第23話② 全員小悪党(後編)

(前編からつづく)


 ダンはため息をつきながら、代わりに言葉を発した。


「ザギス殿は、ゴブリン王国を安全に通行することを希望しているのです。西へ向かい、コヴィニオン王国を襲撃する」


 今度は、その言葉の意味をみしめるように、ヨーが少し間を取った。


「・・・人間の王国を襲撃・・・正気か?」


 そして同時に、彼の頭の中でめまぐるしくザギスの真の目的を推測すいそくした。


 ホブゴブリン軍は、東の荒野からやってきて、ゴブリン王国を通り、西のコヴィニオン王国で略奪を行う。


 人間たちはゴブリン王国を共犯だと見なすだろう。そして、コヴィニオン王国の報復を真っ先にうけるのは、彼らゴブリンたち・・・


 “同盟”とは聞こえが良いが、ホブゴブリンたちはゴブリン王国を盾として使おうとしている。だからこそ、ゴブリンたちを傷つけることもないのだろう―――少なくとも、今のところは。


 ヨーはわずかに青みかかった緑色の瞳をダンに向けた。ダンは、この条件を理解していて、ホブどもを受け入れたのだろうか?


 ヨーの思索しさくを知ってか知らずしてか、ダンはため息まじりに口を開いた。


「ザギス殿は、我々の力にもなってくれると約束した–--つまり、人間かぶれしたゴブリン王国など、ザギス殿にとっても不要ということです」


 ダンのその言葉を聞いて、ヨーは皮肉っぽく口元をゆがめた。同床異夢どうしょういむの者たちだが、ただ一点、第一王子のチーグを排除するという点においては利害が一致しているのだ。


「・・・合点がいった」

 

 ヨーは低い声でそうつぶやき、ザギスとダンを交互に見やった。それぞれの言葉の表と、その裏でせめぎ合う腹の探り合いが、なんだか少し楽しくなってきた。


 ここに集うのは、全員小悪党、いい感じだ。


「それではザギス殿、“同盟”については前向きに考えたいと思う。だが、まずは第一王子チーグの首だ」


「ああ・・・」


 ザギスは退屈そうな表情をしながら小さく手を振った。


「どいつもこいつもチーグ、チーグ・・・いいだろう、任せておけ。そして、“同盟”の件、忘れるなよ。あらかじめ言っておくが、もしも俺たちをあざむけば―――」


 ザギスは声を低くして声に圧を込めた。


「我々は力づくでここを通るだけだ。そうなったらそうなったで、一向にかまわないぜ」


「覚えておこう」


 ヨーは満足げにうなずいた。すでに彼の頭の中には、ホブゴブリンどもを出し抜くための方策がいくつも芽吹めぶき、成長していた。その養分となるのは、彼の信念だ。


 だまし、策略をめぐらす戦いなら、彼の得意分野だ。負ける気がしない。


 そう、最後に勝つのは、チーグでも、ダンでも、ホブどもでもない―――彼自身なのだ。





 <雑草の丘>からの帰路、ザギスは馬上、ダンに話しかけていた。


「あれは食えねえ男だ・・・ヨーと言ったか?最後まで俺に静かな殺気を向けていた」


 それを聞いてダンは小さくうなずいていた。


 殺気の件は分からなかったが、ヨーの性格はよく知っている。誰の下にもつこうとしない頑固者だ・・・そして、策略家。チーグとは違った意味で、ゴブリンらしからぬ性質を持つ者。


「俺たちを出し抜く気、満々といったところだな。我らホブゴブリンに、力では勝てずとも、悪知恵では負けないと思っているのだろう」


 そう言って、意味ありげにダンを見た。ダンは視線を感じ、居心地悪そうに肩をすくめた。


「・・・ヨー殿下は、ゴブリンの中でも悪知恵がまわる方だ」


 淡々とそうつぶやくダンに、ザギスはにやけ顔を作った。


「ふへへ、そうだろうよ。だが、そんな奴がほえ面かくのを、見てみたくないか?」


「ザギス殿にも、策があるのか?」


「もちろんだとも。まだ、おまえにも言っていない『切り札』が、俺たちにはある」


「切り札?」


 ダンは怪訝けげんそうに眉をひそめた。


「そうさ・・・どんな盤面ばんめんも、一気にひっくり返せる”力”だ。だが、お前はまだ知る必要はない」


 そう言ってから、ザギスはなれなれしくダンの肩をもむような素振りをした。


「次のゴブリンの王には、おまえがなるがいいさ、ダン。いまはそのことだけを考えていろ」


「・・・次の王」


 ほんの数日前までは、その言葉は空虚で無意味なものだった。けれども、今はそれなりに現実味がある。むしろ、王国にホブゴブリンたちを招きいれた時点で、もうその道しか彼には残されていないのかも知れなかった。


 ダンは歪んだ笑いを口元に浮かべた。




主な登場人物:

チーグ ゴブリン王国の第一王子。<本読むゴブリン>の名のとおり、本を好み知性にあふれる変わったゴブリン。人間世界を旅して、ゴブリン王国に帰ろうとしている。

バレ ゴブリン王国の第二王子。病弱で身体が弱い。よく面倒をみてくれていたチーグを慕っているが、一方でダンと連携するような動きも見せる。

ヨー ゴブリン王国の第三王子。チーグに取って代わり、次代の王になろうとする野心を隠さない。軍を掌握し、王国への唯一の正式な門<岩門>を封鎖している。

ダン ゴブリン王国の有力氏族の次期氏族長。古き良きゴブリン文化を愛する保守的なゴブリン。チーグを敵視している。侵略者であるザギスに手を貸すようになる。

ボラン ゴブリン王国の現国王。チーグの理解者であるが、チーグを敵視する勢力も多いため、その争いを容認している。

ザギス ゾニソン台地からやってきたホブゴブリン。数百の兵を率いてゴブリン王国へ入る。<酔剣のザギス>の異名を持つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る