第50話 旅立ち
ラザラ・ポーリンは、七日間をゴブリン王国で過ごした。
身体の疲れと傷をいやし、呪文書を勉強しなおすかたわら、新たな国王となったチーグを中心にゴブリン王国が復興しつつある様子も見た。
デュラモとノトという腹心の部下を失ったが、第三王子ヨーや有力氏族長たちが、少なくとも表面上は友好的であったため、大きな
リフェティの内部を見て回る機会もあったが、ポーリンは地下が
多くは
これだけの地下都市を作り上げた大魔法使いヤザヴィの技と、今なお地下空間を拡張しつづけているゴブリンたちの努力に
特に彼女が興味を示したのは、淡く黄色に光る
ポーリンは、チーグの好意で、黄色い夜光石をひとかけらもらった。
人間とゴブリンは、基本的に敵である。今回のように、個人的な特別の絆でもない限り
報酬の大金を手にした彼女は、〈冒険者の街〉リノンに戻り、護衛役となる新たな旅の仲間を数名、募るつもりだった。そして、ノタックとともに〈滅びの都〉ザルサ=ドゥムを目指す。
惜しむべき日々を過ごしながらも、その
旅立ちの日、チーグは衛兵とともに西門までポーリンとノタックを送っていった。
チーグは、背を向けようとするポーリンたちを引き留めるかのように、言葉を投げかけた。
「俺は、閉じていた王国を開き、他種族との交易を再開させるつもりだが……なにぶん、ゴブリン王国は閉鎖的だ。この門を出ていけば、おまえたちが再び戻ってくるのは容易ではないかも知れない」
ノタックはうなづく。ドワーフ王国も同様に閉鎖的かつ排他的なので、よくわかるのだ。
ポーリンはだまってチーグの緑色の瞳を見つめていた。
「王国を外にひらく……あなたなら、きっとできる」
そうして、チーグの肩をぽんと叩いた。
「そして、王国が開いていようが、開いていなかろうが、私たちの友情は永遠に」
そっとそうつぶやく。
チーグは、小さな牙を見せながらはにかむように笑った。まるで、いたずら好きの人間の子どものようだ。
「最後に、おまえたちに
チーグは改まって言った。
「『生きている限り、
そうして、チーグはノタックを見た。
「〈最強のドワーフ〉になれ、そして何歳になっても、故郷へ戻る夢をあきらめるな」
「……感謝申し上げる」
ノタックは深く
そして、チーグの視線がポーリンに向く。
「この言葉ほど、おまえに相応しいものはあるまい」
そう言ってにやりと笑う。
ポーリンは小さくうなずいた。
「ええ……でもきっと、あなたにも必要。国を治めていくうえで、いろいろと苦労もあるでしょうけど、頑張ってね」
チーグ、ノタック、ポーリン……数奇な
声にならないうめき声が、山のふもとの
水面で翼を休めていた水鳥たちが、迷惑そうに飛び立っていった。
フバルスカヤは、今までの
サントエルマの森の魔法使いであることを示すローブの左袖は焼け落ち、利き腕である左腕にも重症を負った。そして何より、酔いから覚めたあとの最悪の気分・・・頭痛と胃のむかむかが、敗北感と相まって地獄の底に落ちたかのような情けない気持ちになっていた。
しかも、彼を助け出し、はるか遠くまで運んできてくれた使い魔の巨大カエルも、戦いで負った傷がもとで死んでしまった。
十年前、もう失うものなどないと思っていた彼だが、今日この日、再びこれほどの喪失感を味わうことになろうとは、想像もしなかった。
〈酔剣のザギス〉も死に、魔法酒の製造に不可欠なエンバの実を手に入れることも、今後は難しいだろう。
酔いから覚めた現実は、やはり
「……ラザラ・ポーリン」
その瞳に恨みを宿しながら、彼に屈辱を味あわせた若き女魔法使いの名をつぶやく。
「その名、忘れるものか……恨みを、晴らすそのときまで!」
暗く湿った怨念が込められたうめき声が、再び湖畔に鳴り響いた。
(おしまい:後日譚に続く)
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