第9話 ひとりぼっち




 どうやって帰ってきたかは定かではないが、ベッドの上で倒れているということはどうにか帰ってきたのだろう。時計を見ると既に午後の5時だった。

 ぼんやりとする意識の中で、俺は制服を脱いで何とかパジャマに着替えた。汗が気持ち悪い。


「のどいてぇ~」


 わざとがらがらと喉を鳴らしながら部屋を出る。なんでもいいから水分を摂りたかった。冷蔵庫を開けるのも億劫なので、蛇口を捻って水道水を飲んだ。なんだったら蛇口ごと吸いたい気分だ。

 じゅうぶんに水分を摂り、あまりの自分の体調の悪さに少しだけ笑ってしまった。喉が痛んだ。


 我が家は今日も今日とて静寂に包まれている。それはそうだ。この家が喧騒に包まれるのは、俺がリビングでゲームをしながら一人で騒いでいるときくらいだ。

 保険医の先生に、今親は家にいないと言ったが、それは正しくない。いや、正しくはあるんだけど、正しく伝えてはいない。


 俺の両親は現在どちらもこの家に住んではいない。

 まあ、シリアスっぽく言ったが別にシリアスでもなんでもなく、ただ職場がここから遠いため職場の近くのアパートを借りて二人で住んでいるだけにすぎない。遠いのは母親だけなので父親は別にここに残ってもよかったのだが、離れるのが耐えられないとかなんとかで母についていった。俺の存在忘れてないか? まあ聞かれてもついては行かなかっただろうが。俺も涼夏から離れるなんて耐えられない。


 というわけで、この家は長らくの間静寂に包まれているというわけだ。普段は静かで気が楽なのだが、病気で弱っている今日なんかは、ひとりぼっちが少ししんどく感じる。


 ソファに座ってテレビをつける。夕方のニュースはよくわからんタレントが司会をしていた。街中でインタビューをするというコーナーらしい。

 特に見たいチャンネルもなかったのでぼんやりとそのチャンネルを見る。


 若いレポーターが街ゆく女性に声をかけている。「告白されたことありますか?」


 若い女性がそれに答える。「あります。同じ人から何回もされたことあります!」


 ワイプの中から驚く声が聞こえてくる。なんかちょっと心に刺さるインタビューだなこれ。インタビュアーも笑うんじゃない、告白する側も大変なんだぞ。いや俺は告白もしてないんだけどね。


「何回も告白されるのって、どう?」

「何回もされたらちょっとめんどくさいですね〜。好きってわけでもないので!」


 笑い声がリビングに響き渡る。もう見ていられず電源を消した。静寂が再び訪れるが、どこか虚しさが漂う静寂だった。

 ソファに深く腰掛ける。頭がズキズキと痛み始めた。


「あーあ、とんでもねえツンデレが空から降ってこねえかなあ」


 そんなことを言っても余計虚しくなるだけだった。


 もう一眠りしよう、とソファから立ち上がった瞬間、インターホンが鳴った。


「あーよっと……誰だよこんな時間に……え?」


 ふらふらと立ち上がりモニターを見て、思わず声が出てしまった。




 ドアの前には涼夏が立っていた。

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