第25話 再会?



「あ」

「おはよう」


 翌日、珍しく早く起きたので早めに登校してやるかと息巻いて家を出たところ、バス停で涼夏と出会った。

 うっすらと汗をかいている涼夏は顔を手で扇いでいる。俺は一瞬のうちに現世の全てを悟り、涼夏の首筋を流れる汗はこの世の何物よりも尊いものであるという答えに至った。


「暑いね、今日も」

「ほんとにな。あっという間に七月だ」

「この前入学式やったばかりなのに」


 バスに乗る。冷房が暑くなった首元を冷やしていく。席が一つ空いていたので涼夏に座らせると、彼女はこちらを見上げてきた。上目遣いの涼夏の威力、ハンパないね。


「そういえば、昨日の話だけど」

「昨日? 友達作るゲーム?」

「うん。あなたはどういう人と友達になろうとかって決めてるの?」


 その言葉に少し考え込む。どういう人と友達、か……。それは案外難しい質問だ。


「ま、話が合う人だな。俺はあんまりコミュニケーションが得意ってわけじゃないから」

「ふぅん……それって、女の子でも?」


 ……おや、涼夏さん。その言い方はまるで俺に女の子の友達ができることを嫌がっているかのようにもとれる文脈ですよ? 

 いや、取れるってだけだけど。どうせ涼夏はそんな意図もなくただ世間話として話してるだけだろう。実際涼夏の表情は全く変わっておらず、ただ涼げな瞳でこちらを見ているだけだった。


「できるんだったらどっちでもいいけど……俺、話が合うのは基本男だからなぁ。多分友達作ることになっても同性だろうな」

「そう……あなただったら女の子の友達も簡単に作れそうな気もするけど」


 軽い調子そんなことを言う凉夏。最近思ったのだが、彼女は俺に対する評価が異様なほどに高い時がある。俺のどこを見て異性の友人を作れるような人間だと思ったんだろうか? 真逆の立ち位置にいる人間だと思うが。 


「俺が? 絶対できないって。俺が仲良い異性は涼夏くらいよ」


 そう言ってから、しまったと口を閉ざす。つい仲がいいとか言っちゃったけど、涼夏が俺のことをどう思っているかはわからないのだ。もしかしたら面倒臭いけどとりあえず喋ってやるかというスタンスで俺と話しているだけなのかもしれないので、俺が勝手に仲良し認定を下すわけにはいかないのだ。


 しかし俺の後悔など全く気づいていない涼夏は、なんでもないような口調で「そう」と言っただけだった。


 バスが目的地に到着した。

 学校までの道のりを歩きながら、俺は再三どれほど俺に異性の友達がいないかということを強調する。なんで俺こんなこと自分で強調しなきゃいけないんだよ。


「思い出してみてくれ、涼夏。小学校や中学校で俺に異性の友人が一人でもいたか?」

「………………」

「あの、せめて何か言ってもらえるとありがたいんですが……」

「あ、いや……思い返してみたら本当にいなかったなって」

「…………」


 自分から言い出したとはいえ、同意されると悲しい。

 俺をフォローするためか、涼夏が焦ったように言葉を紡ぐ。


「ま、まあこれからできるかもしれないから……」

「俺は異性の友達なんていらないんだよ……」

「……が、がんばって」


 優しい言葉が逆に効くね。





 そんな会話を交わしながら、上履きに履き替えて教室へ向かう。

 俺たちの教室が近づいてくるにつれて、だんだんと騒がしさが増してきた。

 しかしおかしい、明らかにいつもよりざわざわと皆が騒いでいる。いくら俺たちが箸が転んだだけで大笑いするような多感な時期の青少年であったとしても、朝っぱらから廊下まで聞こえてくるほどの喧騒を作ることなんて滅多にない。なんかあったのだろうか。


「なんか騒がしいな。転校生でもきたんかもな?」

「この時期に? もうすぐ夏休みなのに」

「確かに」


 不意に、教室のドアが開き、智が出てきた。

 智は俺を見るなり大声で叫んだ。


「やっと来たかこの野郎!」

「なんだなんだ」

「なんだなんだじゃねえ! とりあえず来い!」


 そう言うと共に手首を掴まれ引っ張られる。ここまで乱暴に扱われると俺が何かをしたのではないかと不安になってしまうが、残念ながら本当に何もやった記憶がない。いや、まあ細かく考えたら結構あるんだけど。

 教室に入ると一斉に皆がこちらを見る。その視線は、「こいつまたやったな」という感情がありありと読み取れるものだった。


「あ、彰。おはよ〜」


 相変わらず呑気な挨拶をしてくる知己に挨拶を返しながら、何が起きているのかを理解しようとする。

 教室内にいる人間は普段より心なしか多い。見ると、隣のクラスの生徒たちもちらほらといた。

 そして、その真ん中に、見慣れない一人の生徒がいるのが見えた。


 黒髪ボブヘアーのその少女は、注目の的になって緊張しているのかやけにあたふたしている。涙目の青っぽい瞳がキョロキョロと泳いでいるのが、ここからでも見えた。


 あれ、どっかで見たことある顔なんだが、思い出せん。


「てか、なんなんだよ」


 いい加減なぜ引っ張られたのか、智に尋ねると、こめかみに青筋を立てた智に睨まれた。


「お前、二宮さんだけじゃ飽き足らず、生徒会長にまで手を出してたのか?」

「は?」


 智の言葉に首を傾げる。

 生徒会長? 一体何のことだ。

 意味がわからんと智に言うと、智は顎で教室の真ん中を指した。


「生徒会長、どうやらお前に用があってわざわざこの教室に来たらしいぞ」

「マジで? あの子が生徒会長?」

「知らんのか?」


 智に促されるまま彼女を見ていると、ばっちりと目が合ってしまった。しかし、正面から顔を見たというのに全く心当たりがないのはなぜだろうか。

 しかしあちらはそうではなかったらしく、俺と目が合った瞬間、安堵の表情でこちらに手を振ってきた。

 生徒会長サンが俺に手を振った瞬間、教室の中に殺気が溢れる。もちろん男子連中から俺に向けられる殺気だ。智も横から俺のことを睨んでいた。


「見ろ、あの顔。お前、あんな顔させときながら全く知りませんは通用しないだろ」

「あんな顔って人聞きの悪いこと言うなよ。誰か別の人に手を振ってるんじゃないか?」

「思いっきりお前を見てお前に手振ってるだろ」

「じゃあ俺を誰かと間違えてるんだよ」

「お前の名前を知ってたぞ」

「じゃあ集団催眠だろ。この教室の中にいるやつら全員が同じ夢でも見てるんじゃないか?」

「おいこっち来たぞ」

「やべ」


 生徒会長サンがこっちに来る。なぜか満面の笑みで。何でこの人こんなに嬉しそうなの? 俺、またなんかやっちゃいました? やっちゃいましたというよりかはやらかしちゃいましたが正しいだろうな。


「あの、ひさしぶり!」


 女性特有の落ち着いた、それでも可愛らしい声で生徒会長サンは言った。それも、俺の目をしっかりと見て。どうやら俺に用があるのは間違いないらしい。

 智に横から小突かれる。


「ほら、やっぱお前じゃねえか。何やらかしたんだよ」

「なんでやらかした前提なんだよ」

「お前が女子とマトモな関係築けるわけないだろ」

「うるせえ。ていうか、築くも何も知り合いじゃないっての。名前すら知らん」


 ぽんぽんと続く智との会話で、思わず本人の目の前でそんなことを言ってしまった。

 すると、


「え……?」


 と言って、生徒会長が目を丸くさせた。

 俺も思わずえ? と返すと、生徒会長の顔がだんだんと絶望で染まっていく。それに合わせて、その目尻に少しずつ涙が溢れてきて──あれ、もしかしてこれって俺やばいか? 

 生徒会長は、涙で縁を彩った瞳を震わせながら口を開いた。


「そ、そんな……あの日から全然会いにきてくれないと思ってたら、やっぱりあれは私を弄んでただけなんだ……」

「何言ってんのこの人!?」


 口を開いたと思ったらとんでもない爆弾発言してきやがった。

 生徒会長の言葉に、教室内を漂っていた殺気がさらに膨れ上がる。ひそひそと何かを囁き合う声が至る所から聞こえてきた。


「今、弄んでるって聞こえたけど、もしかしてアイツ、生徒会長を手玉に取って好きなように弄んでたんじゃ……」

「やっぱり二宮さんも騙されてるんでしょ……」

「ちょっと待てお前ら! 俺は無罪だ! こんなやつ知らんぞ俺は!」

「こんなやつは失礼だからやめようね」

「ごめんなさい!」


 こんな時でも冷静な知己に諭された。なんでこの状況で落ち着いてるんだよ。何者? 

 こんなやつと言われた生徒会長はよほどショックを受けたらしく、数歩後ずさった。流石に挙動が大げさすぎる気がするぞ。 


「こ、こんなやつ……そんな……」

「いやそれはすみませんほんとに、いつもはおとなしい子なんです俺。けど生徒会長さん。多分なんかの勘違いですって」

「言葉巧みに私に近づいてきて、私を喜ばすだけ喜ばして……そんなのって酷いよ……」

「おいこいつちょっと黙らせろ!」


 生徒会長の言葉にかつてないほどの殺気ボルテージが教室内に満ちていく。殺気ボルテージってなんだよ。初めて使ったし今後使う見込みもない言葉だ。

 不意に、背筋が凍りつくほどの寒気が体を襲った。






 あれ、そういえば俺って、誰と登校してたっけ……。


 恐る恐る後ろを振り返ると、教室の入り口には鬼をも殺せそうなほどに冷たい瞳をした涼夏がこちらを見ていた。


「異性の友達はいらない、だったっけ?」

「すみませんでした」


 なんか知らんがとりあえず土下座した。

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