第4話 たった一つの真実
「それで、昨日の話し合いの結果を聞きたいんだが」
「……聞き出せそうにないね」
翌日、ボロボロになりながら登校した俺に、智と知己が声をかけてくる。だが満身創痍の俺はそれに応えることができなかった。
「ァ……アァ……」
「可哀想に……こりゃ完全に破壊されてるな」
「こうなることがある程度予測出来てたのに止めなかった僕らにも責任はあるかもね」
「ないだろ」
「確かに」
「人の心とかないんか?」
「あ、生き返った」
あまりの理不尽さに思わず理性を取り戻してしまった。取り戻してしまったってなんだ。取り戻した方がいいだろ。
ため息をつく。肺の中にあったもの全てを吐き出してしまうほどに大きなため息だったが、不思議なことに、心に積もった倦怠感は増していくばかりだった。
横目で見る涼夏は今日も美しい。何かの文庫本を読んでいるようだが、じっと見つめる俺には全く気づいていないようだ。
まあ、当たり前か。涼夏は別に俺のことが好きってわけでもないし、なんだったらめんどくさいとまで思っていたわけなのだから。
今までの俺だったら、多分今の涼夏は本を読みながらも無意識に俺のことを考えてしまっていて、「アイツのこと考えてるせいで本もまともに読めないじゃない!」って内心思ってるんだろうなあとか考えていただろう。ちょっと泣いていい? よく見るとめっちゃページめくってるし。本に集中し過ぎやろ。
「やべ、もうHR始まるじゃん」
「昼休み、また聞くね」
「聞かんでいい」
嘘。ホントはちょっと聞いて欲しい。この傷の痛みを共に分かちあってくれる友人が俺には必要だった。
再びため息をつく。窓から見える空模様は俺の心のようにどんよりとしていた。
もうすぐ梅雨になる。
▽
「まあ、そういうわけで涼夏はツンデレじゃなかったし、俺のこと好きでもなかったってわけだ」
昼休み、中庭に移動した俺は、昨日何が起きたのかを2人に説明した。
少しは慰めてくれるかなーなんてことを期待していた俺だったが、2人の反応は冷たいものだった。
「まあ、予想通りだな」
「むしろなんで今まで気づかなかったんだろうね」
知己が大きく伸びをしながらそう言う。
「全校生徒の誰も二宮さんがツンデレだなんて思ってなかったからな」
「どっちかと言ったらクールな人だし」
その言葉に、今までの涼夏を思い返してみる。
確かに、中学生に上がった頃からの涼夏は口調を荒げることなんかほとんどなく、大体落ち着いた口調で冷たく俺をあしらっていた。「勘違いしないでよね!」なんてセリフを彼女の口から聞いたことはなかった。
その他色々と思い出を探ってみると、俺はある一つの結論に辿り着いた。
「もしかして、涼夏ってツンデレ要素ない?」
「今気づいたのかよ」
「てっきり、ずっと恥ずかしがってるだけなのかと……」
「思い込んだらそれ以外の可能性を無視しちゃう時ってあるよね」
そういえば、中学生に入る前くらいのときに「涼夏って好きなやついるの?」と聞いた際に、想定していた「この鈍感!」や「い、いるわけないでしょ!?」などと言ったセリフは全く吐かず、ただいつも通りの口調で「別にいないけど」と答えただけだった。今思い返すと、あの時の言葉から涼夏がツンデレではないこと、そして俺に全く気がなかったことなんてすぐに理解できたはずだ。あ、やばい泣きそう。
「俺の10年間って一体……」
「10年間もあんなことしてたのか……そりゃ嫌われるわな」
「いや嫌いとは言ってなかったから。めんどくさいって思われてただけだから」
「同義だろ」
言うほど同義か?
同義だったわ。泣けてくるね。
今朝買ったおにぎりにかぶりつく。こんな憂鬱な気分でもツナマヨは美味いんだもんな。ヤになっちゃうよ。
落ち込んでいる俺を慰めるためか、知己がポンと俺の肩を叩く。
「まあ元気出しなって。世界中の女の子からフラれたわけじゃないんだからさ」
「一番身近なはずの幼馴染にめんどくさがられてたんだぞ俺は。身近じゃないやつにどうやって好かれるっていうんだ」
「ていうか、幼馴染幼馴染って言ってるけど、二宮さんがお前との関係性を誰かに言ったことってあるのか?」
その言葉に少し思いを巡らせてみる。俺が涼夏にダル絡みをしにいった時、放課後に一緒に帰ろうぜーとダル絡みしにいった時、昼ごはん何食ってんの? 俺にも食わせてくれよーとダル絡みしに行った時……俺ダル絡みしかしてねえな。
それはともかく、俺がダル絡みしに行った時、涼夏の近くに座っていた女生徒が俺たちを見て「知り合い?」と尋ねた際、涼夏は幼馴染とは言わずただ「まあちょっとね……」と返していただけだった。
……あれ、もしかして涼夏って俺との関係性を公言するの避けてる?
「もしかして、涼夏は俺と幼馴染であることをトップシークレットにしてるんじゃ……」
「すごいポジティブに言えばそうなるだろうね。まあ周りに言いふらすようなことじゃないだろうし」
「言いたくないだけだろ。周りから変な目で見られるし」
「なるほど……俺の「涼夏の交友関係ノート」みたいなもんか」
「なんなんだよそれ」
「涼夏の交友関係を示したノートに決まってんだろ。小学生の頃から書き続けてるノートだわ。あれは確かに口外厳禁な存在だな……」
「一応聞くけど、そんなの書いて何するの?」
「そりゃあ危ない人間が涼夏に近づかないようにだよ」
「鏡見てこいよ」
智と知己はドン引きである。まあ流石にこのノートの存在は俺もヤバいと思っているので、他人に言うことは絶対にない。ハードディスクとあのノートは俺の死後何も言わずに処理してほしい。
そのことを伝えると、知己は引き攣った笑みを浮かべていた。
「なんでそれを僕達に言ったの?」
「そりゃおめー、親友だからだろ……へへっ恥ずかしいこと言わせんなよ」
「今まさにお前の交友関係ノートから二人分のページが消えたけどな」
悲しいね。
閑話休題。
「ほんと、どうやったら好かれるんだろうな」
「そのツンデレ狂を直せばなんとかなるんじゃないのか?」
「それは無理な相談だな。俺はツンデレのために生きてるんだ」
ツンデレフォーオール。オールフォーツンデレ。それが俺の生き様なのだ。それを曲げることはできない。ツンデレを失った俺は俺ではない。
そんな俺に、智が呆れたように口を挟む。
「ツンデレなんていねーよ現実に」
その言葉が少なからず心を傷つける。ツンデレがこの世界にいないのならば、俺は今まで何に憧れながら生きていたのだろうか。
「大丈夫だって。彰にはもっといい人がいるよ」
「マジで? どこらへんにいると思う?」
「五大陸のどこか」
「範囲広すぎね? 一生かかっても会えんわそんなん」
卒業してから運命の人探しの旅に出ようかな……。けどそれで見つからなかったらもっと悲惨だからやめとこ。
「案外この学校にもいるかもしれないよ」
「マジかよ。じゃあ校内にいる女子全員調べてみるわ」
「おい知己、こいつにいらん希望を持たせたらまた傷つくだけだぞ」
「もう既にちょっと後悔してる」
それらの言葉を無視し、おにぎりを口に詰め込む。
そうだ、いつまでもウジウジしてるわけにはいかない。俺は立ち上がって、俺の理想のツンデレを探さなければならないんだ。
拳を高々と突き上げ、俺は宣言する。
「ツンデレ王に、俺はなる!」
「その言い方だとお前がツンデレになるみたいだぞ」
どこまでもうるさい外野の声はシカトする。
▽
「さて、ツンデレ王になると決心したあの日から一週間が経ったわけだが」
もはや珍しくもなくなった定例会は、俺のそんな一言から始まった。
智と知己は興味なさそうに授業でもらったプリントを眺めている。俺の話題の重要性低すぎだろ。
咳払いをし、再び同じセリフを繰り返すと、面倒臭そうにこちらを見た。
「いきなりどうしたの」
「ま、好きなだけ語らせてやろうぜ」
「もうちょっと興味を示せ」
さて、この校舎の中に俺を愛してくれるツンデレがいることを信じ過ごしたこの一週間だったが、それはそれは辛く険しい一週間だった。
なぜなら、
「結果からいうと、この学校にツンデレはいなかった」
そう、一人として、一人としてツンデレが存在しなかったのだ。この事実に気づいた時、俺は膝から崩れ落ちたね。この地に希望なんてなかったのだ。
「この学校にってことは、全校生徒を観察したってこと? この一週間で?」
「当たり前だろ。観察どころか全員と話したわ。その結果ツンデレがいないことが判明したんだ。もう終わりだよこの国」
「終わってるのはお前だよ」
同級生から二つ上の先輩まで、俺は隈なくツンデレを探し回った。怖がられ気持ち悪がられ、散々な扱いをされながらも、俺は俺の理想のツンデレを探し回り奔走した。その結果がこれだ。天は俺を見放した。
だが、と俺は続ける。
「しかしながら、それは別に重要なことじゃないんだ」
「重要じゃないの? そのためにこの一週間過ごしたんでしょ?」
「ああ、重要じゃなかった。……というより、ツンデレを探している時に、俺はある重要なことに気がついてしまったんだ」
理想のヒロインを探すために一人一人と喋りながら、俺はひたすらにあることを考えていた。忘れようともがきながらも、やはりその思いは最後まで消えることはなかった。
そして俺は気づいた。これは答えなのだと。ツンデレだとか、嫌われてるだとか、そんなことは関係なく、ぽつんと俺の中で屹立している、変えようのないたった一つの真実なのだと。
そう、それは────
「──この世界に涼夏以上のヒロインいなくね?」
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