第48話 骨肉の争い:第一王子、第二王子、第三王子

「残念ながら、おまえが当てにしてた奴は、死んだようだぞ」


 チーグは、上手く間合いをとり続けながら時間を稼いでいた弟に嫌みっぽく言った。


「・・・何のために大金をはたいたと思ってるんだ」


 バレは舌打ちをしながら、うらみがましく吐き捨てた。


 だが、恨み言は道を切り開く助けにはならない。バレは考えを巡らせた。一か八か、チーグに正面から挑むのも手だ。チーグは剣術を得意としない。勝ち目は低くとも、何もせずに死ぬよりはマシだろう。あるいは、この場から逃げ失せるか。逃げてダンと合流すれば、再起の道は十分に開ける。


 賭けるとすれば、後者か・・・


「いくら考えても無駄だ、バレ」


 チーグは剣を下ろしながら静かに言った。彼は、バレの後ろに、あるものを見ていた。生き残るための方策を考えるのに必死なバレは、まだ気づいていない。


「これが、寛大かんだいなる最後の機会だ。今すぐ剣を捨てて、降参しろ。そうすれば、命だけは助けてやる。けれども、逆らうならば、お前を殺さなければならない。そうしなければ、部下たちはまとまらないだろう」


 淡々とした声の中にも願いをこめて、チーグは言った。


「寛大・・・兄さんは、相変わらず甘いんだね」


 バレはため息をつき、言葉を続けた。


「・・・病気というおりから抜け出たのに、また別の檻に入れられるのは、絶対にいやだ」


 バレは断固とした口調で言った。


「さらばだ、兄さん。次に会うときは、敵同士だ!」


 バレはそう言うと、木立のなかをめがけて一目散に走り出した。


 チーグは失望したように目を閉じた。


「ああ・・・さらばだ、弟よ」


 矢が空気を切り裂く音がして、バレの背に突き刺さった。胸を貫く鋭い痛みとともに強い衝撃を感じながら、バレは地面にうつ伏せに倒れた。


 矢を放ったのは、付き人のノトだった。先ほどバレに刺された胸からは、血が流れ出ていた。顔面は蒼白であったが、主君であるチーグの方を向いて力強くうなずいた。そして、ノトもまた大地に突っ伏した。死の間際の、命を振り絞った一矢であった。


「見事だ、ノトよ」


 チーグは右手の拳を何度か自らの胸に当てて、死の間際まで彼に尽くした忠実なる付き人の死を悼んだ。そして、死にゆく最愛の弟も。


 チーグは覚悟を決めると、苦しみもがいている弟の方へ歩みを寄せた。


「・・・兄さん、痛いよ・・・苦しい」


 バレは身体をどうにか仰向けにして、近寄るチーグを見た。青白い顔は、さらに血の気を失って骸骨のようになっていた。


「いま、楽にしてやるからな・・・許せ」


 チーグは剣を一閃させ、バレの首をはねた。


 そして思わず天を仰いだ。


 今日という日、本来であれば、リフェティへの帰還を祝う一日となったかも知れなかった日に、チーグは父を失い、弟も失った。けれども、打ちひしがれている時間もなかった。


 彼は、氏族長たちと、その兵士らが見守る方を向き、高らかに宣言した。


「我が弟バレは、ホブゴブリンに国を売ったダンと共謀きょうぼうした。俺の国では裏切りは許さない。みな、俺に従え、そうすれば王国の繁栄を約束しよう!」


 雄弁にそう語る。


 手を叩く音がしたが、それはチーグが予期していたのとは全く異なる方角からだった。


「お見事、お見事。まさか、鬱陶うっとおしいバレまで始末してくれたとは、有り難い限りだよ・・・兄上」


 そう言いながら、木立の中から進み出てきたのは、小馬に乗った第三王子ヨーだった。彼に付き従う数百の兵も、ともに姿を現した。


「ヨー・・・」


 苦々しげに、チーグはつぶやいた。


「おまえの雇った殺し屋たちが、たくさん殺しにやってきたよ。ぜんぶ返り討ちにしてやったがな」


「楽しんでもらえるんじゃないかと思ってね」


 ヨーは澄まして答えた。


 「ふん」とチーグは小さく鼻を鳴らしたあと、真面目な顔を作った。


「だが、過ぎたことはもういい。ホブゴブリンどもに襲撃され、王も失った我々は、危機にひんしている。我ら兄弟、禍根かこんはあれど、団結しないか?」


 辛抱強く言う。


「どうして?」


 ヨーは全く理解できないというように反論した。


「ゴブリン軍は俺の指揮下にある・・・兄上が引っ込んでくれれば、すぐに王国は一つにまとまるさ」


「・・・ボラン王の意思に反してもか?」


「はっ」


 ヨーは馬鹿にしたように笑った。


「父上が、兄上を後継者に指名した証拠はあるのか?」


 その冷ややかな問いかけに、チーグは答えることができなかった。


「ないよな?それだったら、軍を握る俺が国を動かした方が手っ取り早いということさ・・・」


「ゴブリン王国の兵士たちよ!」


 チーグは堂々とした素振りで、ヨーを無視してその後ろに控えるゴブリンたちに大声で問いかけた。


「第一王子チーグが、国を豊かにさせる知識を携えて、リフェティへ帰還した。みな、我に従え、ゴブリン王国のために!」


 その声は響き渡り、周囲の森に吸い込まれるように消えていった。


 反響はなかった。ゴブリン兵たちは、何人かはためらうようにとなりのゴブリンを見たが、ほとんどの者は微動だにせず、その場に突っ立ているだけだった。


「どうした?我こそは、ゴブリン王国の正統なる後継者なるぞ」


 チーグは雄弁に繰り返した。しかし、反応はない。


 ヨーは乾いた笑い声を響かせた。


「あんたが人間かぶれしている間に、俺は軍を掌握しょうあくすることに苦心した。父上なきあと、こいつらは俺の命令に従う。これが、現実の「力」さ。いざとなったら、「知識」など役に立たないだろ」


 チーグは視線で切りつけ、ヨーは余裕でそれを受け流した。


 これは、武器を持たない戦いだ。ここでチーグが引けば、ヨーが次期国王となる流れにもはや逆らえぬであろう。少なくともこの場で、不利な立場のまま押し切られるわけにはいかなかった。


 チーグはたった一人で数百人を前にしているとは思えないゆとりを見せながら上体を反らし、腕組みをして見下ろすような姿勢を作った。そして、改めて声を張る。


「ゴブリン王国の兵士たちよ、なにをしている?武器を置き、ひざまづけ。次期国王の心証を悪くせぬ方が得策だぞ」


 せめて忠実なるデュラモとノトがそばにいてくれた方が、さまになるのに、と思いながらも、それは態度には見せなかった。


 ヨーがせせら笑う。


「はっはっは、気迫で負けたら終わりと良く言っていたな、兄上。だが、「力」なき気迫はこっけいなだけだぞ」


 チーグは、小さく唇を噛んだ。


「たしかに、知識は暴力に勝てない・・・短期的には」


 そうつぶやいてから、自らの頭を指さしながら、声の力を強めて続けた。


「だが、覚えておけ、弟よ。長い時を経れば、知識は暴力を圧倒する。知識こそが「力」だ」


 大軍をまえに一人立ち向かっているとは思えない雄弁さで語る兄を、ヨ―は上目遣いににらみつけた。


 相変わらず食えぬ兄だ。


 だが何を言おうと、状況は変わらない。


「・・・それが遺言ゆいごんでいいのか、兄上?」


 ヨーが声を低くして言う。


 チーグは残念そうに、深くため息をついた。


「・・・ならば、やむを得ない。お前のいう「力」も見せようか、弟よ」


「はったりだ」


 ヨーは取り合わなかったが、チーグはふところのなかのあるものを取りだそうとしていた。それは、ダネガリスにもらった<ゴブリンの角笛つのぶえ>だった。


 死せるゴブリンの軍勢を召喚できるという・・・


 しかし、実際にどれぐらいの規模の軍勢を召喚できるのかは未知数であり、賭けの要素が強い方法であった。


 けれども、迷っている場合ではない。


 彼はふところから、<ゴブリンの角笛>を取り出した。


 そのとき・・・突然、ゴブリン軍の横あたりで、大爆発が起きた。爆音にゴブリンたちは耳をふさぎ、ふきつける熱風に身をかがめた。


 爆発の煙のなかから現われたのは・・・ラザラ・ポーリンとノタックであった。


「がたがたうるさい、ゴブリンども!」


 ほのかに赤ら顔で普段とは別人のように目が据わったポーリンが低い声でいった。見るからに・・・酔っぱらっていた。


「みんなで言いなさい、はい、チーグが次の国王です」


 再び火の球を作り出し、ゴブリンたちの頭上に投げつける。


 ゴブリンたちは悲鳴を上げ、蜘蛛くもの子を散らすように逃げ出した。右往左往するゴブリン兵の頭上で、火の球が炸裂し、閃光せんこうと爆音と熱風が再び彼らを襲った。


 逃げ惑うゴブリン兵の間をふらふらと進むポーリンとノタック。


 彼らは、逃げずに踏みとどまっていたヨーのすぐ目の前までやってきた。ポーリンは真面目にヨーをにらみつけていたが、となりのノタックはどこか笑いをこらえるような表情で、ちらりとチーグを一瞥いちべつした。


「・・・ほら、言いなさい。チーグが次の国王です・・・です」


 苛立つ素振りのポーリンは両手の上にそれぞれ火の球を作り出した。


 さすがのヨーも、血の気が引くような表情を浮かべながら、チーグの方を見ようとした。


「はやく言え!」


 ポーリンが火の球をヨーに向ける。


「分かった・・・分かった」


 ヨーは火の球の熱気を眼前に感じて泣きそうになりながら、答えた。


「・・・チーグが、次の国王で・・・いい。ひとまずは」


 語尾は小さかったが、ひとまず飛び出た言葉に、ポーリンは満足げに火の球を消した。


 そしてポンとヨーの肩を叩く。ヨーはびくっとしたが、その手に熱はなかった。


「あら、いい弟さんね・・・チーグ」


 ヨーはみじめな表情でチーグを見た。チーグは肩をすくめた。


「これが力・・・かな」


――――――――――――――――――――――

主な登場人物:

ラザラ・ポーリン サントエルマの森の魔法使いの見習い。失われた魔法の探索の旅の途中、ゴブリン王国の王位継承をめぐる大冒険に巻き込まれる。


チーグ ゴブリン王国の第一王子。人間たちの知識を得て、王国への帰還を目指す。第三王子ヨーと、有力氏族の次期氏族長ダンに命を狙われているため、極秘裏にゴブリン王国に潜入し、王国を取り戻すために奮闘中。


ノタック 放浪のドワーフの戦士。双頭のハンマーを使いこなす古強者。<最強のドワーフ>を目指している。


ノト チーグの身の回りの世話をする従者。バレに殺害される。


バレ ゴブリン王国の第二王子。病弱で身体が弱い。よく面倒をみてくれていたチーグを慕っていると言われている。チーグが持ち帰った薬により、体調は良化し、野心に目覚めた。今や、チーグの敵として立ちはだかっている。


<四ツ目> 四つの目玉を刺繍した眼帯で右目を多う歴戦の傭兵。ヘルハウンドを使役する強力な魔獣使いでもある。雇い主は第二王子のバレ。ポーリン、ノタックと共闘していたが、バレの指示により再び敵となる。ノタックとの戦いに敗れ、死亡。


ダン 古き良きゴブリン文化を愛する保守的な次期有力氏族長。チーグを敵視し、ザギスに力を貸す。結果的に、ゴブリン王ボランを殺害し、ゴブリン王国を去ることとなる。


ヨー ゴブリン王国の第三王子。自ら王になろうとする野心を隠さず、軍を掌握して西門――――通称<岩門>に陣を構えていた。チーグやザギスを出し抜き、囚われていた父王を助け出したが、フバルスカヤに再び奪われてしまった。その後、父王はダンに殺される。


ザギス 遠くゾニソン台地からやってきたホブゴブリン軍の主。<酔剣のザギス>の異名を持ち、ゴブリン王国を占領していたが、ノタックとの戦いで死亡。


フバルスカヤ 元サントエルマの森の魔法使い。<酒解のフバルスカヤ>の異名を持つ。ザギスの盟友にして、黒幕。ポーリンとの魔法の戦いに敗れ、逃走。

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