第21話 毒をもって毒を制す



 六月某日。Xデー。梅雨の終わりを感じさせる、快晴だった。


 Xデーといったが、精密に言えばもう計画は既に始まって、ほとんど終わっていると言っても過言ではなかった。

 いつも通り登校するが、校門に入るあたりから一部の生徒から視線を感じる。計画は順調に遂行しているようだった。


 職員室へ行き、発表のために必要だということで印刷機を使わせてもらう。ここがこの計画の一番の難点だろう。何せ何十枚もとあるものを印刷しなければならないからだ。

 なんとか印刷機を体でガードして、教員に見られないようにする。ここで見られたら計画がおじゃんになるどころか、俺の高校生活全てがおじゃんになってしまう。

 咳払いを多用してなんとか印刷の音を誤魔化しつつ印刷する。


 出来上がった紙を全て鞄の中に詰め込み、逃げるように職員室から出る。心臓がばくばくと激しく鳴り響くが、頭はどこまでも冷静だった。

 教室へ行ってもよかったのだが、すぐに行くのは少しまずい。消去法で屋上に行くことにした。


 雲一つない空だった。太陽は照り輝いていて、まるで今日の作戦を祝福するかのようだ。

 まあ、祝福されるような作戦じゃないんだけど。


 校庭を見下ろして、登校してくる生徒たちを見やる。涼夏はいるかなーと探してみたが、それらしき人影は見えなかった。


 大きなため息を吐くと、それに合わせたかのように一陣の風が吹いた。なんだか、涼夏がツンデレではないと聞いて絶望したあの日を思い出す。まだ一か月くらいしか経っていないが、既に昔のことのようだ。


 感傷に浸るのもそこそこに、俺は屋上を後にし教室へ向かった。



 ▽


 俺が教室に入った際、明らかに空気が変わったのを感じる。

 教室内にいた生徒たちしんと静まり、全員がいっせいにこちらを見て、俺と目が合いそうになると急いで逸らした。

 計算通りである。


 自分の席に行く途中、智と知己がこちらを見ていることに気付く。やり切ったとでもいわんばかりの表情を浮かべる二人に親指を立てると、あちらも立て返してくる。

 ちなみに俺が親指を立てた瞬間、周りにいた生徒たちが少しだけ身構えた。ちょっと傷つくね。


 席に着く。涼夏はまだ来ていないようだった。


 次第にざわつきを取り戻し始めた教室の中で、俺は一人窓の外を見つめる。それしかすることがないからだ。誰も話しかけないし、話しかけようともしない。まあ、俺がそうさせてるんだけど。


 ひそひそと話す声が教室のあちこちから聞こえてくる。確かカクテルパーティ効果だったか……騒がしい中でも俺の話題だけは聞き取ることが出来た。


「……だって、……やばいっしょ」

「前から……だったし……」


 全ては聞き取れないが、まあ喋っている内容は大体理解できる。


 一言で言うのなら「あいつならやると思ってた」って感じである。





 そんな中、教室のドアが開き、涼夏が入ってきた。途端に再び静まり返る教室。

 ただし、昨日のような腫物を排除するための静寂ではない。


 それは、被害者を憐れむ静寂だ。



 それこそが、俺が立てた計画──毒を以て毒を制す作戦である。



 もったいぶったが簡単なことだ。涼夏の噂が広まったのなら、もっとやばい噂を流して上書きすればいい。

 もちろん、涼夏と関係ない噂を流しても上書きされることなんてありえない。流すのは、涼夏に関する新たな噂である。


 そう、涼夏が被害者であるという噂だ。



 この計画を企てた日、俺は智と知己に連絡をして、一つのことを頼んだ。

 それは、俺に関する噂を流してほしいということだった。


 ・榎本彰は二宮涼夏のストーカーである。

 ・榎本彰は十年以上二宮涼夏をストーキングしている。

 ・榎本彰は二宮涼夏の交友関係を全て記したノートを作って、害となる人間を攻撃する。

 ・榎本彰は二宮涼夏の家族を取り入れ、彼女に接近しようとしている。

 ・噂のあのツーショットは、家族を人質に取られた二宮涼夏が仕方なく榎本彰と密会しているところである。


 主にこういった噂を流してほしいと頼んだ。やばい、見返すだけでも胃が痛くなってくる。

 噂を流布する対象は女子ではなく男子である。女子に言った方が拡散されやすいかもしれないが、拡散されるだけではあまり人の心に響かない。今この計画に必要なのは「涼夏に対する同情」である。その点、男子はチョロい。美少女がストーカーに嫌がらせされているのだ。これで同情心を抱かない思春期男児がいるだろうか? いやいない。

 こういった噂が一度グループラインに拡散でもされればもう止めようがない。噂を聞く人が多ければ多いほど、その噂は力を増していく。多くの男子が噂を信じ涼夏を守ろうとすることで、今まで中立的な立ち位置だった一部の女子もそれに乗っかることが出来るのだ。


 事実、涼夏が教室に入ったこの瞬間の室内の構造は、簡単に言えば

 涼夏を守ろうとする男子(一部の女子)VS俺

 である。効果てきめんすぎてちょっと怖い。



 涼夏は何が起きているのかわかっていないだろう。今まで一人ぼっちだったのが怪我の功名だった。


 だが、計画はまだ完了していない。最後の一押しを、俺がしなければならない。

 そしてこの計画が終わった時、きっと全校生徒は涼夏の味方になり、涼夏含む全校生徒が俺の敵となるだろう。


 まあ、いいや。涼夏には元々好かれてなかったんだし、元に戻るだけだ。全校生徒だって、まあ半年も経てば赦してくれるだろ。



 赦してくれるかな? 


 やばい、ちょっと不安になってきた。

 助けを求めて智を見ると、満面の笑みでサムズアップをしてきた。



 空気の読めないその行為に思わず笑ってしまった。

 俺の爽やかな笑みに、周りの席の生徒たちが少しざわついた。



 ……一年で何とか赦してくんないかな……。

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