第2話 運命の日 ①
「改めて思うと、お前ってホント変わってるよな」
昼休み。学生であれば誰もが喜ぶ時間帯。自分の席につき昼食であるメロンパンを齧っている俺にそんな言葉が投げかけられた。
高校入学から一か月ほどが経過し、窓から見える桜の花びらは既に消え去って青々とした若葉が初夏を告げている。
ちらりと声の方に視線を向けると、弁当箱を手に白飯をかきこんでいるアホ面が見えた。
「いきなりどうしたんだ」
「いや、さっき廊下歩いてる時にお前について話してるやつらがいたから、ちょっと盗み聞きしてたんだよ」
「全く、人気者はつらいな……」
「いや、彰についての話題は大抵陰口か悪口かゴシップだよ」
俺と智の会話に割り込み椅子をどんと置いたのは、同じく友人の
しかしこいつ今なんて言った? え、俺そんな色んなこと言われてんの?
「俺の悪口言ってるやつなんてこの世にいるん?」
「溢れてるぞ。事実さっきの廊下での会話も悪口だったし」
「彰はそこら辺の政治家よりも悪口言われてるよ」
「言われ過ぎじゃね?」
そこまで言われてないだろ。……ないよね?
少々心配になり、尋ねてみる。
「それで、どんな悪口?」
「大体想像つくだろ。二宮さんに付きまとってるストーカーに対する悪口」
「まあ、良くも悪くも目立つからね二人は」
そっと、視線を巡らせ、今まさに話題に上がった彼女の背中を見やる。
教室の入口から一番近い席に腰を掛け、友達と談笑をしている涼夏は、今日も今日とて美少女だった。楽しそうに微笑むその横顔は同い年とは思えないほど大人びて見える。
「てか、ストーカーじゃねーっつの」
「やってることはほぼ一緒だろ」
「幼馴染なんだっけ?」
「十年も前の話だろ。俺だって幼馴染いるけど、もう全く喋らんわ。たまにばったり出くわしてちょっと気まずくなる程度だな」
智の言葉を鼻で笑う。
中学からの知り合いの知己は俺と涼夏の関係性を知っているのだが、そのほかのほとんどの生徒は俺たちの関係を知らないので傍から見れば俺が涼夏に付きまとっているように見えるらしい。全く迷惑な話だ。
「お前らの嫉妬で今日もパンが美味いわ」
「昼飯でメロンパン食うなよ」
「それは俺の勝手だろ」
なんだったら晩御飯もメロンパンで過ごせる。
「彰って二宮さんとそんな仲良かったっけ」
「仲いいよ」
「嘘つけ。まともに喋ってるとこ見たことないぞ」
「そりゃ照れ隠しだろ」
「なんで照れ隠しするのさ」
「知り合いなのが恥ずかしいんだろ」
「お前らの嫉妬で今日もパンが美味いわ」
ちなみに朝ごはんでメロンパンはちょっと重い。
「ちなみに、最後に二宮さんと喋ったのいつよ」
「…………えーっと」
「そんな考え込まなきゃいけないくらい喋ってないの?」
「いや、そんなことないけど……これって話しかけたのに無視されたっていうのも喋ったにカウントする?」
「するわけねえだろ」
「やっぱ避けられてない?」
「いやそんなことはない」
「じゃあなんで無視されるんだよ」
「そりゃおめーあれだよ、ツンデレだよツンデレ」
「出たそれ。入学式からずっと言ってんな」
「中学の時から言い続けてるよ」
なんだったら小学生の頃から言っているが、それは言わないことにしておく。
まあこんな感じで、家から少し遠い高校に入り小中時代の俺たちを知らない奴らに囲まれてしまった結果、俺と涼夏は今ホットな話題になってしまっているらしい。まあ別に俺は注目されても構わんけど、涼夏はあんまり人の注目を浴びるのが好きじゃないから、不躾な視線を彼女に寄越したりするのはやめてほしいもんだ。
「ツンデレツンデレっていうけど、二宮さんがツンデレみたいになってるとこなんて見たことなんだけどな」
「お前はまだツンデレをわかってないんだな」
「一回本人に聞いてみろよ」
「なにを?」
「二宮さんに、ツンデレなの? って聞いてみたら?」
「……まあいいけど、答えは容易に想像できるしなあ」
「どういう風な返事が来ることを想定してるんだ?」
「そりゃまあ、「わ、私がツンデレなわけないでしょ!? あんたなんか何とも思ってないんだからっ!」みたいな感じかなあ」
俺の言葉に、智と知己は二人揃って頭を抱えた。なんだこいつら、失礼な奴らだな。
「お前、ほんとに二宮さんがそう答えると思ってるんか」
「さすがにそれはないと思うけど……」
「まあ見とけって。放課後にでも聞いてやるから」
「なんか大事件になる予感しかしねえわ」
「現実と向き合えなくても、早まったりはしないでね」
「俺をなんだと思ってんだ」
「…………ラインとかで聞いた方がいいんじゃないか?」
「心配しすぎだろ。……てか、俺涼夏にラインブロックされてるし」
「なおさら心配になってきたわ」
「ほっとけ」
メロンパンを口の中に詰め込む。それと同時にチャイムが鳴った。授業めんどくせーとぼやく二人を追い払いながら、俺は次の授業の準備をしている涼夏の横顔を眺めていた。陶磁器のように白く澄んだ肌は、暑さを孕み始めた初夏の空気によって微かに赤らんでいるように見えた。
いや、もしかしてじっと見つめてる俺の視線に気づいて、恥ずかしがっているのかもしれないな。
──そんな馬鹿なことを考える俺は、まだ知らなかったのだ。この何気ないやり取りによって、俺の運命が決定づけられてしまったことに。
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