第49話 戦いのあと

 野に放たれた火は、れ草を燃料とし、風にあおられ、しばしば大火事となることがあるが、ゴブリン王国で広がりつつあった戦火せんかはどうにか“ぼや”のうちに収束した。


 <東門>付近に陣をはっていたホブゴブリン兵の残党は、<酔剣のザギス>の死の報をもって潰走かいそうし、東の荒れ地へと去って行った。


 それは、ザギスの統率力が傑出けっしゅつしていたことの現われでもあった。強力な指導者なきあと、ホブゴブリンたちは目的を失い、再び気ままなその日暮らしに戻るだろうと予想された。


 ボラン王を殺害したと思われる逆賊ダンは、追跡の手をかわし、ついに見つかることはなかった。当然ながら、魔法使いのフバルスカヤも行方しれずだ。いつの日か、ゴブリン王国の災いとなって舞い戻ってこなければ良いが、とチーグは願う。


 争いは一段落し、第三王子ヨーもしぶしぶながらチーグが王となることを了承したが、一方で失われたものも大きかった。チーグが頼りにしていた父王ボラン、第二王子バレ、そして旅の仲間であったデュラモにノト・・・。


 特に、デュラモをゴブリン軍の新たな将軍に、そしてノトを侍従長にしようと考えていたチーグにとって、その損失は大きかった。国王としての旅立ちは、思い描いた青写真とはあまりに異なるものとなりそうだった。


 他方で、王位を巡り最大の障壁しょうへきとなるだろうと考えていた第三王子ヨーは、例の一件以来、従順な素振りを見せるようになっていた。多くのゴブリンたちにとって、魔法使いは未知で得体えたいの知れぬ気味の悪い存在である。すぐ目の前に、触れれば身体を消しすみにされてしまう灼熱しゃくねつの炎を突きつけられた恐怖心は、かなりのものだろうと思われた。


「・・・その件については、本当に申し訳ない」


 感謝の言葉を述べるチーグに、ポーリンは顔を赤らめ恐縮するばかりであった。


「酔っぱらってなんにも記憶がない・・・<四ツ目>と戦っている途中あたりから」


 となりに立つノタックが、意味ありげにチーグの方を見つめた。チーグは苦笑する。


「だが、そのおかげでヨーが身を引く流れが作られた。俺としては、感謝したい」


「ええ・・・私は、正直なところあまり思い出したくないんだけど・・・」


「おまえは忘れるがいいさ・・・だが、<烈火の魔女>の名は、ゴブリン王国の歴史にしっかりと刻まれたことだろう」


 ポーリンは恥じ入るやら嬉しいやら複雑な表情を浮かべつつ、縮こまっていた。


「しかし―――」


 と感慨深げにチーグがつぶやいた。


「俺をしたっていたバレが、俺を殺そうとし、俺を殺そうとしていたヨーが今や協力的とは、分からないものだなあ」


 遠くを見るように目を細める。


「私の故郷に、こんな言葉がある」


 ポーリンが言葉を挟んだ。


「『良いと思っていたことが悪いことになるときもある。悪いと思っていたことが良いことになるときもある。人生は、思い通りにならないことばかり』」


 チーグは大切にしている小さなノートをふところから取り出した。


「いい言葉だ。さっそく、<烈火の魔女>の言葉として、残しておこう」


「私の言葉じゃあないけど」


 ポーリンは苦笑した。


「さて」


 と、チーグは両腕をポーリンとノタックに回した。


「まだしばらく王国にとどまるのだろう?報酬ほうしゅうの準備をさせよう」


「そうだった」


 ポーリンは思い出したように言った。この旅を経て、お金には換えられない経験と、仲間を得た。報酬のお金は、今やおまけのようなものだ。


「ポーリン、ノタック、任務は終わりだ。次は、どうするんだ?」


「自分は、ポーリンとともに旅を続けます」


 ノタックは屈託くったくなく即答した。チーグの視線がポーリンに向く。


「・・・<滅びの都>ザルサ=ドゥムへ。そこへ行かなければ、本当に行きたい場所へ行けないの」


「ザルサ=ドゥム?」


 チーグが表情をくもらせ、眉をひそめた。


「リノンにいるとき、何度か噂を聞いたが、とても危険な場所だろう?」


 チーグはそう言ってから、ふと気づいたようにつぶやいた。


「ポーリンは、そもそもどうしてナントカの森からはるばるこんなところまでやって来たんだ?何を目指している?」


 雇い主と雇われ人の関係だったとき、過去にも未来にもあまり踏み込んだことを聞くことはなかった。その質問は、芽生めばえた友情のあかしでもあった。


「・・・父の影を、追っている」


 ポーリンはぽつんと言った。


 その口調を聞いて、チーグはなんだかそれ以上聞いてはいけないような気がして、小さく肩をすくめた。


「そうか、父上に会えるといいな」

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