第10話 訪問
インターホンの前の涼夏がぼうっとカメラの上の方を眺めている。なんだか夢の中のようだった。
暫くの間呆然としていたが、すぐにはっとする。涼夏が俺の家の前にいる!?
すぐに玄関まで駆けだそうとするが、よく考えれば今の俺はパジャマ姿である。すぐに近くにあった上着を羽織って、玄関へと駆けだした。
当たり前だが、ドアを開けると目の前に涼夏がいた。あ、やばい、マスクをするのを忘れていた。俺は腕で口を覆ったが、たぶんあんまり意味はなかっただろう。涼夏は俺の不可解な行動に首を傾げた。
「急にごめんなさい、体調は大丈夫?」
「あ、ああ。全然平気。それより、どしたん?」
涼夏は、おずおずと玄関へ入ってきた。もしかして俺を心配してきたのだろうか? これが夢なんだとしたらなんてすばらしい夢なんだ。
そんな俺の淡い期待を裏切るかのように、涼夏はがさこそと鞄をかき回し、一枚の紙を俺に突き出した。
「実は、これ、中間テストの結果を渡してきてって先生に言われたの」
前言撤回。悪夢である。
「あ、ああ……ありがとう」
「熱はどう?」
テストの紙をこちらに手渡しながら、涼夏はそう尋ねた。その表情はどこか曇っている。
多分、涼夏は俺の風邪の原因が自分にあると感じてしまっているのだろう。あれは時間通りに着くやろと舐めプした結果バスに乗りそびれた俺のせいである。
「そんな大したもんじゃないって。ただちょっと熱が出ただけだから」
「……ごめんなさい、私が傘を忘れてしまったから……」
「いや、それは関係ないって。どちらにせよ俺は傘を使ったことない人間だから」
「だから、何なのよそれ」
俺の言葉に、涼夏の表情が少しだけやわらいだ。クールな表情も似合う涼夏だが、やはり彼女に一番似合うのは笑顔だった。
「お昼ご飯とか食べたの?」
「あー、食べてないけど、まあそんなお腹もすいてないし大丈夫かな」
そういうと、涼夏は再び顔を曇らせた。
「ダメよ、体調悪いときこそちゃんとご飯食べて休まなきゃ」
そんな涼夏の台詞に、少しだけ期待に胸がときめいてしまう。もしかしてこれ、ちょっと台所貸して、からのおかゆ作ってフーフーあーんじゃないか? 絶対そうだろ!
しかし涼夏は特にそんな素振りを見せることなく、
「今からコンビニで栄養あるもの買ってきてあげるわ」
とだけ言った。
……いや、まあそれもすごい優しいんですけどね。
▽
数十分後、コンビニから帰ってきた涼夏により様々な食べ物を受け取った。お金を渡そうとしたが、昨日の傘のお詫びだと言って受け取ってはもらえなかった。俺に貸しをつくりたくないとかそんなんじゃないよね?
そういえば、と袋を手渡しながら、涼夏はこちらを見た。
「中間テストの点数、どうしたの? あれ」
「…………見たんですか?」
「先生から手渡されたときに、ちらっと」
なんてプライバシーのなさだ。よりにもよってなぜ涼夏に見せるのか。家が隣だからだったわ。
「あんまり良くなかったけど、勉強とかしてるの?」
「たしなむ程度に……」
「お酒じゃないんだから……」
涼夏につっこまれる幸せ。これを噛み締めて生きていきたいと思う今日この頃。
「今日の授業で習った公式、期末にも出るらしいけど」
「マジかよ、ツイてねえ……」
なんでよりにもよってそんな大切な公式を俺が休んでる日に教えるんだ。まあ休んでなかったところで理解なんて出来なかっただろうけど!
涼夏が心配そうな目でこちらを見ている。
一瞬、涼夏が俺に救いの手を差し伸べてくれるのかと期待したが、俺も何度も引っかかる馬鹿ではない。いらない期待はせずに、ただひたすら涼夏から投げかけられる言葉を受け流しておけばいいだろう。
「大丈夫なの?」
「まあ大丈夫でしょ。俺が本気を出せば」
「出してるの?」
「そりゃもちろん。寝てる時と現国の時以外は俺は本気だぞ」
「全部の教科で本気出しなさいよ」
とんでもない正論である。
「ちょっと心配なんだけど。入学して数ヶ月で赤点まみれとか洒落にならないわよ」
「まあ大丈夫っしょ。俺は本気出せばできる子だから」
「……今度、一緒に勉強する?」
「大丈夫大丈夫。俺は本気出せば一緒に勉強できる子だから──え?」
え?
「え?」
「いやだから、今度一緒に勉強する?」
…………え?
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