第47話 地獄の業火を従える者

「俺のやとい主は、はじめからバレだ。裏切りなどといわれるのは、不本意だな」


 <四ツ目>は不満そうに言葉を返した。


 しかし、先ほどまでは弱り果てていた女魔法使いに、いまや力がみなぎっていることは油断なく感じ取っていた。


「それは、へり・・・屁理屈へりくつよ・・・」


 ポーリンは呂律ろれつの回らない声で言った。


「弟が兄を裏切った・・・名誉を知る騎士なら、バレの行動をいさめるべきじゃないのかしら・・・しら」


 抑揚よくようのない声で、容赦なく問い詰める。


 その言葉に、<四ツ目>はいらついた。


「・・・おまえに名誉の何がわかる。俺がどんなつらい目にあってきたか、知りもせず」


 低い声で、苦々しく言う。


「お母さんは言いました、はい!」


 ポーリンはもはや自分で何を言っているのかも分からないほど、前後不覚ぜんごふかくに陥っているようだった。


「『つらいときほど気品を保ちなさい』ってね」


「・・・おまえを見ていると、どうも忌々いまいましい記憶がよみがえってくる」


 <四ツ目>は右目の眼帯がんたいに手をやった。


「おまえもともに死ぬがいい、ラザラ・ポーリン。きっとそれが、俺には必要だ」


 <四ツ目>はむちをうならせ、ヘルハウンドをけしかけた。それに応えて、ヘルハウンドの二つの頭から同時に炎が吐き出された。ポーリンの周囲一面が、炎に飲み込まれた。


 メラメラと草が燃える熱気を感じながら、<四ツ目>は油断なく炎のらぎの隙間すきまを見つめていた。相手は炎の魔法を得意とする者だ。これしきの攻撃で倒れるとは思っていない。だから、炎を苦にして飛び出てきたところを、魔犬の牙でひとみに仕留めるつもりだった。


 ほどなくして、ポーリンは炎の渦の中から出てきた。


 けれども、それは<四ツ目>の予想と全くことなるものだった。


 大地をがし、ちゅううずを作る炎は、まるでおそれるかのようにポーリンを避けていた。ポーリンが歩を進める先に、炎が道をつくる。まるで、主人に付き従うかのように。


 <四ツ目>は、体中の力が抜けるような感覚を覚えていた。


 それはあたかも、地獄の業火ごうかをかき分けて地中より現われた魔女のようでもあった。


 <四ツ目>は、その姿にうらみ深いある魔法使いの姿を重ね、うなり声を上げた。またしても、魔法使いが彼の人生を狂わせるというのか・・・


「ならぬ」


 おびえを感じ、後ろに下がろうとするヘルハウンドを叱責しっせきする。それは、自身への叱責でもあった。


「・・・こんなところで、終われない。あいつを倒して、俺は前へ進む」


 <四ツ目>は自らに言い聞かせるようにそうつぶやいた。


 彼もまた、フバルスカヤと同じく、若き日の栄光を失い、“何者でもない者”へ転落してしまった者だった。賞金稼ぎとして名をあげ、ようやくひとがどの者になろうとしていた矢先のこと、こんなところで敗北するわけにはいかなかった。しかも、憎き魔法使いの面影を引きずる者に・・・


「いけ!」


 そのときすでに、彼は冷静さを失っていた。あせりと恐れが、彼をむち打っていた。


 ヘルハウンドは、恐怖を飲み込み、主の命令に従ってポーリンへ飛びかかろうと跳躍した。ポーリンが手早く呪文を唱え、その手のひらに炎が宿った。想像以上に呪文の詠唱がはやく、しかも強力だった。


 それを見た<四ツ目>は、死を覚悟した。


 しかし、死は彼の想定を上回る早さでやってきた。


 祈りの儀式を終えたノタックが炎の隙間から飛び出てきて、そのハンマーを<四ツ目>の頭に打ち込んだのである。


 交錯こうさくする<四ツ目>とノタック。


 首が消し飛ぶのではないかという衝撃を体幹に感じながら、<四ツ目>はヘルハウンドから引きがされ、吹き飛ばされた。


 主を失ったヘルハウンドは体勢を崩しながらも、そのままポーリンへ飛びかかった。


 ポーリンは身軽に半身になりながらヘルハウンドの牙をかわす。今度は、ヘルハウンドとポーリンが交錯した。そしてすれ違いざま、ヘルハウンドの脇腹めがけて右手にあったオレンジ色の火の球を打ち込む。


 炎が炸裂し、爆風を生みながら渦をつくった。


 爆風とともに彼方へ押しやられようとするヘルハウンドをめがけて、 左手の火の球をもう一発撃ち込む。それは、とどめの一撃であった。再び爆裂ばくれつが起こり、一陣の熱風が周囲に拡散すると、あとには黒焦げになった魔犬が倒れていた。


「まだまだ・・・いけるわ」


 フバルスカヤの酒の力によって、有り余る力を感じていたポーリンはそう言ったが、酔っ払って足はふらふらだった。


「いけるけど・・・ちょっと、休憩」


 一人でそうつぶやくと、その場にしゃがみ込んでしまった。


 一方、ノタックは、ハンマーを肩にかかげ、致命傷を負った<四ツ目>の元へと歩みを寄せていた。


 魔法のハンマーの直撃をくらった<四ツ目>は、顔面がひしゃげ、頭の形も変形していた。致命傷だった。血とは異なる液体が、鼻からしたたりおちてくるのを感じていた。


 焦げた大地を踏みしめて、近づく足音がひとつ。


「元騎士、サラム・バルトー卿よ、その死に様を伝えたい者はいるか?」


 ノタックは穏やかにそう問うた。


 その言葉を聞いて、<四ツ目>はひしゃげた顔に微笑を浮かべた。


 コヴィニオン王国の騎士としての地位を追われ、傭兵に身を落としてから、彼は過去ではなく自らの未来にしがみついてきた。かつての名誉を取り戻せるとは思っていなかったが、暴風吹きすさぶ荒野の先に何かがあるはずだと信じて、歩き続けてきた。


 けれども今や、手の中に握りしめたわずかな希望の砂は指の隙間かられゆき、空っぽになったのを冷静に見つめる自分がいた。


「別にいないさ・・・それに、なんだか、とても疲れたよ」


 割れるような頭の痛みに耐えながら、<四ツ目>は声を絞り出した。気を失ってしまえば、楽だろう。そう思いながらも、<四ツ目>は言うべき言葉をノタックに伝えた。


「最後は・・・騎士として、死ねた気がする。感謝する・・・」


 そうして、<四ツ目>は絶命した。


◆◆◆

ラザラ・ポーリンの挿絵その2:

https://kakuyomu.jp/users/AwajiKoju/news/16818093075648320163



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主な登場人物:

ラザラ・ポーリン サントエルマの森の魔法使いの見習い。失われた魔法の探索の旅の途中、ゴブリン王国の王位継承をめぐる大冒険に巻き込まれる。


チーグ ゴブリン王国の第一王子。人間たちの知識を得て、王国への帰還を目指す。第三王子ヨーと、有力氏族の次期氏族長ダンに命を狙われているため、極秘裏にゴブリン王国に潜入し、王国を取り戻すために奮闘中。


ノタック 放浪のドワーフの戦士。双頭のハンマーを使いこなす古強者。<最強のドワーフ>を目指している。


ノト チーグの身の回りの世話をする従者。バレに殺害される。


バレ ゴブリン王国の第二王子。病弱で身体が弱い。よく面倒をみてくれていたチーグを慕っていると言われている。チーグが持ち帰った薬により、体調は良化し、野心に目覚めた。今や、チーグの敵として立ちはだかっている。


<四ツ目> 四つの目玉を刺繍した眼帯で右目を多う歴戦の傭兵。ヘルハウンドを使役する強力な魔獣使いでもある。雇い主は第二王子のバレ。ポーリン、ノタックと共闘していたが、バレの指示により再び敵となる。その真の名は、ゴヴィニオン王国の元騎士、サラム・バルトー卿。


ダン 古き良きゴブリン文化を愛する保守的な次期有力氏族長。チーグを敵視し、ザギスに力を貸す。結果的に、ゴブリン王ボランを殺害し、ゴブリン王国を去ることとなる。


ヨー ゴブリン王国の第三王子。自ら王になろうとする野心を隠さず、軍を掌握して西門――――通称<岩門>に陣を構えていた。チーグやザギスを出し抜き、囚われていた父王を助け出したが、フバルスカヤに再び奪われてしまった。その後、父王はダンに殺される。


ザギス 遠くゾニソン台地からやってきたホブゴブリン軍の主。<酔剣のザギス>の異名を持ち、ゴブリン王国を占領していたが、ノタックとの戦いで死亡。


フバルスカヤ 元サントエルマの森の魔法使い。<酒解のフバルスカヤ>の異名を持つ。ザギスの盟友にして、黒幕。ポーリンとの魔法の戦いに敗れ、逃走。

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