第24話 帰り道




「ちょっと相談があるんだけど」


 涼夏から放課後呼び出され、まさか告白か!? と興奮している俺に対して放たれた涼夏の一声は、見事に告白ではなかった。

 まあ別に告白じゃなかったとしても、涼夏と放課後の教室に二人きりというシチュエーションが素晴らしいので全然問題はないが。


 しかし、涼夏が俺に相談? 一体何を相談するというのだろうか。


 どうやって10年間好きだった幼馴染に嫌われるかとかか? ガハハ! 

 ……はぁ、鬱。


 少し恥ずかしそうな表情の涼夏は、伏し目がちにこう言った。


「その、友達って、どうやって作るの?」

「……ん?」


 今、彼女はなんと言ったのだろうか。

 思わずまじまじと涼夏を見つめてしまう。それが気に入らなかったのか、凉夏は右手をわずかに上げ顔を隠してしまった。可愛い。


「だ、だから、友達の作り方聞きたくて……」

「いやそれは聞こえてたんだけど……なんで俺?」


 別に友達作りが上手なわけでもなければ、友達が多いわけでもない俺にわざわざそんなことを聞いて何を吸収しようというのだろうか。

 ていうか、そもそも涼夏の方が友達多いんじゃないか? 

 そう言うと、涼夏は首を横に振った。


「別に私も多くないわよ。それにまあ、最近またほとんどいなくなったというか……」

「あっ……」


 空気重ない? 

 ちなみに涼夏の友人が軒並み全滅してしまったのは確実に俺のせいなので、その話をされたらとにかく謝ることしかできない。

 だが、だからといって俺に聞くか? 


「けど俺も友人なんて数えるくらいしかいないぞ。それに最近できる可能性も潰えたというか」

「あっ……」


 空気重ない? (2回目)


 少しずつ傾き始めた太陽が教室を退廃的に塗り替える。陽光によって照らし出された埃が舞い散る中に立つ涼夏は何かの絵画のようにも見える。改めて、こんな美少女が俺の幼馴染ってすごいな。多分前世では300万人くらいの人間を救ってきたんだろうな。


「けど、仲良い友達いるじゃない。新井くんと宮澤くんとか」

「あんなやつらの名前なんか出さなくていいぞ。口が汚くなる」

「……仲良い?」

「それなりに」


 微妙な表情を浮かべる涼夏。男の友情なんてこんなもんなんだよ。


「けど、涼夏も最近いろんな人に話しかけられてるじゃん。そしたら友達なんかすぐ作れるだろ」

「それはそうだけど……やっぱりどこか気を遣われてるというか、気まずい時があるっていうか」


 まあ、それはしょうがないだろう。最近までその美貌と付随品である俺のせいで嫌がらせを受けていた涼夏は、やはりどう頑張っても被害者なわけだ。気を遣ってしまうのも無理はない。あれ、俺の存在邪魔すぎじゃね?


「だから、気を遣わなくていい友達が欲しいというか、なんというか……」


 普段ははっきりものを言う涼夏にしては珍しく、最後の方はモゴモゴとしてよく聞こえなかった。


 しかし、気を遣わなくてもいい友達、ねえ。実際問題そんな友人、この世にいるんだろうか。普段は好き勝手言える智や知己でさえも、やはり気を遣ってしまう時はある。


「今までそういう友人はいたのか?」

「それは……」


 俺の質問に涼夏は何も答えず、そのかわりじっとこちらを見てきた。

 あれ、俺なんか変な質問しちゃった? 


 若干気まずい時間が流れる。気の利いたことを何も言えない俺に呆れたのか、涼夏は大きなため息を吐いて、まあいいわと続けた。若干傷つくね。


「とにかく、友達作りのコツとかを聞きたいと思ったんだけど……時間ある時とかでいいし」

「いや、いつでもいいよ。基本暇だし」

「もうすぐ期末なのに?」

「もうすぐ期末なのにぃ」


 再びじっと見つめられる。今度は何を言わんとしているのかはっきりと理解できる。多分俺ともう一度勉強会をしたいんだろうな。

 しかし現実は非情である。涼夏は呆れた表情のまま口を開いた。


「おばさんに言っとくわ」

「ほんとすみません勉強ちゃんとするのでそれだけはやめてください」


 全く違ったわ。ていうか俺のラインブロックしてんのに母さんの連絡先は知ってんのかよ。

 涼夏はくすりと笑って、帰りましょうかと言った。

 一週間前の小さな事件から、俺たちは何となく一緒に帰るようになっていた。涼夏からすれば別になんの意味もなく、気まぐれでしかないのだろうが、やはり俺は馬鹿なので少し勘ぐったり期待してしまう。

 バスを待ちながらも、俺たちはずっと会話を繰り広げていた。特に書く意味もないくらいありふれた日常会話。どこからか蝉の声が聞こえてくる。

 今の俺たちの関係ってなんだろう、なんて考えることもあるが、それがなんにせよ涼夏と一緒にいられるならそれでいい。


 太陽が傾くにつれ、その光は濃い黄金色になっていく。目を細めて夕日を眺める涼夏はどこまでも美しい。瞳に映る太陽の粒が涼夏の美貌を彩っている。遠くの方からバスが来る。


 バスに乗ると、心地よい喧騒に包まれる。見ると、学校帰りの小学生たちが席に座って楽しそうに喋っていた。


「楽しそうね」


 ふと、涼夏が言った。バスの中だからか、囁くような色気を含んだ声だった。


「ああいう気を遣わなくていいし心が通じ合っているような友達って憧れるわ」

「ま、あれはあれで疲れそうだけどな」

「そう? 本当に心が通じ合ってたら疲れるなんてこと、ないと思うけど」


 そういうものだろうか。

 横に立つ涼夏は、吊り革を掴み微笑みながら小学生を見ている。

 釣られて俺も笑ってしまう。俺が小学生を見ながら笑ったらちょっと危険な雰囲気になるね、なんでだろう。


「涼夏は同性の友達か異性の友達、どっちがほしいんだ?」


 あくまであんまり気にしてないけど、一応聞いてみようかなー、みたいなテンションで尋ねる。本音? 異性と友達になるなに決まってるだろ。

 何様だよと思われるかもしれないが、涼夏に異性の友達ができて、仲良く喋っているところを想像すると少し悲しくなってしまう。いや、ほんと何様なんだろうな。

 ブルーになっている俺に気づいていないのか、涼夏は少し楽しそうに答える。


「うーん、気を遣わなくていい友人なんだったらどちらでもいいけど、やっぱり女の子の方が私は安心するかな」

「そっか」


 そっけない返事をする。しかし心の中では特大ガッツポーズである。


「男の子の友達は、やっぱりどうしても気を遣っちゃうからね」


 今目の前で駄弁っている俺はどうなんだろうと少し気になったが、聞いても悲しくなるだけだろうしスルーしておこう。


「まあ、すぐできるだろ」

「できたらいいけど……」


 憂鬱そうな涼夏を励ますために、俺はわざと明るい声を出した。


「じゃあ、どっちが先に新しい友達作れるかでゲームするか!」

「なによそれ」

「早く友達作れた方が勝ちで、負けた方がジュース奢りってのは?」


 その提案にくすくすと笑い声を漏らす涼夏。


「けど、あなただったら割とすぐに作ってそうだわ」

「そんなことないって。今の俺の好感度ってほぼマイナスだから。多分涼夏が先に作るんじゃないか?」

「そう? なら、頑張ってみるわ」


 緩やかなブレーキで俺たちの時間は切り裂かれる。もう目的地だった。涼夏と喋る時間はなんでこんなにもあっという間に過ぎるんだろうか。

 ステップをぴょんと飛び降りた涼夏の可愛さに顔が無限ににやけるが、それをなんとか閉じ込めて俺も降車する。

 既に街は夜を僅かに帯び始め、通りの角には夜の帷が下りるのを待ちきれない影が顔を覗かせていた。


 ゆっくりと俺たちは歩いていく。街は少しずつ静まって、どこからか夕飯の匂いがした。


 しばらく歩くと、自宅についた。

 涼夏が小さく手を振る。


「じゃあ、また明日」

「おう」

「友達作り、頑張りましょうね」

「もちろん」


 家に入り気持ちの良い幸福感に包まれながら靴を脱ぐ。そういえば、かつて涼夏と話すたびに感じていた疲労感も最近ではあまり感じなくなってきた。俺もこの環境に慣れたということだろうか。


 友達作り、か。

 涼夏を少しでも元気付けるためにそう言ったが、現実的に考えて今の俺に友人が作れるわけもなさそうだ。


 凉夏にジュースを貢ぐ準備をしなきゃだな、なんてことを呟いた。

 今日も一日が終わる。

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