第23話① 全員小悪党(前編)

 ゴブリン王国の第三王子ヨーは、「ゴブリンは、抜け目なく、ずる賢くあれ」という信念を持っている。


 彼が目指すのは、そういう国だ。


 打算ださんに満ち、あざむき、出し抜く。それができれば、ゴブリン王国はもっと栄えるはずだと信じている。


 次の王をぐのは、人間どもの文化にかぶれた長兄チーグではなく、もちろん病弱な次兄バレでもない。その目的のため、彼はまず軍を掌握しょうあくすることに苦心した。四人の軍隊長のうち、三人は金で、残る一人は世にも珍しい紫ナメクジの酒で買収した。


 今は、ゴブリン王国の軍勢は彼の私兵しへいも同然だ。


「なまくらでも、名刀めいとうでも、野菜を切れればそれでいい」


 イザヴェル教国の思想家マコライの言葉だと、チーグが言っていた。


 チーグの説教じみたうんちくにはうんざりだったが、その言葉だけはヨーの心に深く突き刺さった。


 そう、目的を達せさえすれば、方法は何でもいい。洗練せんれんされている必要もない。


 目標に向かって、着実に手を打っている・・・はずであった。


 ナメクジ一匹通さぬ警備で西門、通称<岩門いわもん>を封鎖し、王国のほとんどの兵力をここに集結させてチーグがやってくるのを待っている。


 しかし、予想外の知らせが、彼の計画を狂わせた。


 ホブゴブリンどもが、東門、通称<谷門たにもん>から侵入しリフェティを陥落させ、王を人質に取っているというのだ。


 そして、それを手引きしているのは、ダン。


「ダン、か」


 ヨーはとがったったあごでながら考え込んだ。尖った顎と広がった額、そして頭頂部に毛髪がかたまっている風貌から、チーグによく「ニンジン」とからかわれたものだ。


 ダンは、有力氏族しぞくの次期氏族長しぞくちょうと言われており、王になるにあたってその支持は欲しいものだ。けれども、差し出がましいことを言ってくるダンはヨーにとってけむたく、貸しを作りたくなかった。“理想のゴブリン観”についても、差異さいがある。


 そうこうしているうちに、ダンはぎょしやすい第二王子に接近したことは知っていた。


 そのダンが、ホブゴブリンを手引きし王国に招き入れたとは、一体どういう意図であろうか。


「ホブゴブリン軍の指揮官であるザギス殿が、<雑草の丘>でヨー殿下と面会を希望している。最小限の護衛とともに、ヨー殿下自ら来ること、とのことです」


 使者を務めるダンの部下が、緊張した面持ちの中にも気圧けおされまいという気迫を漂わせながら、そう伝えた。


「・・・行こう」


 ヨーは即答した。


 危険がないとは言えないが、ザギスという男の顔を拝んでみたい。何事も、顔をつきあわさねば分からぬことがあるのだ。


 だがもちろん、ホブゴブリンどもに主導権を渡すつもりはない。


 ヨーは頭の中で様々な画策かくさくを始めながら、出立の準備をはじめた。





 <雑草の丘>は、<岩門>と地下王国のちょうど真ん中あたりにある草に覆われた小高い丘であった。土混じりの草の匂いがして、ノーム族であればそこが豊かな土壌である可能性に思いを巡らすだろうが、それはゴブリンたちにとって何の意味も持たないものだった。彼らにとっては、価値のないただの丘だ。


 丘の上で、五名ずつの護衛を連れて、第三王子のヨーと、ホブゴブリン軍の指揮官ザギスは相対した。ザギスのとなりには、ダンもいた。


 ヨーはちらりとダンに視線をやってから、持ってきた革袋をザギスに渡した。


「貴重な、紫ナメクジの酒だ。これの価値が分かる男ならば、良いが」


 それを受け取ったザギスは、物珍ものめずらしそうに革袋を眺めると、口のせんを取ってドボドボと地面に酒を巻いた。あっと、ヨーの護衛たちがたじろいた。滅多に手に入らない貴重な酒だ。  


つんとする強い酒の匂いが、あたりに充満した。


「貴重な酒を感謝する、ヨー殿下」


 ザギスは革袋を投げ捨てると、うやうやしい素振りをしながらそう言葉を返した。


「なるほど」


 ヨーは肩をすくめた。


「それが、ホブゴブリンの礼儀ってやつか」


「はっは。おい、おまえら、笑え」


 ザギスはお付きの衛兵たちに笑うよう命じた。酒の匂いの中、かわいた哄笑こうしょうが響く。


「毒が入っているかも知れないのに、ここで飲めと?それに、仮にこれが賄賂わいろだとしても、俺は買収されねえ」


 甲高さをともなうダミ声でザギスが言う。


「だが、気持ちだけは受け取っておこう。あいにく、俺は酒にはちょいとこだわりがあってね。だが、いまはしらふだぜ」


 ザギスはおどけるように言い、再びザギスの部下たちからさざ波のように笑い声が起こった。


「『賄賂を送れば、相手がどういう人物か分かる』、誰の言葉か知っているか?」


 ヨーは淡々と言った。


「さあな?」


「俺の言葉だ・・・笑え」


 ヨーが冷ややかな言葉で返す。


 笑い声は起きなかったが、ザギスは、静かな興味をたたえてヨーを見つめた。


「あんた、見た目はニンジンみたいだが、なかなか面白いな。ちょっとあんたが好きになりそうだぜ」


「それはけっこう、だが二度とニンジンと口にするな」


 ヨーは姿勢を正しながら、堂々と言った。


「それで、どういう要件で、土足で我々の王国へ足を踏み入れたのか説明してもらおう・・・」


 ザギスは、自分より遙かに背の低いヨーを見下ろしながら、皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「勘違いするな、侵略に来たんじゃない。あんたらとは、仲良くやりたいんだ・・・同盟を結びたい」


「同盟?王都を占領し、王を人質にとってか?」


「・・・王は、俺たちの安全を保証するためさ。目的が終われば、解放しよう」


「ほう・・・それで、目的とは?」


 有無を言わせぬ追求に、ザギスは小さく肩をすくめ、少し間を取った。そして、促すようにダンの方をみた。


(後編へつづく)


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