第17話 嵐の前の静けさ



 その後一時間ほど勉強してからお開きになった。

 どこかふわふわと浮足立っている俺は、勉強したこともろくに頭に入ってこず、ひたすらに涼夏を見つめるだけの時間になってしまっていた。


 涼夏もひとしきり笑った後は勉強に集中しており、時たま思い出し笑いしていたこと以外はいつも通りだった。


 勉強道具を片付け会計を済ませる。俺が払うよと言いたかったが、その前に涼夏は自分の分の代金を払ってしまっていた。なんか格好悪いな、俺。


 外に出ると、むっと熱気が体にまとわりつく。六月とはいえまだ夕方にもなっていないのでかなり暑い。


 帰るか、と呟くと、そうねと返事が来る。そんな当たり前のことが少し嬉しかった。

 帰り道が同じなので、自然と同じ道を歩き出す。会話はない。だが不思議と気まずくはなかった。


「涼夏って仲いい友達いる?」


 歩いている途中、友達同士と思われる中学生のグループとすれ違い、ふとそんなことが気になった。涼夏は小石をひとつコツンと蹴って俺を見た。


「何それ、馬鹿にしてるの?」

「いやそういうことじゃないけど……」

「……どうだろう。あなたみたいに親友って感じの人はいないかも」


 親友……あの馬鹿二人のことだろうか。涼夏に認知されてるなんて羨ましいやつらだ。


「けどまあ、仲のいい友人はいるわよ」

「そりゃよかった」

「誰目線よ」


 ストーカー目線です、とは言いづらい。

 俺が近くにいることで俺を気味悪がっている女子が涼夏に近づけないということを智から聞いたことがあったので少し心配だったのだ。しかしまあ、友人がいるのならよかった。


「そういうあなたはどうなの? いつも同じ二人とつるんでるけど」

「ほぼ全校生徒から嫌われてるから作りようがないな」

「かわいそう……」


 憐れむな。


 しかし、二人で並んで歩いていると、やはり俺の格好が気になるな。完全に逃走中の犯人だ。


 あまり涼夏と並んで歩かない方がいいかもな。


 そう思い、少し歩く速度を遅くしたのだが、なぜか涼夏も俺に合わせてゆっくりと歩き始める。くそ、涼夏のいい子さがこんなところで仇に。


 心なしか道行く人々も俺たちに注目しているような気がする。

 涼夏が美少女すぎるせいか、なら良かったわ。いや良くないわ。涼夏に視線がいったら自然と横にいる俺にも来てしまう。結局同じことになってしまうじゃないか。


「あー、そういえば俺、やることあったんだったわ。先帰っといて」

「そう? わかった」


 心苦しいが、これ以上不審者ファッションのまま彼女の横にいるのは危ないのでここで別れることにする。

 何で俺はこんなファッションで来てしまったんだ。知己か? 知己のせいか? あいつは後で殴る。


「今日はありがとな。おかげで期末試験は何とか乗り越えれそうだわ」

「まあ、困った時はお互いさまってことで」


 涼夏は笑いながらそう言ったが、助けられているのはいつも俺の方で、俺から涼夏に何かしたことなんて一度もないのだった。


「じゃ、また月曜日、学校で」


 そう言って、涼夏は小さく手を振った。そんな小さな仕草一つ一つを取っても可愛らしいのだから困り果ててしまう。



 俺も負けじと涼夏に手を振り返す。俺がやると途端に危ない雰囲気になるのはなぜだろうか。


 涼夏が見えなくなってから、俺も歩き出す。コンビニにでもよって時間を潰してから帰ろう。あまり遅くなってしまうと確実に通報されてしまうので、その前までには帰らないといけない。

 今日の涼夏を思い出しながら、俺はにやにやと笑いながら一人寂しく歩いていくのであった。







 ──そう呑気に歩きだした俺は、この勉強会があんなに大事になるとは、夢にも思っていなかったのだ。


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