第16話① 生と死を隔てる場所で(前編)

これまでのあらすじ:

ラザラ・ポーリンは、サントエルマの森で学びし若き女魔法使いです。失われた魔法の探索の旅の途中、ゴブリン王国の王位継承をめぐる大冒険に巻き込まれます。彼女の使命は、ゴブリン王国第一王子チーグを、生きてゴブリン王国へ届けること。邪悪なホブゴブリンたちに捕らえられ苦難を味わったポーリンとチーグたちでしたが、魔法使いとしての成長を経て脱出し、呪われた地・ダネガリスの野を目指します。<最強のドワーフ>を目指しているという仲間のノタックは、行方不明となっていました。

――――――――――――――――――――――


 ホブゴブリンたちの虜囚りょしゅうを逃れたゴブリン王国の第一王子チーグの一行は、ドルジ川沿いに北へと向かった。付き従うのは、ゴブリン王国親衛隊長のデュラモ、従者じゅうしゃのノト、そして雇われの魔法使いラザラ・ポーリンの三名である。


 川は、丘陵きゅうりょうと岩場が入り交じった地形を蛇行だこうしながら流れていた。徒歩であるため、一日の移動には限度があったが、幸いなことに歩きやすい小道が続いていた。


 距離をかせぎ、時間が経つほどに、ポーリンは体力を回復し、またはずかしめを受けそうになった心の傷も癒えていった。もともと、いつまでもくよくよ悩む質ではない。


 そして、肉体と精神の力が回復するとともに、魔法使いとしても一つ階段を登ったという実感を確かにしていった。


 サントエルマの森での下積みが、実戦を経て新たな力となって開花し、魔法の力の次の地平のぞき込んだような感覚―――これは、彼女がいままで味わったことのない、新鮮な感覚だった。


 そして懸念されるのは、<四ツ目>との再戦・・・<四ツ目>が、ホブゴブリンたちと連携した殺し屋だったなら、虜囚の難を逃れた彼女たちを必ずや捕らえにくるだろう。


 戦いのときを想定して、彼女は何度も作戦を練った。


 もう一つの懸念は、行方不明となったドワーフのノタックである。<最強のドワーフ>を目指していると豪語する彼が、そう易々と死んでしまったとは思えなかった。


 様々な思いをかかえながら、彼女たちの旅は続いた。


 やがて、なだらかな丘陵は姿をひそめ、遠くから見ればまるで苦痛にねじれる人のように見える奇妙な形をした岩とれ木が乱立する荒れ地へと出た。


「・・・ダネガリスの野」


 チーグは畏怖をたたえながらつぶやいた。


「子どものころ、一度だけこのあたりまで来たことがある」


 デュラモとノトも、神妙な表情だった。ゴブリンたちにとって、ここが近寄りがたい地であるのは明らかだった。


 ポーリンも、この荒れ地を覆う「いやな感覚」を感じ取っていた。


 チーグは震える吐息を吐き出すと、岩場の外縁がいえんにそって東側へ進むように命じた。


「・・・この地には、強大な呪いがかけられている。正しい道順で入らなければ、永遠に出られなくなる」


「正しい道順?」


 ポーリンは問い返した。むき出しの岩と枯れ木があるだけの、生命の兆候のない荒れ地が広がっているだけに見え、“道順”があるように思えなかった。


「行けば分かるさ。<生と死をへだてる門>から、この地に入らなければならない」


 チーグはそういうと、とぼとぼと東へ向かって歩きはじめた。


 チーグはダネガリスの野の文献を熟読し、研究していたと、ノトがたどたどしい言葉でこっそりとポーリンに教えてくれた。


 先ほどまでは良い天候だったのに、気がつけば空は重い雲に覆われていた。


 一行は、言葉を交わすこともなく、東へと向かった。空気も鉛のように重く感じられた。


 しばらく進むと、まるで神殿の石柱のように巨木が整列し、最奥の巨木が互いに枝を絡ませアーチを作っている場所へと出た。


 見間違うはずもない、この荒れ地に<門>があるとするならば、ここをおいて他にない。


 けれども、そこにはチーグたちが全く予期していなかった者がいた。


 ノタックが座して待っていたのである。


「ノタック・・・友よ、生きていたのか!」


 チーグはそう叫んで、両手を広げた。


 瞑想めいそうしていたノタックはおもむろに目をあけた。そうして、静かに立ちあがると、淡々とした素振りで軽くお辞儀をした。まるで、チーグ一行が必ずここへ来ると確信していたかのような平静さであった。


「・・・殿下こそ、ご無事で」


 完全武装の鎧の間からは、傷を手当したあとのような包帯が顔をのぞかせていた。


 ポーリンもノタックに駆け寄り、そのがっちりした手を握った。


「あなたが火に包まれる馬車に飛び込むのを見た・・・よく生き延びたわね、本当に」


 鳶色とびいろの目をうるませる。ノタックはまじまじとポーリンを見た。


「貴公の防御の呪文のおかげだ・・・そして、これがあるのも」


 そう言ってから、脇に置いてあった袋の中から、三冊の本を取り出した。


「馬車のなかから、どうにか殿下のお気に入りの三冊を救い出した」


 その無骨な手の中には、チーグがお気に入りだと言っていた『太陽の騎士団の戦記』『イザヴェル教国の歴史書』、そして『中央平原の農業法』について書かれた本があった。


 あまり感情をあらわにすることのない親衛隊長のデュラモ、従者のノトも、驚きに目を見張った。そのあいだに挟まれたチーグは、歓喜を爆発させながら走り出し、ノタックに抱き着いた。


「なんという英雄よ、ノタック!言葉を失うとは、このことだ」


 ポーリンも、淡々と素晴らしい仕事をこなすノタックに舌を巻いていた。<四ツ目>とヘルハウンドとの闘いでも孤軍奮闘し、炎に包まれる馬車の中からチーグの宝物を救い出し、そして傷を負いながら先回りしてダネガリスの野で待っているとは・・・!


「・・・あなたはもう、間違いなく<最強のドワーフ>よ。少なくとも、私のなかでは」


 ポーリンはあふれる賞賛の念とともに、そう言葉をかけた。


「光栄だ」


 そう答えるノタックは、相変わらず平静である。


「それにしても・・・」


 と、ポーリンは疑問を投げかけた。


「<四ツ目>とヘルハウンドをよく振り切れたわね?」


「そのことなのだが・・・」


 と、ノタックはややばつの悪そうな表情を浮かべた。


「話しておきたいことがある。<四ツ目>が敵なのか、味方なのか、どう判断するかはあなた方次第だ」


 そうして、ノタックはチーグ達一行とはぐれたときの話を始めた。


(後編へつづく)



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