは少し気が引けたが、もうすぐバスが来てしまう。私は彼に挨拶をして、そのまま屋上を後にしたのだった。
その日から、あれほど私に付き纏っていた彼は、私に話しかけなくなった。
▽
「ねえねえ、聞いた?」
数日後、学校へ行くと、友人が何やら興味津々といったような表情で話しかけてきた。
「何?」
「榎本くんいるじゃん。なんか、今度はこの学校にいる全員の女子をナンパし始めたんだって!」
思わずずっこけそうになる。知らない間に元幼馴染が変になってしまっていた。いや、変なのは元からだけど……。
「二宮さん、何か知ってる?」
興味深そうに友人がそう聞いてくるが、あいにく私は何も知らない。そう伝えると、なあんだとその子は離れていった。その後ろ姿は、噂という新たな獲物を探す獣だ。
その後、色々な人に同じ内容の話をされた。曰く、彼が仲良くなりたいと言って全ての女子に喋りかけていたというものだった。本当に、なんでそんなことをしたのか……。
しかし、そんな話題よりも中間テストの方が大事だった。彼のことは脳みその隅っこの方に追いやって、私は勉強に集中した。
中間テストが終わった数日後、本格的な梅雨の始まりを感じさせるような雨が降った日。
傘を持ってきていないことを忘れ図書室で勉強をしていた私は、ピロティの下でぼんやりと立ち尽くしていた。
そこに彼は現れた。教室の掃除をしていたと言った彼は、少し気まずそうに、校庭を眺めていた。
私も少し気まずかったが、それよりもどこか懐かしかった。
暫く彼に話しかけられていなかったからだろうか、面倒臭いとか嫌いとか、そんな感情抜きに彼と話し合えるのが、少し、嬉しかった……気もする。
こんなことを言ったら、彼に「ツンデレ」だ、なんて言われるのかなと考えて、自分でも少しおかしかった。
彼は、傘を忘れた私に自分の傘を押し付けて、自分は雨に打たれながら走って帰ってしまった。
どたどたと走り去る後ろ姿が幼稚園の頃の彼と重なって、彼には申し訳ないが少し笑ってしまった。
次の日、HR前に教室に来た彼は、風邪ということで早退するらしかった。
多分……というか絶対私のせいだ。
一瞬、彼と目が合って、急いで逸らしてしまった。なんだかすごく申し訳ない気分だった。風邪をひいてまで私に傘を使わせてくれた彼を、今まで冷たくあしらっていた事実が、今になって私を締め付けた。
だからだろうか、私は自分から、彼に中間テストを渡しに行くと担任に申し出たのだった。
久しぶりに訪れた彼の家は、幼い頃の記憶とほとんど変わっていなかった。
思っていたより体調が悪そうな彼と喋っているうちに、なんだか酷く昔が懐かしくなってしまった。
彼と一緒に勉強をする約束をした。
なんでだろう、少し不思議な感覚だ。数ヶ月前まで面倒臭いと思ってたし、ろくに喋ってもいなかったのに、今目の前にいる彼に対してすごく親近感を覚えた。それは多分、懐かしさのせいだけではなかったはずだ。
勉強会前日に、服装で悩んだのは彼には内緒だ。
いくら勉強会とはいえ、男の子と二人で会うわけであって、流石に適当な服装で行くわけにはいかない。かといってあまりに気合を入れすぎるのも少し恥ずかしい。
短くはない時間悩んで、結局ボーイッシュな格好にすることにした。これなら気合入れすぎな感じはしないし、それでいて可愛い。
そうして当日に待ち合わせ場所に行ったら、そこには明らかな不審者がいた。彼だった。
どうやらどんな服装で行くか迷いに迷ってこの服装になったらしかった。聞いていて意味がわからなかったが、慌てふためく彼の顔は少し面白かった。
近くの喫茶店に入り、駄弁りながら勉強をする。
正直言って、すごく楽しかった。
まるで幼稚園の頃に戻ったみたいに、彼と一緒に話した。
ノートの端に描いていたキャラを見つけられ少し馬鹿にされた。
「大切なことを教えてくれるオリジナルキャラ?」彼は笑ってそう言った。別にそういうつもりで描いたキャラじゃないのに、と熱くなる頬を押さえながら、私は言い訳をするのだった。
幼稚園の頃と変わらない彼の表情を見て、声を出して笑った。
なんだか、心の底から楽しかった。
ストーカーとか、幼馴染とか、全部忘れて、ただ友人として笑い合った。
気を使わずにいれる友人というのがこれほどまでに心を軽くしてくるのだとは知らなかった。
けど、そんな軽くなった心はすぐに引きちぎられるのだった。
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