第32話 噂
「なんで生徒会に人が入らないか?」
翌日の昼休み。今日は生徒会の手伝いはお休みになりその代わりに作戦を考えましょうということで、昼休みは久々の自由時間だ。
自由時間だというのに俺の頭の中にあるのは生徒会役員づくりのことで、一人では良い案を何も作れなかったので不承不承目の前に座っている愚図共二人に聞いているという次第である。
「そりゃおめー、仕事したくないからだろ」
「そんな人間が存在するとは……もう終わりだよこの国」
「自分の幼馴染の交友関係ノート作ってストーカーしてるような人間がいる国だぞ。始まってすらいねえよ」
「効くゥ~」
馬鹿な会話はそれくらいにして、話を元に戻す。
「けど、生徒会に入るメリットもあると思うんだがな」
「責任負ってまで入りたいと思わないんじゃないかな?」
「そんなもんか」
「それと、生徒会長が秋葉先輩だからってのもあるかも」
「どゆこと?」
まさか、秋葉先輩が嫌われてるから誰も生徒会に入りたがらないとか? けどあの性格だぞ、誰にも嫌われてないどころか全人類から好かれていても不思議ではないはずだ。
知己は「別に嫌われてるってわけじゃないよ」と前置きした上で、喋り出した。
「今年入学した生徒は関係ないけど、上級生とかはちょっとしたしきたりがハードルになってるっぽいんだよ。知り合いの先輩から聞いたんだけど」
「なんのしきたり?」
「生徒会は美男美女しか入ったらダメっていうしきたり」
「なんだそら」
何やら神聖なしきたりがあったのかと身を乗り出して聞いたのが馬鹿みたいだ。
がくりと肩を落とした俺に、知己が続ける。
「信じてる人がどれだけ多いのかはわかんないけどね。前の生徒会長もすごい美人で格好良かったらしいよ。そんで副会長や書記なんかのメンバーも美男美女ばっかりで、そういう噂が流れてたらしい」
「ま、特にこの学校は生徒会長が他のメンバーを決める方式だからな。周りに美男美女しかいなかったらそう思う人間が出るのもしょうがないと思うわ」
「それはそうか……」
俺がもし生徒会長になったとして、周りの人間を全員ツンデレで固めたら「ツンデレ以外は生徒会に入れない」みたいな暗黙の了解が生まれるのかもしれない。あれ、そうしたら自然とツンデレが俺の元に集まってくるのでは?
一瞬そう考えたが、そういった暗黙の了解が流れた結果今現在秋葉さんは一人で生徒会の仕事をしていたのだった。世の中上手く行かないもんである。
「そういう不文律が生まれたら、周りの目が気になって手を挙げられないっていうのもあるかもね」
「そこを何とか生徒会役員増やせないか?」
「権力が手に入るって言えば?」
「それで寄って来るのは生徒会役員とは全く別の位置にいる人間だろ」
「しかし俺らに聞かれてもなあ。俺らも生徒会とは真逆の位置にいる人間だぞ」
確かにそのとおりである。俺たちは別に不良ではないが真面目ではない三人組なのだ。生徒会役員について考えるような生徒ではないことは確かである。
智と知己は俺の生徒会の話なんてどうでもいいのか、すぐに別の話題に移っていた。
「生徒会長といえばあの幽霊の噂って結局マジなのか?」
「いろいろ騒がれてるけど、結局本当なのかはわかってないんだよね」
「なんの噂?」
「知らんの?」
「生徒会で忙しそうだったし、聞いてないんじゃない?」
最近昼休みや放課後も仕事し通しだったので、そういった噂などに関しては確かに情報を仕入れていなかったかもしれない。
「で、どんな噂?」
「学校の七不思議ってやつだよ。最近夜の学校に忍び込んだ生徒がいたらしくて、そこで女の幽霊を見たっていう噂」
「いかにもって感じの噂だなあ……どんな幽霊だったんだ?」
「それがなかなかに説明しづらい見た目をしているらしくてな」
智の言葉に、俺は首を傾げた。
「説明しづらい見た目? どういうことだよ」
見ると、知己も少し喋りづらそうだ。そんな規制かかるような見た目なの? そんなの平凡な学校に出ていい幽霊じゃないだろ。
しかしどうやら俺の予想は間違っていたようだった。
「ま、簡潔に言えばその幽霊の見た目が、一つ前の代の生徒会長にそっくりなんだって。今話した、かっこよかったっていう先輩の」
「……一応聞くけど、その生徒会長は生きてるんだよな?」
俺の質問に、二人は顔を合わせてこちらを見た。何だか不気味な表情である。
知己が身を乗り出して、誰も聞いていないにもかかわらず小声で俺に言った。
「それが、卒業してからその元生徒会長を見かけたって人が一人もいないんだよ。いきなり忽然と消えちゃったんだ」
「進学して地元から離れたとかじゃねーの」
「俺もそうなんじゃないかと思ってるんだけど、どうやら前生徒会長、進学とか就職について何も言わずに卒業して、それから姿を消したらしいんだよな」
少し不気味な話である。しかしなぜ姿を消した元生徒会長サンが今更幽霊になってこの学校をうろつかなければならないんだろうか。
そう言うと、知己は手を前に掲げ、ひゅ〜どろろとでも言わんばかりの表情でこちらを見た。
「そりゃ、卒業して何かの事故に巻き込まれて死んでしまった元生徒会長の霊が、成仏しきれずに校内を彷徨ってるんだよ……」
「あほくさ」
何が事故に巻き込まれて死んでしまった霊だよ。全部妄想じゃん。
「第一、夜に校舎に忍び込んだ生徒ってのは誰よ。なんで夜に忍び込む必要があったんだ」
「それは誰かわかんないけど、まあ怪談ってそういうもんだし」
確かにそれはそうである。噂なんてものは往々にして広まるにつれて改悪に改悪を重ねられるものなのだ。最近身を持って体験した。思い出しただけでもちょっと胸が痛むわ。
「ていうか、この学校にも七不思議みたいな怪談なんてあったんだな。全然聞いたことなかったわ」
「あるのはあるけど、そのうちの六つが『美少女に付きまとうストーカーの狂気』みたいな噂だよ。後一つはありきたりなのだけど」
「生徒会長の含めて八つあるじゃん」
「その前に七不思議の噂のうちのほとんどが自分のことについての疑問を持てよ」
まあ噂流れてるのは今に始まったことじゃないからね。しょうがないね。
そしてその七不思議(八不思議)に、今回の元生徒会長の幽霊が加わったというわけだ。
「そんで、その元生徒会長はどんな見た目してんの?」
「どんなんだっけ。白い髪と赤い目の、すらっとした人だったはずだよ」
「……白い髪で、赤い目……?」
あれ、なんかどこかで見たことある特徴だな。どこだっけ。
記憶の底を漁って何とか思い出そうとする。
「この前卒業写真もらったんだよね……あ、あったあった、これ」
思い出すよりも前に、知己から携帯を差し出される。
そこには、青い背景を背にこちらを見る一人の少女が写っている。
絹のようにきめ細やかな白い髪に、爪を立てればすぐに傷になってしまいそうなほどに繊細そうな白い肌。笑みを漏らすこともなく無表情でこちらを見る瞳は真紅だった。
「この人……」
写真を見て思い出した。生徒会室に入る前に屋上に続く階段を登っていた女性だ。
背筋がぞっとなる。見たことのない生徒だとは思っていたが、まさか、幽霊──
「いや、まさか」
馬鹿げた思考に思わず頭を振る。幽霊なんてこの世にいるわけがないんだ。何かの見間違いか、それか久々に校舎に訪ねてきた元生徒会長をたまたま見ただけだろう。制服を着ていたのは多分コスプレしたい気分かなんかだったのだ。そうに違いない。
写真を凝視している俺を不思議に思ったのか、智が口を開く。
「随分見惚れてるな。新しいヒロイン候補か?」
「残念だったね。前生徒会長はツンデレとは真逆のクール系の人だったらしいよ。ずっと無表情だったらしいし」
「アホ言え。そんなんじゃねえよ」
「ちなみにあだ名は微笑みの貴公子」
「微笑んでねえじゃん」
「だからこそたまーに見せる微笑みにやられる生徒が多かったんだろ」
それにしてもあだ名が古すぎる。誰がつけたんだよ。この学校の生徒は一昔前のオバハンか?
しかしまあ、この容姿でツンデレられたら相当な破壊力であることは間違いないだろう。写真の中の、少し釣り目気味な瞳をこちらに向け、真っ白な肌を紅潮させながら「ば、馬鹿っ!」なんて言われた日には前生徒会長に代わって俺が成仏してしまう。
って、勝手に殺してしまっていたが、前生徒会長は別に死んでしまったとかそういうわけではないのだった。
「だからさ、俺らで夜の校舎を探索してみて、本当に幽霊が出るか確かめてみようぜ」
「いいねえ、楽しそう」
俺がツンデレの妄想をしている間に二人の間でかなり話が進んでいたらしく、何故か夜の校舎を探索することになってしまっていた。
楽しそうだが、正直乗り気じゃない。というか、そういうのを見過ごすわけにはいかない。
「一時的とはいえ今の俺は生徒会を手伝ってる身だぞ。流石にそれはできんわ」
生徒会に入っていようとヤンチャするのは自由だとは思っているが、そのせいで秋葉さんに迷惑がかかるのは申し訳ない。なのでせめて生徒会の手伝いをしている間くらいは真面目でいたいのだ。これはポイント高い。
そんな俺を馬鹿にする目で眺める智。こいつの言わんとしていることなんて考えなくてもわかる。案の定、想像通りの言葉が飛んできた。
「おいおい、ビビってんのか?」
「んなわけねえだろ。幽霊が出てきたら俺のド強肺活量で全部吸い込んでやっから」
「それ憑りつかれてない?」
むしろ俺が幽霊に憑りついてるまである。
それはともかく。
「まあ、だから夜の校舎探検は俺は行けんわ。二人で楽しんでくれ」
「さすがに二人きりはヤだな」
「ね。また今度にしようか」
「生徒会の仕事が終わった瞬間思いっきり遊べるからそれまで待っててくれ」
「それでいいのか?」
まあいいだろ。
……よくはないか。
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