第36話 ギャルゲー並みのエンカ率の高さ
さて、皆が喜んでやまない土曜日になったわけだが、俺の気分が重く憂鬱だった。
それは月曜に控えている期末のせいに他ならないのだが、それ以外にももう一つ理由がある。いや憂鬱な原因はその他いろいろあるのだが、まあ俺の人生そのものが憂鬱みたいなもんである。ぬるま湯にいるようなやつらにゃ一生届きはせん。今のちょっとかっこよくない?
いや、そんなことはどうでもいい。その酷い気分である大きな理由の一つが、全校生徒のうちに生徒会に入りたいと願う人間が一人も見当たらなかったという事実にぶち当たったということである。前日である金曜日に三年生含む全ての教室に行き訪ね回ったが、ついにその首を縦に振る生徒はいなかった。まったく向上心のない生徒たちである。
そしてこの事実に俺や涼夏以上にショックを受けたのが秋葉先輩であった。まあ、唯一の生徒会役員なんだしショックを受けるのは当たり前か。
生徒会の手伝いが終わったらさっと抜けるつもりであった俺だが、あのショックを受けた秋葉先輩の顔を見ながら「じゃ、俺はこれで」とは言えなかった。つまりは生徒会メンバー探しの残業である。はあ、気分が重い。
そんなこんなで憂鬱な土曜日。カーテンから差し込む陽光が眩しい。
時計を見るともう昼前。素晴らしい休日の送り方ではあるが、起きた瞬間一日の半分が過ぎているというのはどこか虚しさがある。
伸びをしてベッドから起きると、机の上にある教科書が目に入る。そうすると嫌でも期末試験のことが思い出される。
「勉強しなきゃな〜」
そう呟くが、正直起き抜けから勉強する気なんてさらさらない。
ブランチでも楽しむかとカーテンを開ける。朝日こそ入ってこないが、すぐ隣の家である涼夏の部屋の窓が見える。そこから見える壮大な景色は太陽光から得られる栄養素なんかとは比べ物にならないくらいの栄養素である。壮大な景色と言っているが、カーテンはきっちりと閉じられている。ちなみにここ数年間この窓のカーテンが開けられているところは見たことがない。まあ閉じられていても中に涼夏がいると思うだけで世界の絶景百選なんか足元にも及ばないくらいの絶景には違いないのだが。
ぼうっと涼夏の部屋の窓を眺める。少し窓から上半身を出してみる。特に意味はなかったが、なんだか少し涼夏に近づいた気がして嬉しかった。
涼夏と一緒に勉強してえなあ……。
そんな願望が知らず知らずのうちに心の中に浮かび上がってくる。俺はそれを鼻で笑い一蹴した。
いけない、最近の俺は調子に乗り過ぎている。
確かに俺と涼夏の仲は以前と比べてぐんと近くなった。だが何度も言っているように、それは涼夏の優しさの上に立っているものであって、俺自身は何もしていないのだ。この不安定なバランスの中で俺が調子に乗ってこれ以上を求めることはできない。今の関係で満足するべきなのだ。
──そう頭でわかってはいるのだが。
「けど、やっぱり涼夏と勉強したいよなぁ……」
どうしてもそれ以上を望んでしまう。本当に俺ってくだらない人間だ。
まあ、こんなところでウダウダしててもしょうがない。さっさとご飯を食べよう。
そう思って窓を閉めようとしたその瞬間、向かいのカーテンが勢いよく開けられた。
「……え?」
多分カーテンを開けた本人も俺と同じ反応だったのか、窓の向こうで目を丸くしてこちらを見ている。
しばらく少々気まずい時間が流れた後、涼夏は窓を開けた。パジャマであることを期待したが、彼女は普通の部屋着だった。いや、部屋着でもめちゃめちゃ貴重なんだけどね?
「こんにちは……どうしたの?」
「いや、たまたま窓開けてただけ。おはよう」
「もうおそようの時間よ」
「太陽が見える限り早いも遅いもないんだよ」
俺の言葉に涼夏はなにそれとくすりと笑う。なんだかすごく可愛らしい仕草だった。
「それで、涼夏はどうしたんだ?」
「え?」
「いや、窓開けるの珍しいなって……」
そう言ってから気づく。いつも窓開けてるかどうかを理解してる俺ってめっちゃキモくね? いや会話としておかしかったわ。このセリフじゃいつも俺が涼夏の窓が開いてるかどうかチェックしてるみたいじゃん。時々はしてるがいつもはしてないんや! 信じてくれ!
これは完全にやらかした。絶対ストーカーだと勘違いされるわ。いやストーカーは事実だったな! ガハハ! あれ、なんだか涙が出てきたぞ?
しかし俺の心配は杞憂だったようで、涼夏はそんなことちっとも気にしてもないようだった。
「いや、まあ、その、気分でね?」
いまいち要領を得ない答えではあるが、まあ窓を開けるのにいちいち何か考える必要があるわけでもない。俺はそうなのかと軽く流した。
「何してたの?」
窓の桟に腕を置いて、身を少しだけ乗り出した涼夏がそんなことを聞いてきた。艶やかな髪が風で少しだけ揺れる。強い陽の光の下にいる涼夏はいつもに増して白く儚げだ。
「今起きたとこ」
「今? 遅過ぎない?」
「世界が早すぎるんだよ」
俺の適当な答えに呆れた表情を浮かべる涼夏。
あれ、今のこの状況、めっちゃ青春ぽいな? 隣の家の幼馴染と窓越しに喋るとかどんな青春イベントだよ。やべ、なんかそう思うと緊張してきた。
涼夏は全く緊張してないようだった。まあ、そりゃ意識してない男と喋るのに緊張なんてするわけないわな。
「もうすぐ期末テストだけど、大丈夫なの?」
「あー、まあ大丈夫よ。全然平気」
本当は全然大丈夫じゃないんだけど、涼夏の手前少し格好つけてしまった。今更格好つける必要なんて全くないんだが、まあ俺だって思春期の男の子だ、ある程度の青臭い行動は許してほしい。
あ、けど大丈夫じゃないって泣きついてなし崩し的に一緒に勉強する約束を取り付けるとかそういう手もあったのか。惜しいことした。
……いや、惜しいことしたじゃないわ。最近調子乗り過ぎってさっき自分に戒めたばっかじゃん。もう誘惑に負けそうになってんじゃん。
てか、涼夏からしてもこんな期末目前にいきなり勉強会開かれても迷惑なだけだろ。
「そう……」
俺の答えに涼夏は黙り込んでしまう。あれ、もしかして嘘ってバレちゃったか?
しばらくの間俺たちの間に沈黙が流れる。
少し気まずくなって携帯を取り出すと、何も写っていない真っ黒な画面に俺の顔が反射しているのが見えた。
あれ、てかド忘れしてたけど、俺寝起きじゃん。
やばい、なんかめっちゃ恥ずかしくなってきた。普通に涼夏にこんな寝起きでボサボサな髪と顔はむくみまくりの姿見られたくないわ。いや、あっちは全然気にしてないんだろうけど、それでもなんか嫌だわ。
とりあえず話を切り上げて身だしなみを整えなくては!
「あ、そういえば、この後ちょっと用事あるんだったわ! ごめん、じゃあまた月曜日に!」
「え、あっ!」
そう言って、涼夏の返事を待たずに窓を閉めカーテンを閉める。
いやー危なかった。危うく涼夏の仲での俺の好感度がぐっと下がるところだった。もう下がる余地ないくらい低いだろと思った人間は俺が直々に殴りに行く。
そういえば、涼夏、何か言いたげだったけど、なんだったんだろう。
まあ、特に重要なことでもないだろ。涼夏が俺に話す重要なことなんてないはずだからな。
言ってて悲しくなるわ。
▽
軽く身だしなみを整え、朝ご飯とも昼ごはんとも言える代物を胃の中に押し込んだ後、俺は今日の予定を頭の中で組み立てていた。
この後用事があると言ってしまった以上、涼夏に勉強を教えてくれと泣きつくわけにもいかない。ということは、俺は一人で期末テストを乗り越えなければいけないわけだ。知り合いに二人の人間がいたような気がするが、休日にまで野郎二人と会って勉強会をするような趣味はないので脳内から排除しておこう。
「書店でも行って参考書買うか」
別に参考書なんていらないんだけどね。
茹だるような暑さだった。
もう夏は始まっていたらしく、家の外に出た瞬間に灼熱の日光を浴びた俺は、溶けそうになりながらなんとか近くのショッピングモールまで出かけた。近くといってもバスに乗らなければならない程度の距離である。入学当初は涼夏と一緒のバスに乗れるとテンションが上がったものだが、今ではバスに乗らなければろくな娯楽施設にもいけないこの環境に辟易している部分はある。
そんなこんなでショッピングモールに着いた俺だったのだが、バスから降りるや否や嫌な光景を目にしてしまった。
ショッピングモールの目の前の大きな広場の端っこら辺にいるグループ。
数人の男が一人の女の子を囲って喋りかけている。真ん中にいる女の子は困り果てて涙目だ。
まあ、平たく言えばナンパである。ただのナンパだったら女の子には可哀想だが無視させてもらうのだが(特にナンパしている男が不良っぽい見た目だったら)、今日はそういうわけにもいかなそうだった。
「その、困ります……」
男たちに囲まれて半べそかきながら目をおよがせている女性。
それが紛れもなく秋葉先輩だったからだ。
いや、勘弁してくれ……。
(あとがき的な何か)
更新遅くなってすみません。これからは少しだけですが更新頻度上がると思います。多分()
そして、こちらも報告が遅れましたが10万PVありがとうございます。とても嬉しいです。拙作ですが、これからもよろしくお願いします。
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