【悲報】10年間ツンデレだと思っていた幼馴染に本当に嫌われていた

じゅそ@島流しの民

第1話 男子高校生はツンデレ幼馴染の夢を見るか?





 ツンデレ、それは人類が生み出した最高傑作。世に生まれ落ちた全ての概念の中で最も尊いもの。


 十人十色という言葉があるように、この世界には数多くの人間がおり、それぞれが違う性格を持っている。社交的な人間もいれば、恥ずかしがり屋もいる。楽観的な人間がいると思えば、すぐ隣に悲観的な人間もいたりするのが人間の面白いところだ。

 もちろん全ての性格に良い部分があり、その点を否定する気は全くない。

 だがこの世界の中で一番素晴らしい性格は何かと問われたら、その答えは明白である。それはツンデレだ。



 かつての偉人はこう言った。

「人間はツンデレかそうでないかでわけられる」。


 人間はツンデレを愛すために生まれ、ツンデレに愛されるために生きているのだ。

 人々はツンデレを愛し、その聖域に至るために日々もがいている。



 ここに一人の少年がいる。

 真っ直ぐ育つはずだったこの少年は、ツンデレという概念に出会い全く変わってしまった。

 世界はツンデレを中心に回り、世にある全て、風に戦ぐ草花やせせらぐ小川、囀る小鳥に轟く雷鳴まで、全てがツンデレを礼賛しているのだと信奉するようになった。人々が彼を馬鹿にしようとも嘲弄しようとも、彼は揺らぐことはなかった。彼の中ではツンデレこそが全てであり、全てがツンデレであったからだ。


 しかし、ツンデレを愛しツンデレに全てを捧げた少年は、とある一つの間違いを犯してしまう。

 とてつもなく大きく、そして取り返しのつかない間違いを。







 ──そう、ただ自分を嫌っている幼馴染を、ツンデレだと勘違いし付き纏うという、とんでもない間違いを……。



 ▽







 さて、何から話せばいいだろうか。


 俺が他人と比べて特に秀でたところもなく、かといって他人と比べて特に劣ったところのない、いわゆる平々凡々な人間であるとか、小中通して女子から告白されたことが一度もないとか、この歳になってまだゴーヤが苦手だとか、音痴過ぎて合唱コンクールの時にアカペラにさせられて涙目になっていただとか、話したいことは山ほどあるが、悲しいことに俺が今話すべきことは自分自身のことについてではない。


 俺が話すべきことは、一人の少女についてだ。


 その前に、少しだけ自分自身について紹介したい。結局話すんかいという読者のツッコミは無視することとする。



 非常にシンプルに説明すると、俺という存在は実につまらない生物だった。動物図鑑でいうと、六十ページ目くらいの、ちょうど読者が飽きてくるころにぽろっと出てくる、見たことも聞いたこともないような動物、それが俺。

 先ほども言ったが別に何か秀でたところがあるわけでもないし、他人との会話精製能力が非常に高いというわけでもない。さらに言うと人に気を使えるほどに優しく繊細な性格をしているわけでもないといった、まあいうなれば人間の平均点みたいな人間なのだ。ミスターアベレージ。なんかちょっと格好いいね。


 さて、そんな地味な俺であったが、一時期は自分こそが世界に選ばれた主人公なのだと思って疑わなかった時期があった。

 というか、つい最近までそう思っていた。


 そしてその理由こそが、俺が話すべき一人の少女、そう、俺の幼馴染である二宮涼夏にのみやすずかであった。


 彼女は冴えない俺の人生にとって太陽のように眩しく、また月のように美しい存在であった──なんてアホくさいポエムチックな言葉を知らず知らずのうちに吐いてしまうほどに、彼女は俺にとって特別な存在だったのだ。


 二宮涼夏、その美しい名前の響きに、何度心ときめいたものか。

 腰まで届く、流水のように美しく静かな、青みがかった菫色の髪。柳のように優しげで品のある眉に荘厳さを感じる力強い瞳。鼻梁はまるで神々が住まう聖なる山の如く美しく高く、しかしながらその中に微かな柔らかさも感じられる。唇は薄紅、開き始めた桜の蕾のような恥じらいがありけり。


 ……俺は一体何を言っているのか。とにかく、俺の幼馴染は凄まじいほどの美少女だったのだ。



 そして、なんの運命のいたずらかはわからないが、この二宮涼夏は俺の隣の家に住んでおり、親同士の仲が非常によろしかったために、小さな頃からよく遊んでいたりもしていた。


 考えてもみてくれ、こんなシチュエーションで自分がこの世界の主人公だと勘違いしない人間がいるか? いやいない。断言できるね。

 事実俺はつい最近まで勘違いをしていた。

 俺が涼夏を想っているように、彼女もまた俺のことを想っているのだという、馬鹿げた勘違いを。




 ▽




 幼い頃──小学校に入る前くらいまでだろうか──は、俺と涼夏の仲はかなり良かったんだと思う。というか、そう信じたい。休日に一緒に遊ぶなんてのはしょっちゅうだったし、一緒にお風呂に入ったりもしていた。ちなみにこれは今でも俺の自慢話の一つである。これを話したら大抵の人間から気持ち悪がられるのだが、なぜかは理解できない。


 少しずつ事態が変わっていったのは、小学校に入る直前辺りからだった。


 涼夏が、だんだんと俺に対してそっけなくなってきたのだ。

 手を繋ごうと言うと恥ずかしいと言われ、一緒に遊ぼうと誘うと違う友達と遊ぶから無理と言われ。とにかく俺たちの会話は急にぐっと減った。


 まともな人間なら、ああ涼夏も大きくなったから男の子と一緒にいるのが恥ずかしいのかな、と気づくはずである。しかし、そのことに気づく前に、俺はある一冊の漫画本に出会ってしまった。


 その漫画は、今でいうツンデレヒロインものの漫画だった。

 内容こそありきたりと言われても否定できないようなラブコメものなのだが、衝撃だったのはそのヒロインである。


 端的に言うのならば、とんでもなく可愛かった。容姿だけではなく、その性格や立ち振る舞いを含めたすべてが完璧だったのだ。

「べ、別にあんたのためなんかじゃないんだからっ!」。当時ツンデレという存在を知らなかった俺は、その言動一つ一つに心動かされた。ぷいっとそっぽを向きながらも、頬を赤く染めてちらちらと主人公を伺うヒロインの可愛さといったら、俺の乏しい語彙力では言い表せないものであった。このヒロイン以上に可愛い人間を、俺は今までの人生の中で見たことがなかったのだ。

 俺は打ちのめされ、そして確信した。ツンデレヒロインこそが世界で一番可愛いヒロインである。


 そして、俺を取り返しのつかないところまで狂わせたのは、そのヒロインの見た目だった。

 青みがかった髪や真っ白な肌、笑った時の柔らかな雰囲気などが、涼夏とめちゃくちゃ似ていたのである。


 そして、作中で照れたヒロインが主人公に対して発した言葉、「うるさい! あんたなんてもう知らないんだからっ!」を読んだ時、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。





 このセリフ、昨日俺と喧嘩した時に涼夏が言った言葉と全く同じやん! 






 そう、何を考えていたのか、俺はヒロインの容姿が似ているからという理由とその一言で、涼夏をツンデレだと勘違いしてしまったのだ。


 いやほんと、なんでそんな勘違いをしたのか、いまだに理解ができない。



 そのような勘違いをしてしまい、もう何をしても涼夏がツンデレヒロインにしか見えなくなってしまった俺を誰が責めることが出来よう…………結構誰でも責めれそうだ。


 まあとにかく、俺は彼女のすべての言動をツンデレフィルターを通して見てしまったのだ。



 手を繋ぐのが恥ずかしい? ははぁ、ツンデレだな^^


 一緒に遊ぶのが恥ずかしい? ははぁ、ツンデレだな^^


 会話が減ってきた? ははぁ、ツンデレだな^^



 あの頃の俺のメンタルはどうなっていたんだ。

 涼夏からすればたまったものではなかっただろう。家が隣というだけの知り合いが執拗につきまとってくるなんて、想像しただけで恐ろしいものだ。だが当時の俺は本当に疑うこともなくひたすらに彼女に話しかけていた。


 小学生になり、さらに中学生になり、俺らの会話はますます減っていった。小学生の頃はまだ「もういいから! 話しかけないでちょうだい!」くらいのツンデレ的反応を見せてくれていた涼夏だったが、中学生にもなると落ち着き始め、俺がしつこく話しかけても「ふうん……そう……」くらいにあしらわれてしまっていた。

 だが俺は全く心配していなかった。なぜなら、俺の中での涼夏は俺が大好きで、俺と喋りたくて喋りたくてしょうがないけど恥ずかしいから喋りかけられないツンデレヒロインになっていたからだった。


 俺が彼女に話しかけ、彼女が困惑気味に答える。これがいつものテンプレートだった。

 今考えると、俺は涼夏の周りをうろうろしているやばいストーカーだと周囲から思われていたんだろうな。いやまあ、実際そうなんだけど。


 そんな感じの生活が続き、俺たちは中学を卒業し高校に入った。もちろん、同じ高校である。家からは少し遠い、進学校とはいかないまでも、俺からすればじゅうぶんレベルの高い高校だった。その高校を選んだ理由はもちろん涼夏のためであった。

 運の良いことに、涼夏と同じクラスになった。学校に通う時に使うバス停も同じだった。


 これからも同じような日常が続いていくのだと思っていた。そう、あの日までは……。


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